原理講論 目次

 

総序

 

【前編】

1章 創造原理

2章 堕落論

3章 人類歴史の終末論

4章 メシヤの降臨とその再臨の目的

5章 復活論

6章 予定論

7章 キリスト論

 

【後編】

緒論

1章 復帰基台摂理時代

2章 モーセとイエスを中心とする復帰摂理

3章 摂理歴史の各時代とその年数の形成

4章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代

5章 メシヤ再降臨準備時代

6章 再臨論

 

総序

 人間は、何人といえども、不幸を退けて幸福を追い求め、それを得ようともがいている。個人のささいな出来事から、歴史を左右する重大な問題に至るまで、すべては結局のところ、等しく、幸福になろうとする生の表現にほかならないのである。

 

 それでは、幸福はいかにしたら得られるのであろうか。人間はだれでも、自己の欲望が満たされるとき、幸福を感ずるのである。しかし欲望などといえば、ややもすると我々はその本意を取り違えがちである。というのは、その欲望が概して善よりは悪の方に傾きやすい生活環境の中に、我々は生きているからである。しかしながら、我々をして不義を実らせるような欲望は、決して人間の本心からわき出づるものではない。人間の本心は、このような欲望が自分自身を不幸に陥れるものであるということをよく知っているので、悪に向かおうとする欲望を退け、善を指向する欲望に従って、本心の喜ぶ幸福を得ようと必死の努力を傾けているのである。これこそ正に、死の暗闇を押しのけて、命の光を探し求めながら、つらく、険しい人の道を彷徨する偽らざる人生の姿なのである。いったい、不義なる欲望のままに行動して、本心から喜べるような幸福を味わい得る人間がいるであろうか。このような欲望を満たすたびごとに、人間はだれしも良心の呵責を受け、苦悶するようになるのである。その子供に悪いことを教える父母がいるであろうか。その子弟を不義に導く教師がいるであろうか。だれしも悪を憎み、善を立てようとするのは、万人共通の本心の発露なのである。

 

 とりわけ、このような本心の指向する欲望に従って、善を行おうと身もだえする努力の生活こそ、ほかならぬ修道者たちの生活である。しかしながら、有史以来、ひたすらにその本心のみに従って生きることのできた人間は一人もいなかった。それゆえ、聖書には「義人はいない、ひとりもいない。悟りのある人はいない、神を求める人はいない」(ロマ三・1011)と記されているのである。また人間のこのような悲惨な姿に直面したパウロは「わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。わたしは、なんというみじめな人間なのだろう」(ロマ七・2224)と慨嘆したのであった。ここにおいて、我々は、善の欲望を成就しようとする本心の指向性と、これに反する悪の欲望を達成させようとする邪心の指向性とが、同一の個体の中でそれぞれ相反する目的を指向して、互いに熾烈な闘争を展開するという、人間の矛盾性を発見するのである。存在するものが、いかなるものであっても、それ自体の内部に矛盾性をもつようになれば、破壊されざるを得ない。したがって、このような矛盾性をもつようになった人間は、正に破滅状態に陥っているということができる。ところで、このような人間の矛盾性は、人間が地上に初めて生を享けたときからあったものとは、到底考えられない。なぜかといえば、いかなる存在でも、矛盾性を内包したままでは、生成することさえも不可能だからである。もし人間が、地上に生を享ける以前から、既にこのような矛盾性を内包せざるを得ないような、運命的な存在であったとすれば、生まれるというそのこと自体不可能であったといえよう。したがって、人間がもっているこのような矛盾性は、後天的に生じたものだと見なければなるまい。人間のこのような破滅状態のことを、キリスト教では、堕落と呼ぶのである。

 

 このような観点から見るとき、我々は、人間は堕落したのだという結論に到達する。と同時に、だれしもこの結論に対しては反駁する余地がないということをもまた知るのである。人間は、このように堕落して自己破滅に瀕しているということを知っているがゆえに、邪心からくる悪の欲望を取り除き、本心から生じてくる善の欲望に従って、一つの目的を指向することによって、それ自体の矛盾性を除去しようと、必死の努力をしているのである。しかし、悲しいかな、我々は、その究極において、善と悪とがそもそもいかなるものなのかという問題を解くことができずにいるのである。例えば、有神論と無神論とについて考えるとき、二つのうちいずれか一つを善と見なせば、他の一つは悪ということになるのであるが、我々はいまだどちらが正しいかということに対する絶対的な定説をもっていないのである。いわんや、人間は、善の欲望を生ぜしめる本心というものがそもそもいかなるものなのか、また、この本心に反して悪の欲望を起こさしめる邪心というものがいったいどこから生じてくるものなのか、さらにまた、人間にこのような矛盾性をもたしめ、破滅を招来せしめるその根本原因はいったい何なのかなどという問題に対しては、全く無知なのである。それゆえ、我々が悪の欲望を抑え、善の欲望に従い、本心が指向する善の生活をなすためには、この無知を完全に克服して、善悪を判別できるようにならなければならないのである。

 

 人間の堕落を知的な面から見れば、それはとりもなおさず、我々人間が無知に陥ったということを意味するのである。ところで、人間は、心と体との内外両面からなっているので、知的な面においても、内外両面の知をもっているわけである。したがって、無知にも、内的な無知と外的な無知との二種類がある。内的な無知とは、宗教的にいえば、霊的無知をいうのであって、人間はどこから来たのか、生の目的とは何か、死後はいったいどうなるのか、更に進んで、来世や神などというものは果たして存在するのか、また既に述べたように、善とか悪とかいうものはいったい何なのかなどという問題に対する無知をいうのである。また、もう一つの外的な無知とは、人間の肉身をはじめとする自然界に対する無知をいうのであり、すべての物質世界の根本は何であるか、また、それらのすべての現象は各々どのような法則によって生ずるのか、という問題などに対する無知をいうのである。人間は有史以来今日に至るまで、休むことなく、無知から知へと、無知を克服しようとして真理を探し求めてきた。その際、内的無知を克服して内的知に至る道を見いだすべく内的真理を探求してきたのがすなわち宗教であり、外的無知を克服して外的知への道を見いだすべく外的真理を探求してきたのが科学なのである。このような角度から理解すれば、宗教と科学とは、人生の両面の無知を克服して両面の知に至る道を見いだすべく両面の真理をそれぞれ探求する手段であったということを知ることができるのである。それゆえに、人間がこのような無知から完全に解放されて、本心の欲望が指向する善の方向へのみ進み、永遠の幸福を獲得するためには、宗教と科学とが統一された一つの課題として解決され、内外両面の真理が相通ずるようにならなければならないのである。

 

 実際の人生の行路において、人間が歩んできた過程を二つに大別してみると、その一つは、物質による結果の世界において、人生の根本問題を解決しようとする道である。このような道を至上のものと考えて歩んできた人々は、極度に発達した科学の前に屈伏し、科学の万能と物質的な幸福とを誇りとしている。しかし人間は、果たして、このような肉身を中心とした外的な条件のみで、完全なる幸福を得ることができるであろうか。科学の発達が極めて安楽な社会環境を築き、しかもその中において、人間が、極度の富貴と栄華とを楽しむことができるとしても、これだけで、果たして人間のその内的な精神的欲求までも、完全に満たし得るであろうか。肉身の快楽にふける俗人の喜びと、清貧を楽しむ道人の喜びとは、全く比べものにならない。王宮の栄耀栄華をかなぐり捨てて、心の住み家を探し求め、所定めぬ求道の行脚を楽しむのは、釈迦一人に限ったことではない。心があって初めて完全な人間となり得るように、喜びにおいても、心の喜びがあって初めて、肉身の喜びも完全なものとなるのである。今ここに肉身の快楽を求めて、科学の帆を揚げ、物質世界を航海する一人の船頭がいるとしよう。彼が理想とするその岸に到達したとする。しかし、同時にそこが彼の肉身を埋めねばならない墓場であるということを彼は知るに至るであろう。それでは、科学が真に行くべきところはどこであろうか。今までの科学の研究対象は、内的な原因の世界ではなく、外的な結果の世界であった。本質の世界ではなくして、現象の世界であった。しかし、今日に至っては、科学の対象は、外的な結果的な現象の世界から内的な原因的な本質の世界へと、その次元を高めなければならない段階に入ってきているのである。ゆえに、その原因的な心霊世界に対する論理、すなわち内的な真理なくしては、結果的な実体世界に対する科学、すなわち外的な真理も、その究極的な目的を達成することはできないという結論を得るに至ったのである。今や、科学の帆を揚げて外的な真理の航海を終えた船頭が、今また一つ宗教の帆を掲げて、内的な真理の航路へとその舳先を変えるとき、ここに初めて本心が指向する理想郷へと航海を進めていくことができるのである。

 

 人間が歩んできたいま一つの過程は、結果的な現象世界を超越して、原因的な本質世界において、人生の根本問題を解決しようとする道であった。この道を歩んできたこれまでの哲学や宗教が多大の貢献をなしたことは事実である。しかしながらその反面、それらが我々にあまりにも多くの精神的な重荷を負わせてきたということも、また否定することのできない事実であろう。歴史上に現れたすべての哲人、聖賢たちは、人生の行くべき道を見いだすべく、それぞれその時代において、先駆的な開拓の道に立たされたのであるが、彼らが成し遂げた業績はすべて、今日の我々にとってはかえって重荷となってしまっているのである。このことについて我々はもう一度冷静になって考えてみる必要があるのではなかろうか。哲人の中のだれが我々の苦悶を最終的に解決してくれたであろうか。聖賢の中のだれが人生と宇宙の根本問題を解決し、我々の歩むべき道を明確に示してくれたであろうか。彼らが提示した主義や思想は、むしろ我々が解決して歩まなければならない種々様々の懐疑と、数多くの課題とを提起したにすぎなかったのである。そうして、あらゆる宗教は、暗中模索していたそれぞれの時代の数多くの心霊の行く手を照らしだしていた蘇生の光を、時の流れとともにいつしか失ってしまい、今やそのかすかな残光のみが、彼らの残骸を見苦しく照らしているにすぎないのである。

 

 すべての人類の救済を標榜して、二〇〇〇年の歴史の渦巻の中で成長し、今や世界的な版図をもつようになったキリスト教の歴史を取りあげてみよう。ローマ帝国のあの残虐無道の迫害の中にあっても、むしろますます力強く命の光を燃え立たせ、ローマ人たちをして、十字架につけられたイエスの死の前にひざまずかせた、あのキリストの精神は、その後どうなったのであろうか。悲しいかな、中世封建社会は、キリスト教を生きながらにして埋葬してしまったのである。この墓場の中から、新しい命を絶叫する宗教改革ののろしは空高く輝きはじめたのであったが、しかし、その光も激動する暗黒の波を支えきることはできなかった。初代教会の愛が消え、資本主義の財欲の嵐が、全ヨーロッパのキリスト教社会を吹き荒らし、飢餓に苦しむ数多くの庶民たちが貧民窟から泣き叫ぶとき、彼らに対する救いの喊声は、天からではなく地から聞こえてきたのであった。これがすなわち共産主義である。神の愛を叫びつつ出発したキリスト教が、その叫び声のみを残して初代教会の残骸と化してしまったとき、このように無慈悲な世界に神のいるはずがあろうかと、反旗を翻 す者たちが現れたとしても無理からぬことである。このようにして現れたのが唯物思想であった。かくしてキリスト教社会は唯物思想の温床となったのである。共産主義はこの温床から良い肥料を吸収しながら、すくすくと成長していった。彼らの実践を凌駕する力をもたず、彼らの理論を克服できる真理を提示し得なかったキリスト教は、共産主義が自己の懐から芽生え、育ち、その版図を世界的に広めていく有様を眼前に眺めながらも、手を束ねたまま、何らの対策も講ずることができなかったのである。これは甚だ寒心に堪えないことであった。のみならず、すべての人類はみな同じ父母から生まれた子孫であるという教理に従って、それを教え、かつ信じているキリスト教国家の国民たちが、皮膚の色が違うというただそれだけの理由をもって、その兄弟たちと生活を同じくすることができないという現実は、キリストのみ言に対する実践力が失われ、灰色に塗られた墓場のごとく形式化してしまった現下のキリスト教の実情を、そのまま浮き彫りにする代表的な例だということができよう。

 

 しかし、このような社会的な悲劇は、人間の努力いかんによって、あるいは終わらせることができるかもしれない。けれども、人間の努力をもってしては、いかんともなし得ない社会悪が一つある。それは、淫乱の弊害である。キリスト教の教理では、これはすべての罪の中でも最も大きな罪として取り扱われているのであるが、しかし、今日のキリスト教社会が、現代人が陥っていくこの淪落への道を防ぐことができずにいるということは、何よりもまた嘆かわしい実情といわなければなるまい。今日のキリスト教が、そのような世代の激流の中で、混乱し、分裂し、背倫の渦の中に巻きこまれていこうとする数多くの命に対して、手を束ねたまま何らの対策をも立てることができないというこの現実は、いったい何を意味するのであろうか。それは、従来のキリスト教が、現代の人類に対する救いの摂理において、いかに無能な立場に立っているかという事実を如実に証明するものと見なければならないのである。

 

 それでは、内的な真理を探し求めてきた宗教人たちが、その本来の使命を全うすることができなくなった原因は、いったいどこにあるのだろうか。本質世界と現象世界との関係は、例えていうならば、心と体との関係に等しく、原因的なものと結果的なもの、内的なものと外的なもの、そして、主体的なものと対象的なものとの関係をもっているのである。心と体とが完全に一つになってこそ完全なる人格をつくることができるように、本質と現象との二つの世界も、それらが完全に合致して初めて、理想世界をつくることができるのである。それゆえ、心と体との関係と同じく、本質世界を離れた現象世界はあり得ず、現象世界を離れた本質世界もあり得ないのである。したがって、現実を離れた来世はあり得ないがゆえに、真の肉身の幸福なくしては、その心霊的な喜びもあり得ないのである。しかしながら、今日までの宗教は来世を探し求めるために、現実を必死になって否定し、心霊的な喜びのために、肉身の幸福を蔑視してきたのである。しかしながら、いかに否定しようとしても否定できない現実と、離れようとしても離れることができず影のように付きまとう肉身的な幸福への欲望が、執拗に修道者たちを苦悩の谷底へと引きずっていくのである。ここにおいて、我々は、宗教人たちの修道の生活の中にも、このような矛盾性のあることを発見するのである。このような矛盾性を内包した修道生活の破滅、これがとりもなおさず今日の宗教人たちの生態なのである。このように、自家撞着を打開できないところに、現代の宗教が無能化してしまった主要な原因があると思われるのである。

 

 さて、宗教が、このような運命の道をたどるようになったのには、更にもう一つの重要な原因があるのである。それは、科学の発達に伴い、人間の知性が最高度に啓発された結果、現代人はすべての事物に対して科学的な認識を必要とするようになったにもかかわらず、旧態依然たる宗教の教理には、科学的な解明が全面的に欠如しているという事実である。すなわち、既に述べたように、内的な真理と外的な真理とが、いまだに一致点に到達できていないというところに、その原因があるのである。宗教の究極的な目的は、まず心をもって信じ、それを実践することによって初めて達成されるのである。ところで、信ずるということは、知ることなしにはあり得ないことである。我々が聖書を研究するのも、結局は真理を知ることによって信仰を立てるためであり、イエスが様々の奇跡を行われたというのも、彼がメシヤであることを知らせて、信じさせるためであった。ここにおいて、知るということは、すなわち、認識するということを意味するのであるが、人間は、あくまでも論理的であると同時に、実証的なもの、すなわち科学的なものでなければ、真に認識するということはできないので、結局、宗教も科学的なものでない限り、よく知ってそれから信ずるということが不可能となり、宗教の目的を達成することはできないという結論に到達するのである。このように、内的真理にも論証的な解明が必要となり、宗教は長い歴史の期間を通じて、それ自体が科学的に解明できる時代を追求してきたのである。

 

 このように、宗教と科学とは、人生の両面の無知を打開するための使命を、各々分担して出発したがゆえに、その過程においては、それらが互いに衝突して、妥協し難い様相を呈したのであるが、人間がこの両面の無知を完全に克服して、本心の要求する善の目的を完全に成就するためには、いつかは、科学を探し求めてきた宗教と、宗教を探し求めてきた科学とを、統一された一つの課題として解決することのできる、新しい真理が現れなければならないのである。

 

 新しい真理が現れなければならないという主張は、宗教人たち、特にキリスト教信徒たちにとっては、理解し難いことのように思われるかもしれない。なぜなら、彼らは、彼らのもっている聖書が、それ自体で完全無欠なものだと考えているからである。もちろん、真理は唯一であり、永遠不変にして、絶対的なものである。しかし、聖書は真理それ自体ではなく、真理を教示してくれる一つの教科書として、時代の流れとともに、漸次高められてきた心霊と知能の程度に応じて、各時代の人々に与えられたものであるために、その真理を教示する範囲とか、それを表現する程度や方法においては、時代によって変わらざるを得ないのである。したがって、我々はこのような性格をもっている教科書そのものを、不動のものとして絶対視してはならないのである(前編第三章第五節参照)。既に述べたように、人間がその本心の指向性によって神を求め、善の目的を成就するために必要な一つの手段として生まれてきたのが宗教であるとするならば、あらゆる宗教の目的は、同一のものでなければならない。しかし、それぞれの宗教の使命分野は、民族により、あるいは時代によってそれぞれ異なるものであり、それに伴って、上述のごとき理由から、その教典も各々異なるものとなってしまったので、各種各様の宗教が生まれるようになったのである。すなわち、教典というものは、真理の光を照らしだすともしびのようなものであり、周囲を照らすというその使命は同一であっても、それ以上に明るいともしびが現れたときには、それを機として、古いともしびの使命は終わるのである。既に論じたように、今日のいかなる宗教も、現世の人々を、死の影の谷間より命の光のもとへと導き返すだけの能力をもっていないということになれば、今や新たな光を発する新しい真理が現れなければならないといえるのである。このような新しい真理のみ言がやがて与えられるということは、聖書の中にも数多く記録されている(前編第三章第五節参照)。

 

 それでは、その新しい真理は、いかなる使命を果たさなければならないのであろうか。この真理はまず、既に論じたように、宗教が探し求めてきた内的真理と科学が探し求めてきた外的真理とを、統一された一つの課題として解決し、それによってすべての人々が、内外両面の無知を完全に克服し、内外両面の知に至ることができるようなものでなければならない。また、堕落人間をして、邪心が指向する悪への道を遮り、本心の追求する善の目的を成就せしめることによって、善悪両面への指向性をもっている人間の矛盾性と、前述のような、宗教人たちが当面している修道の生活の矛盾性とを、克服できるようなものでなければならない。堕落人間にとって、「知ること」は命の光であり、また蘇生のための力でもある。そして、無知は死の影であり、また破滅の要素ともなるのである。無知からはいかなる情緒をも生じ得ない。また、無知と無情緒からはいかなる意志も生ずることはできないのである。人間において、知情意がその役割を果たすことができなくなれば、そこから人間らしい、人間の生活が開かれるはずはない。人間が、根本的に、神を離れては生きられないようにつくられているとすれば、神に対する無知は、人生をどれだけ悲惨な道に追いやることになるであろうか。しかし、神の実在性に対しては、聖書をいかに詳しく読んでみても、明確に知る由がない。ましてや神の心情についてはなおさらである。それゆえ、この新しい真理は、神の実在性に関することはいうまでもなく、神の創造の心情をはじめとして、神が御自身に対して反逆する堕落人間を見捨てることができず、悠久なる歴史の期間を通して彼らを救おうとして心を尽くしてこられた悲しい心情をも、我々に教えることのできるものでなければならない。

 

 善と悪との二筋道を指向する人間たちの相克をはらんだ生活によって形成されてきた人類歴史は、ほとんど闘争に明け、闘争に暮れてきた。その闘いは、財物を奪いあい、土地を奪いあい、人間を奪いあうなどの外的な闘争であった。しかし今日に至っては、このような外的な闘いは、漸次、終わりつつあるのである。そして、民族を差別せず、一つの所に集まり、一つの国家をつくり、今日においてはむしろ戦勝国家が植民地を解放し、彼らに列強と同等な権限を賦与して、国連加盟国とすることによって、みな等しく、世界国家の実現を企図しているのである。のみならず、不倶戴天の国際関係さえもが、一つの経済問題を中心として緩和され、更に一つの共同市場体制を形成していくという実情にある。特に今日の文化面においては、各民族の伝統的な異質性を克服して、東西両洋の距離を越えて、何らの障害もなしにお互いが交流しあっているという実情である。しかし、我々の前には、避けることのできない最後の闘いがまだ一つ残っている。それは、とりもなおさず、民主主義と共産主義との内的な理念の闘いである。彼らはお互いに恐怖すべき武器を準備して、外的な闘いを挑んではいるが、実際のところはこの内的な理念の闘いに勝利するために、心ならずもこれらの外的な武器を用いているにすぎないのである。それでは、この最終的な理念の闘いにおいて、どちらに勝利がもたらされるかといえば、神の実在を信ずるすべての人は、だれしもそれは民主主義だと答えるであろう。しかし、既に論じたように、今日の民主主義は、共産主義を屈伏せしめ得る何らの理論も実践力ももちあわせてはいないのである。ゆえに、神の救いの摂理が完全になされるためには、この新しい真理は今まで民主主義世界において主唱されてきた唯心論を新しい次元にまで昇華させ、唯物論を吸収することによって、全人類を新しい世界に導き得るものでなければならない。同時にまた、この真理は、有史以来のすべての主義や思想はもちろんのこと、あらゆる宗教までも、一つの道へと、完全に統一し得る真理でなければならないのである。

 

 人間が宗教を信じようとしないのは、神の実在と来世の実相とを知らないからである。いかに霊的な事実を否定する人であろうと、それらのことが科学的に証明されるならば、信じまいとしても信じざるを得ないのが人間の本性である。また、現実世界に人生の究極の目的をおく人々は、だれしも、最後にはむなしさを味わわずにはいられない。これまた人間の天性の発露であり、何人といえども避けることのできない感情である。それゆえ、新しい真理によって、神を知るようになり、霊的な事実に直面して、人生の根本目的を現実世界におくべきでなく、永遠の世界におかなければならないということを悟るとき、だれしもがこの一つの道を通じて、一つの目的地に歩み、そこで一つの兄弟姉妹として、相まみえるようになるのである。

 

 それでは、全人類が、一つの真理により、一つの兄弟姉妹として、一つの目的地において、相まみえるようになるとすれば、そこにおいて築かれる世界とは、どのような世界なのであろうか。この世界こそ、悠久なる歴史を通じて、人生の両面の無知から脱却しようと身もだえしてきた人類が、その暗黒から逃れでて、新しい真理の光の中で相まみえ、一つの大家族を形成していく世界なのである。ところで、真理の目的は善を成就するところにあり、そしてまた、善の本体はすなわち神であられるがゆえに、この真理によって到達する世界は、あくまでも神を父母として侍り、人々がお互いに兄弟愛に固く結ばれて生きる、そのような世界でなければならないのである。自分一人の利益のために隣人を犠牲にするときに覚える不義な満足感よりも、その良心の呵責からくる苦痛の度合いの方がはるかに大きいということを悟るときには、決してその隣人を害することができないようになるのが人間だれしもがもつ共通の感情である。それゆえ、人間がその心の深みからわき出づる真心からの兄弟愛に包まれるときには、到底その隣人に苦痛を与えるような行動はとれないのである。まして、時間と空間とを超越して自分の一挙手一投足を見ておられる神御自身が父母となられ、互いに愛することを切望されているということを実感するはずのその社会の人間は、そのような行動をとることはできない。したがって、この新しい真理が、人類の罪悪史を清算した新しい時代において建設するはずの新世界は、罪を犯そうとしても犯すことのできない世界となるのである。今まで神を信ずる信徒たちが罪を犯すことがあったのは、実は、神に対する彼らの信仰が極めて観念的であり、実感を伴うものではなかったからである。神が存在するということを実感でとらえ、罪を犯せば人間は否応なしに地獄に引かれていかなければならないという天法を十分に知るなら、そういうところで、だれがあえて罪を犯すことができようか。罪のない世界がすなわち天国であるというならば、堕落した人間が長い歴史の期間をかけて探し求めてきたそのような世界こそ、この天国でなければならないのである。そうして、この天国は、地上に現実世界として建設されるので、地上天国と呼ばれるのである。

 

 ここにおいて、我々は、神の救いの摂理の究極的な目的が、地上天国を建設するところにあるという結論を得た。先に、人間が堕落しているという事実と、この堕落が、人間創造以後に起こったことでなければならないという事実を明らかにしたが、今、我々が神の実在を認識した立場から見ると、人間始祖が堕落する以前、創造本然の世界において、神が建設されようとした世界が、いかなるものであったかということに対する答えは、自明だといわなければならない。そのことに関しては、前編第三章において論ずるはずであるが、その世界こそ神の創造目的が成就されるところの地上天国なのである。しかし人間は、堕落することによってこの世界をつくることができず、罪悪世界をつくり、無知に陥ってしまったために、堕落した人間は、長い歴史の期間をかけて、内外両面の真理を探し求め、無知を打開しつつ、善を指向し、絶えず神の創造本然の世界である地上天国を渇望してきたのである。我々は、ここにおいて、人類の歴史は、神の創造目的を完成した世界に復帰していく摂理歴史であるという事実を知った。したがって、その新しい真理は、堕落人間が、その創造本然の人間へと帰っていくことができるように、神が人間をはじめとして、この被造世界を創造されたその目的はいったい何であったかということを教え、復帰過程の途上にある堕落人間の究極的な目的が、いったい何であるかということを知らしめるものでなければならない。また、人間は果たして聖書に書かれているように、文字どおり、善悪を知る木の果を取って食べることによって堕落したのであろうか、それとも、もしそうでないとすれば、堕落の原因はいったいどこにあったのであろうか。完全無欠であるはずの神が、いったいどうして堕落の可能性のある人間を創造され、全知全能の神が、彼らが堕落するということを知っていながら、どうしてそれを食い止めることができなかったのか。また神はなぜその創造の権能によって、一時に罪悪人間を救うことができないのであろうか等々、実に、長い歴史の期間を通じて思索する人々の心を悩ませてきたあらゆる問題が、完全に解かれなければならないのである。

 

 我々が、被造世界に秘蔵されている科学性を調べていくと、それらを創造された神こそ科学の根本でなければならないと推測されるのである。ところで、人類歴史が、神の創造目的を完成した世界に復帰していく摂理歴史であるということが事実であるならば、かくのごとくあらゆる法則の主人であられる神が、このように長い復帰摂理の期間を、何らの計画もなしに無秩序にこの歴史を摂理なさるはずがない。それゆえ、人類の罪悪歴史がいかに出発し、いかなる公式的な摂理過程を経、また、いかなるかたちで終結し、いかなる世界に入るかを知るということは、我々にとって重要な問題とならざるを得ないのである。それゆえ、この新しい真理は、これらの根本問題を、一つ残らず明白に解いてくれるものでなければならない。これらの問題が明確に解明されれば、我々は歴史を計画し導いてこられた何らかの主体、すなわち、神がいまし給うということを、どうしても否定することはできなくなるのである。そうして、この歴史上に現されたあらゆる史実が、とりもなおさず、堕落人間を救おうとしてこられた神の心情の反映であったということを悟るようになるに相違ない。

 

 またこの新しい真理は、今日の文化圏を形成する世界的な使命を帯びているキリスト教の数多くの難解な問題を、明白に解いてくれるものでなければならない。知識人たちは、ただ単純に、イエスが神の子であり、人類の救い主であられるという程度の知識だけでは、到底満足することができないので、この問題に対するより深い意味を体得するために、今日まで、神学界において、多くの論争が展開されてきたのである。それゆえ、この新しい真理は、神とイエスと人間との間の創造原理的な関係を明らかにしてくれるものでなければならない。のみならず、今まで難解な問題と見なされてきた三位一体の問題に対しても、根本的な解明がなくてはならない。そうして、神が人類を救うに当たって、何故そのひとり子を十字架につけ、血を流さねばならなかったのかという問題も、当然解かれなければならないのである。更に加えて、イエスの十字架の代贖によって、明らかに救いを受けたと信じている人々であっても、有史以来、一人として、救い主の贖罪を必要とせずに天国へ行けるような罪のない子女を生むことができなかったという事実は、彼らが重生した以後においても、それ以前と同じく、原罪が、その子孫にそのまま遺伝されているという、有力な証拠とならざるを得ないのではなかろうか。このような実証的な事実を見るとき、十字架の代贖の限界は果たしてどのくらいまでなのかということが、大きな問題とならざるを得ない。事実、イエス以後二〇〇〇年にわたるキリスト教の歴史の期間を通じて、イエスの十字架の血によって完全に赦罪することができたと自負してきた信徒たちの数は、数え尽くせないほど多かった。しかし実際には、罪のない個人も、罪のない家庭も、罪のない社会も、一度たりとも存在したことはなかったのである。のみならず、先に論じたように、年月がたつに従って、キリストの精神は次第に衰微状態に陥っていくということが事実であるなら、今まで我々が信じてきた十字架の代贖と、完全なる贖罪との間に、結果として現れた事実の面で不一致があるというこの矛盾を、いったい何によって、またいかに合理的に説明することができようか等々、我々を窮地に追いこむ難問題が、数多く横たわっているのである。それゆえに、我々が切に待ち焦がれている新しい真理は、これらの問題に対しても明確に解答を与え得るものでなければならないのである。

 

 また、この真理は、イエスがなぜ再臨しなければならないのか、この再臨は、いつ、どこで、いかになされるのか、またそのときに、堕落人間の復活はどのようにしてなされるのか、天変地異が起こり、天と地とが火によって消滅すると記録されている聖書のみ言は、いったい何を意味するのか等々、象徴と比喩によって記録されている数多くの難問題を、かつてイエス御自身が直接話されたように、例えをもってではなく、だれしもが共通に理解できるように、「あからさまに」解いてくれるものでなければならない(ヨハネ一六・25)。このような真理であってこそ初めて比喩と象徴によって記されている聖句を、各人各様に解釈することによって起こる教派分裂の必然性を止揚し、それらを統一することができるのである。

 

 このように、人間を命の道へと導いていくこの最終的な真理は、いかなる教典や文献による総合的研究の結果からも、またいかなる人間の頭脳からも、編みだされるものではない。それゆえ、聖書に「あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せねばならない」(黙一〇・11)と記されているように、この真理は、あくまでも神の啓示をもって、我々の前に現れなければならないのである。それゆえ神は、既にこの地上に、このような人生と宇宙の根本問題を解決されるために、一人のお方を遣わし給うたのである。そのお方こそ、すなわち、文鮮明先生である。先生は、幾十星霜を、有史以来だれ一人として想像にも及ばなかった蒼茫たる無形世界をさまよい歩きつつ、神のみが記憶し給う血と汗と涙にまみれた苦難の道を歩まれた。人間として歩まなければならない最大の試練の道を、すべて歩まなければ、人類を救い得る最終的な真理を探しだすことはできないという原理を知っておられたので、先生は単身、霊界と肉界の両界にわたる億万のサタンと闘い、勝利されたのである。そうして、イエスをはじめ、楽園の多くの聖賢たちと自由に接触し、ひそかに神と霊交なさることによって、天倫の秘密を明らかにされたのである。

 

 ここに発表するみ言はその真理の一部分であり、今までその弟子たちが、あるいは聞き、あるいは見た範囲のものを収録したにすぎない。時が至るに従って、一層深い真理の部分が継続して発表されることを信じ、それを切に待ち望むものである。

 

 暗い道をさまよい歩いてきた数多くの生命が、世界の至る所でこの真理の光を浴び、蘇生していく姿を見るたびごとに、感激の涙を禁ずることができない。いちはやくこの光が、全世界に満ちあふれんことを祈ってやまないものである。

 

創造原理

第一章 創造原理

 

第一節 神の二性性相と被造世界

第二節 万有原力と授受作用および四位基台

第三節 創造目的

第四節 創造本然の価値

第五節 被造世界の創造過程とその成長期間

第六節 人間を中心とする無形実体世界と有形実体世界

 

 

人間は長い歴史の期間にわたって、人生と宇宙に関する根本問題を解決するために苦悶してきた。けれども、今日に至るまで、この問題に対して納得のいく解答を我々に与えてくれた人はまだ一人もいない。それは本来、人間や宇宙がいかに創造されたかという究極の原理を知らなかったからである。さらに、我々にはもっと根本的な先決問題が残っている。それは、結果的な存在に関することではなく、原因的な存在に関する問題である。ゆえに、人生と宇宙に関する問題は、結局それを創造し給うた神が、いかなるお方かということを知らない限り解くことができないのである。創造原理はこのような根本的な問題を、広範囲にわたって扱っている。

 

 

第一節 神の二性性相と被造世界

 

 

(一) 神の二性性相

 

無形にいます神の神性を、我々はいかにして知ることができるだろうか。それは、被造世界を観察することによって、知ることができる。そこで、パウロは、「神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない」(ロマ一・20)と記録している。あたかもすべての作品は、その作者の見えない性稟の実体的展開であるように、被造世界の森羅万象は、それを創造し給うた神の見えない神性の、その実体対象として展開されたものなのである。それゆえ、作品を見てその作者の性稟を知ることができるように、この被造万物を見ることによって神の神性を知ることができるのである。

今我々は、神の神性を知るために、被造世界に普遍的に潜んでいる共通の事実を探ってみることにしよう。存在しているものは、いかなるものであっても、それ自体の内においてばかりでなく、他の存在との間にも、陽性と陰性の二性性相の相対的関係を結ぶことによって、初めて存在するようになるのである。これについて実例を挙げてみれば、今日、すべての物質の究極的構成要素といわれている素粒子は、みな、陽性、陰性、または陽性と陰性の中和による中性を帯びている。これらが二性性相の相対的関係を結ぶことによって、原子を形成するのである。

さらに、原子も、陽性または陰性を帯びるようになるが、これらの二性性相が相対的関係を結ぶことによって、物質の分子を形成するのである。このように形成された物質は、また、互いに二性性相の相対的関係によって植物または動物に吸収されて、それらの栄養となるのである。

さらに、すべての植物は各々雄しべと雌しべとによって存続するし、また、すべての動物は各々雄と雌とによって繁殖、生存するのである。人間についての例を見ても、神は男性のアダムを創造されてのち、「人がひとりでいるのは良くない」(創二・18)と言われ、その対象として女性のエバを創造なさったあと、初めて「はなはだ良(善)かった」(創一・31)と言われたのである。さらに、あたかも、電離した陽イオンや陰イオンが、各々陽子と電子との結合によって形成されているように、雄しべや雌しべ、あるいは雄や雌もまた、各々それ自体の内部で、陽性と陰性の二性性相の相対的関係を結ぶことによって、初めて存在することができるのである。したがって、人間においても、男性には女性性相が、女性には男性性相が各々潜在しているのである。そればかりでなく、森羅万象の存在様相が、表裏、内外、前後、左右、高低、強弱、抑揚、長短、広狭、東西、南北などのように、すべて相対的であるのも、あらゆる被造物が二性性相の相対的関係によって、互いに存在できるように創造されているからである。

以上の記述によって、我々はすべての存在が、陽性と陰性との二性性相による相対的関係によって存在を保ち得ているという事実を明らかにした。さらに、我々はすべての存在を形成しているもっと根本的な、いま一つの二性性相の相対的関係を知らなければならない。存在するものはすべて、その外形と内性とを備えている。そして、その見えるところの外形は、見ることのできない内性が、そのごとくに現れたものである。したがって、内性は目に見ることはできないが、必ずある種のかたちをもっているから、それに似て、外形も目に見える何らかのかたちとして現れているのである。そこで、前者を性相といい、後者を形状と名づける。ところで、性相と形状とは、同一なる存在の相対的な両面のかたちを言い表しており、形状は第二の性相であるともいえるので、これらを総合して、二性性相と称するのである。

これに対する例として、人間について調べてみることにしよう。人間は体という外形と心という内性とからできている。そして、見える体は見えないその心に似ているのである。すなわち、心があるかたちをもっているので、その心に似ている体も、あるかたちをもつようになるのである。観相や手相など、外貌から、見えないその心や運命を判断することができるという根拠もここにある。それゆえ、心を性相といい、体を形状と称するのである。ここで、心と体とは、同一なる人間の相対的両面のかたちをいうのであって、体は第二の心であるということもできるので、これらを総合して二性性相であるという。これによって、あらゆる存在が性相と形状による二性性相の相対的関係によって存在しているという事実を、我々は知るようになった。

それでは、性相と形状とは、お互いにいかなる関係をもっているのであろうか。無形の内的な性相が原因となって、それが主体的な立場にあるので、その形状は有形の外的な結果となり、その対象の立場に立つようになる。したがってこの両者はお互いに、内的なものと外的なもの、原因的なものと結果的なもの、主体的なものと対象的なもの、縦的なものと横的なものとの相対的関係をもつようになるのである。これに対する例として、再び人間を取りあげてみることにしよう。心と体は、各々性相と形状に該当するもので、体は心に似ているというだけではなく、心の命ずるがままに動じ静ずる。それによって、人間はその目的を指向しつつ生を維持するのである。したがって、心と体とは、内外、原因と結果、主体と対象、縦と横などの相対的関係をもっているということができるのである。

このように、いかなる被造物にも、その次元こそ互いに異なるが、いずれも無形の性相、すなわち、人間における心のように、無形の内的な性相があって、それが原因または主体となり、人間における体のようなその形状的部分を動かし、それによってその個性体を、ある目的をもつ被造物として存在せしめるようになるのである。それゆえ、動物にも、人間の心のようなものがあり、これがある目的を指向する主体的な原因となっているので、その肉体は、その個体の目的のために生を営むようになるのである。植物にもやはりこのような性相的な部分があって、それが、人間における心のような作用をするので、その個体は有機的な機能を維持するようになるのである。そればかりでなく、人間が互いに結合するようになるのはそれらの中に各々結合しようとする心があるからであるのと同様、陽イオンと陰イオンとが結合してある物質を形成するのも、この二つのイオンの中に、各々その分子形成の目的を指向するある性相的な部分があるからである。陽子を中心として電子が回転して原子を形成するのも、これまた、これらのものの中に、各々その原子形成の目的を指向する性相的な部分があるからである。

また、今日の科学によると、原子を構成している素粒子は、すべてエネルギーから成り立っているという。それゆえ、そのエネルギーが素粒子を形成するためには、必ずそのエネルギー自体の中にも、素粒子形成の目的を指向する性相的な部分がなければならないということになる。更に一歩進んで、このように性相と形状とを備えているそのエネルギーを存在せしめることによって、あらゆる存在界の究極的な原因となるところのある存在を我々は追求せざるを得なくなるのである。この存在は、まさしく、あらゆる存在の第一原因として、これらすべてのものの主体となる性相と形状とを備えていなければならない。存在界のこのような第一原因を我々は神と呼び、この主体的な性相と形状のことを、神の本性相と本形状というのである。我々は、今、パウロが論証したように、あらゆる被造物に共通に見られる事実を追求することによって、神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体として、すべての存在界の第一原因であられることが理解できるようになった。

既に述べたように、存在するものはいかなるものでも、陽性と陰性の二性性相の相対的関係によって存在するという事実が明らかにされた。それゆえに、森羅万象の第一原因としていまし給う神も、また、陽性と陰性の二性性相の相対的関係によって存在せざるを得ないということは、当然の結論だといわなければならない。創世記一章27節に「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」と記録されているみ言を見ても、神は陽性と陰性の二性性相の中和的主体としてもいまし給うということが、明らかに分かるのである。

それでは、性相と形状の二性性相と、陽性と陰性の二性性相とは、互いにいかなる関係をもっているのだろうか。本来、神の本性相と本形状は、各々本陽性と本陰性の相対的関係をもって現象化するので、神の本陽性と本陰性は、各々本性相と本形状の属性である。それゆえ、陽性と陰性とは、各々性相と形状との関係と同一なる関係をもっている。したがって、陽性と陰性とは、内外、原因と結果、主体と対象、または縦と横との相対的関係をもっている。神が男性であるアダムの肋骨を取って、その対象としての女性であるエバを創造されたと記録してある理由もここにあるのである(創二・22)。我々はここにおいて、神における陽性と陰性とを、各々男性と女性と称するのである。

神を中心として完成された被造世界は、ちょうど、心を中心として完成した人間の一個体のように、神の創造目的のままに、動じ静ずる、一つの完全な有機体である。したがって、この有機体も性相と形状とを備えなければならないわけで、その性相的な存在が神であり、その形状的存在が被造世界なのである。神が、被造世界の中心である人間を、神の形状である(創一・27)と言われた理由もここにある。したがって、被造世界が創造される前には、神は性相的な男性格主体としてのみおられたので、形状的な女性格対象として、被造世界を創造せざるを得なかったのである。コリントT一一章7節に、「男は、神のかたちであり栄光である」と記録されている聖句は、正にこのような原理を立証しているのである。このように、神は性相的な男性格主体であられるので、我々は神を父と呼んで、その格位を表示するのである。上述した内容を要約すれば、神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることができる。

 

(二) 神と被造世界との関係

 

以上の論述によって、被造物はすべて、無形の主体としていまし給う神の二性性相に似た実体に分立された、神の実体対象であることが分かった。このような実体対象を、我々は個性真理体と称する。人間は神の形象的な実体対象であるので、形象的個性真理体といい、人間以外の被造物は、象徴的な実体対象であるために、それらを象徴的個性真理体という。

個性真理体は、このように神の二性性相に似た実体として分立されたものであるがゆえに、それらは、神の本性相的男性に似た陽性の実体と、その本形状的女性に似た陰性の実体とに分立される。さらに、このように分立された個性真理体は、すべて神の実体対象ともなるので、それらは各自、神の本性相と本形状に似て、それ自体の内に性相と形状の二性性相を備えるようになり、それにつれて、陽性と陰性の二性性相を、共に備えるようになる。

ここにおいて、二性性相を中心として見た神と被造世界との関係を要約すれば、被造世界は、無形の主体としていまし給う神の二性性相が、創造原理によって、象徴的または形象的な実体として分立された、個性真理体から構成されている神の実体対象である。すなわち、万物は神の二性性相が象徴的な実体として分立された実体対象であり、人間はそれが形象的な実体として分立された実体対象である。それゆえ、神と被造世界とは、性相と形状との関係と同じく、内外、原因と結果、主体と対象、縦と横など、二性性相の相対的な関係をもっているのである。

今、我々は創造原理に立脚して、東洋哲学の中心である易学の根本について調べてみることにしよう。易学では、宇宙の根本は太極(無極)であり、その太極から陰陽が、陰陽から木火土金水の五行が、五行から万物が生成されたと主張している。そして、陰陽を道と称し(一陰一陽之謂道)、その道は、すなわちみ言(道也者言也)であるといった。この内容を総合すれば、太極から陰陽、すなわちみ言が、このみ言から万物が生成されたという意味となる。したがって、太極は、すべての存在の第一原因として、陰陽の統一的核心であり、その中和的主体であることを意味するのである。

このようにして、ヨハネ福音書一章1節から3節に記録されているように、み言はすなわち神であり、このみ言から万物が創造されたというその内容と、これとを対照してみれば、陰陽の中和的な主体であるその太極は、二性性相の中和的主体である神を表示したものであるということを、知ることができるのである。

創造原理を見ても、み言が二性性相から成り立っているがゆえに、そのみ言から創造された被造物も二性性相からなるものでなければならない。したがって、陰陽が、すなわち「み言」であるという易学の主張は妥当である。

しかしながら、易学は単に陰陽を中心として存在界を観察することによって、それらが、すべて性相と形状とを備えているという事実を知らなかったので、太極が陰陽の中和的主体であることだけを明らかにするにとどまり、それが本来、本性相と本形状とによる二性性相の中和的主体であることを、明白にすることはできなかった。したがって、その太極が人格的な神であるという事実に関しては知ることができなかったのである。

ここにおいて、今我々は、易学による東洋哲学の根本も、結局、創造原理によってのみ解明せられるという事実が分かった。そうして、近来、漢医学が漸次その権威を増していくようになったのも、それが陰陽を中心とする創造原理的根拠に立脚しているからだということを知ることができるのである。

 

 

第二節 万有原力と授受作用および四位基台

 

 

(一) 万 有 原 力

 

神はあらゆる存在の創造主として、時間と空間を超越して、永遠に自存する絶対者である。したがって、神がこのような存在としておられるための根本的な力も、永遠に自存する絶対的なものであり、同時にこれはまた、被造物が存在するためのすべての力を発生せしめる力の根本でもある。このようなすべての力の根本にある力を、我々は万有原力と呼ぶ。

 

(二) 授 受 作 用

 

あらゆる存在をつくっている主体と対象とが、万有原力により、相対基準を造成して、良く授け良く受ければ、ここにおいて、その存在のためのすべての力、すなわち、生存と繁殖と作用などのための力を発生するのである。このような過程を通して、力を発生せしめる作用のことを授受作用という。ゆえに、万有原力と授受作用の力とは、各々原因的なものと結果的なもの、内的なものと外的なもの、主体的なものと対象的なものという、相対的な関係をもっている。したがって、万有原力は縦的な力であり、授受作用の力は横的な力であるともいえるのである。

我々は、ここにおいて、万有原力と授受作用を中心として、神と被造物に関することを、更に具体的に調べてみることにしよう。神はそれ自体の内に永存する二性性相をもっておられるので、これらが万有原力により相対基準を造成して、永遠の授受作用をするようになるのである。この授受作用の力により、その二性性相は永遠の相対基台を造成し、神の永遠なる存在基台をつくることによって、神は永存し、また、被造世界を創造なさるためのすべての力を発揮するようになるのである。

また、被造物においても、それ自体をつくっている二性性相が、万有原力により相対基準を造成して、授受作用をするようになる。また、この授受作用の力により、その二性は相対基台を造成し、その個性体の存在基台をつくって初めて、その個性体は神の対象として立つことができるし、また、自らが存在するためのすべての力をも発揮できるようになるのである。これに対する例を挙げれば、陽子と電子の授受作用によって原子が存在できるし、またその融合作用などを起こすことができるのである。また、陽陰二つのイオンの授受作用によって、分子が存在するようになり、化学作用を起こすこともできる。また、陽電気と陰電気との授受作用によって、電気が発生し、すべての電気作用が起こるようになるのである。

植物においては、導管と師管の授受作用によって、植物体の機能を維持し、有機的な生長をするようになる。そして、雄しべと雌しべの授受作用によって繁殖するのである。

動物も雄と雌の授受作用によって、その生体を維持し、また繁殖する。そして動植物間においても、酸素と炭酸ガスの交換、蜜蜂と花の授受作用などによってそれらは共存している。

天体を見ても、太陽と惑星との授受作用によって、太陽系が存在すると同時に、宇宙形成のための運行をなしている。また、地球と月も、授受作用によって一定の軌道を維持しながら、公転と自転の運行を継続しているのである。

人間の肉体は、動静脈、呼吸作用、交感神経と副交感神経などの授受作用によって、その生を維持しており、その個性体は体と心の授受作用によって存在しながら、その目的のために活動している。

さらに、家庭においては夫と妻が、社会においては人間と人間が、国家においては政府と国民が、もっと広く世界においては国家と国家が、お互いに授受作用をしながら共存している。

古今東西を問わず、いくら悪い人間であっても、正しいことのために生きようとするその良心の力だけは、はっきりとその内部で作用している。このような力は、だれも遮ることができないものであって、自分でも知らない間に強力な作用をなすものであるから、悪を行うときには、直ちに良心の呵責を受けるようになるのである。もしも、堕落人間にこのような良心の作用がないとすれば、神の復帰摂理は不可能である。では、このような良心作用の力はいかにして生じるのであろうか。あらゆる力が授受作用によってのみ生じることができるのだとすれば、良心もやはり独自的にその作用の力を起こすことはできない。すなわち、良心もまた、ある主体に対する対象として立ち、その主体と相対基準を造成して授受作用をするからこそ、その力が発揮されるのである。我々は、この良心の主体を神と呼ぶのである。

堕落というのは、人間と神との授受の関係が切れることによって一体となれず、サタンと授受の関係を結び、それと一体となったことを意味する。イエスは神と完全な授受の関係を結んで一体となられた、ただ一人のひとり子として来られたお方である。したがって、堕落した人間が、イエスと完全なる授受の関係を結んで一体となれば、創造本性を復帰して、神と授受作用をすることによって、神と一体となることができるのである。それゆえに、イエスは堕落人間の仲保となられると同時に、道であり、真理であり、また命でもあるのである。したがって、イエスは命をささげ、愛と犠牲によって、すべてのものを与えるために来られたお方であるから、だれでも彼に信仰をささげる者は滅びることのない永遠の命を得るのである(ヨハネ三・16)。キリスト教は、愛と犠牲により、イエスを中心として、人間同士がお互いに横的な授受の回路を回復させることによって、神との縦的な授受の回路を復帰させようとする愛の宗教である。それゆえに、イエスの教訓と行跡とは、みなこの目的のためのものであったのである。例を挙げれば、イエスは、「人をさばくな。自分がさばかれないためである。あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ」るであろう(マタイ七・1、2)と言われた。また、「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」(マタイ七・12)と語られ、「だから人の前でわたしを受けいれる者を、わたしもまた、天にいますわたしの父の前で受けいれるであろう」(マタイ一〇・32)とも言われた。また、イエスは、「預言者の名のゆえに預言者を受けいれる者は、預言者の報いを受け、義人の名のゆえに義人を受けいれる者は、義人の報いを受けるであろう」(マタイ一〇・41)と言われ、「わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない」(マタイ一〇・42)とも言われたのである。

 

(三) 正分合作用による三対象目的を完成した四位基台

 

@ 正 分 合 作 用

万有原力によって、神自体内の二性性相が相対基準を造成して授受作用をするようになれば、その授受作用の力は繁殖作用を起こし、神を中心として二性性相の実体対象に分立される。このように分立された主体と対象が、再び万有原力により、相対基準を造成して授受作用をすれば、これらは再び、合性一体化して、神のまた一つの対象となる。このように、神を正として、それより分立して、再び合性一体化する作用を正分合作用と称する。

 

A 三 対 象 目 的

正分合作用により、正を中心として二性の実体対象に分立された主体と対象と、そしてその合性体が、各自主体の立場をとるときには、各々残りのものを対象として立たせて、三対象基準を造成する。そうして、それらがお互いに授受作用をするようになれば、ここで、その主体を中心として、各々三対象目的を完成するようになる。

 

B 四 位 基 台

このように、正分合作用により、正を中心として、二性の実体対象に立たされた主体と対象と、またその合性体が各々三対象目的を完成すれば、四位基台を造成するようになる。

四位基台は四数の根本であり、またそれは、三対象目的を完成した結果であるので、三数の根本でもある。四位基台は正分合作用によって、神、夫婦、子女の三段階をもって完成されるのであるから、三段階原則の根本となるのである。四位基台は、その各位を中心として、各々三対象となるので、これらを総合すれば十二対象となる。ゆえに、十二数の根本ともなるのである。また、四位基台は、創造目的を完成した善の根本的な基台でもあるので、神が運行できるすべての存在と、またそれらが存在するための、すべての力の根本的な基台ともなる。したがって、四位基台は、神の永遠なる創造目的となるのである。

 

C 四位基台の存在様相

正分合作用により三対象目的をつくって四位基台を完成した存在は、いかなるものでも、円形、または球形運動をなして、立体として存在する。今、我々はその理由を調べてみることにしよう。正分合作用により神の二性性相が、各々その実体対象に分立された主体と対象において、その対象が主体に対応して相対基準を造成すれば、その対象は主体を中心としてお互いに授ける力(遠心力)と、受ける力(求心力)とを交換しあって授受作用をするようになる。このように、主体と対象とが授受作用をするようになれば、その対象は主体を中心として互いに回転して、円形運動をするようになるから合性一体化する。また、これと同一なる原理によって、その主体は神の対象となり、神を中心として回転して神と合性一体化し、また、その対象が、このような主体と合性一体化 するようになるとき、初めてその合性体は、神の二性性相に似た実体対象となる。このように、その対象は、その主体と合性一体化することによって、初めて神の対象となることができるのである。

そうして、この実体対象における主体と対象も、これまた、各々二性性相からできているので、それらも同一の授受作用の原理によって、各自円形運動をしているのである。この実体対象は、このように、各自絶え間のない運動をしている主体と対象の授受作用によって、円形運動をするのであるから、その円形運動は、この運動を起こしているその主体と対象自体の特殊な運動様相により、場合によっては、同一の平面上の軌道でのみ起こることもあるが、一般的には、その主体を中心として、絶え間なくその円形運動の軌道の角度を異にしながら回転するので、この運動はやがて球形運動を起こすようになるのである。したがって、四位基台を完成した存在は、みな円形、または球形運動をするようになるので、その存在様相は立体とならざるを得ない。

これに対する例として、太陽系を挙げてみることにしよう。太陽を主体とするすべての惑星は、太陽の対象となり、それと相対基準を造成して、太陽を中心として、それと対応して、遠心力と求心力による授受作用をするがゆえに、それらはみな、公転の円形運動をするようになる。このような円形運動をする太陽と惑星などは、合性一体化して太陽系をつくるのである。ここにおいて、二性性相の複合体である地球が自転するだけでなく、太陽や、太陽を中心とした他の惑星なども、また二性性相の複合体であるので、絶え間なく自転している。したがって、このように自転している太陽と惑星などの授受作用による太陽系の円形運動は、常に同一の平面上の軌道においてのみ起こるのではなく、太陽を中心として、絶えずその軌道の角度を変えながら回転するので、太陽系は球形運動をするようになり、立体として存在するのである。このように、すべての天体は円形、または球形運動によって立体として存在する。このような無数の天体が互いに授受作用をすることによって、合性一体化されてつくられる宇宙も、やはり同じ原理により球形運動をすることによって、立体として存在するのである。

原子を形成している電子が、陽子と相対基準を造成して、陽子を中心として授受作用をするようになれば、それらは円形運動を起こすことにより合性一体化し、原子を形成するようになる。このように、陽子と電子も各々二性性相からなっていて、各自絶え間なく運動をしているので、このような陽子と電子の授受作用による円形運動も、やはり同一の平面上の軌道においてのみ起こるのではなく、陽子を中心として絶え間なくその角度を変えながら回転するので、この運動はやがて、球形運動に変わる。原子もまたこのように球形運動をすることによって立体として存在するようになる。電気によって、陽陰二極に現れる磁力線も、同じ原理により、球形運動をするのである。

また、このような例を人間において考えてみることにしよう。体は心の対象として、心と相対基準をつくって授受作用をするようになれば、体は心を中心として円形運動をすることによって合性一体化する。そうして、心が神の対象となり、神を中心として回転して、神と合性一体化し、体がこのような心と合性一体化するようになれば、その個体は初めて、神の二性性相に似た実体対象となり、創造目的を完成した人間となるのである。さらには、体と心も各々二性性相からできていて、それ自体も各自絶え間のない運動をしているので、このような体と心の授受作用によって起こる円形運動は、神を中心として、絶えずその角度を変えながら回転するようになり、

球形運動に変わる。それゆえに、創造目的を完成した人間は、神を中心として、常に球形運動の生活をする立体的な存在であるので、結局、無形世界までも主管するようになるのである(本章第六節参照)。

このように、主体と対象が授受作用をする平面的な回路による円形運動が、再び立体的な回路によって球形運動に変わることによって、創造の造化の妙味が展開されるのである。すなわち、その回路の距離、様相、状態、方向、角度、また、それらが各々授受する力の速度などの差異によって、千態万象の造化の美が展開されるようになるのである。

すべての存在は、性相と形状を備えているので、それらの球形運動にも、性相的なものと形状的なものとの二つがある。したがって、その運動の中心にも、性相的な中心と形状的な中心とがある。そうして、前者と後者は、性相と形状の関係と、同じ関係をもっている。それでは、この球形運動の究極的な中心はいったい何であろうか。神の二性性相の象徴的実体対象として創造された被造物の中心は、人間であり、神の形象的実体対象として創造された人間の中心は神なので、結局、被造世界の球形運動の究極的な中心は神であられる。我々は、これに関することを、もっと具体的に調べてみることにしよう。

神のすべての実体対象に備えられている主体と対象において、その対象の中心がその主体にあるので、主体と対象の合性体の中心も、やはりその主体にある。さらには、その主体の究極的な中心は神であるので、その合性体の究極的な中心もまた神である。それゆえに、神の三対象が相対基準を造成して、それらの三つの中心が神を中心として一つになり、授受作用をすることによって、三対象目的を完成するとき、初めて、四位基台が完成できるのである。したがって、四位基台の究極的な中心は神である。このように、四位基台を完成した各個の被造物を個性真理体という。ところで、上述したように、この個性真理体は、形象的個性真理体(人間)と、象徴的個性真理体(人間以外の被造物)とに大別される。被造世界は無数の個性真理体によって構成されているが、その低級なものから高級なものに至るまで、段階的に秩序整然として連結されている。その中で人間は、最高級の個性真理体として存在している。そうして個性真理体はすべて球形運動をしており、低級な個性真理体は、より高級な個性真理体の対象となるので、この対象の球形運動の中心は、いま一つ高級位にあってその主体となっている個性真理体なのである。このように、数多くの象徴的個性真理体の中心は、低級なものから、より高級なものへと、だんだん上位に連結され、その最終的な中心は、形象的個性真理体である人間となるのである。

このことについてもう少し詳しく考えてみることにしよう。今日の科学は、物質の最低単位を素粒子と見なしているが、素粒子はエネルギーからなっている。ここにおいて、物質世界を構成している各段階の個性真理体の存在目的を、次元的に観察してみると、エネルギーは素粒子の形成のために、素粒子は原子の構成のために、原子は分子の構成のために、分子は物質の形成のために、すべての物質は宇宙森羅万象の個体を構成するために、各々存在していることを知ることができる。それゆえに、エネルギーの運動の目的は素粒子に、素粒子の目的は原子に、原子の目的は分子に、分子の目的は物質に、すべての物質の目的は宇宙形成にあるのである。それでは、宇宙は何のためにあるのであり、その中心は何であるのだろうか。それは、まさしく人間である。ゆえに、神は人間を創造されたのち、被造世界を主管せよ(創一・28)と言われた。もしも、被造世界に人間が存在しないならば、その被造世界は、まるで、見物者のいない博物館のようなものとなってしまう。つまり、博物館のすべての陳列品は、それらを鑑賞し、愛し、喜んでくれる人間がいて初めて、歴史的な遺物として存在し得るところの因縁的な関係が、それらの間で結ばれ、各々その存在の価値を表すことができるのである。もしも、そこに、その中心となる人間が存在しないとすれば、それらはいったいいかなる存在意義をもつであろうか。人間を中心とする被造世界の場合も、これと少しも変わるところはない。すなわち、人間が存在して、被造物を形成しているすべての物質の根本とその性格を明らかにし、分類することによって初めて、それらはお互いに、合目的的な関係を結ぶことができるのである。さらにまた、人間が存在することによって初めて、動植物や水陸万象や宇宙を形成しているすべての星座などの正体が区別でき、それらが人間を中心として、合目的的な関係をもつことができるのである。それから物質は人間の肉体に吸収されて、その生理的な機能を維持させる要素となり、森羅万象は人間の安楽な生活環境をつくるための材料となるのである。これらはみな、人間の被造世界に対する形状的な中心としての関係であるが、これ以外にも、また、性相的な中心としての関係がある。前者を肉的な関係であるというならば、後者は精神的、または霊的な関係である。物質から形成された人間の生理的機能が、心の知情意に完全に共鳴するのは、物質もやはり、知情意に共鳴できる要素をもっているという事実を立証するものにほかならない。このような要素が、物質の性相を形成しているために、森羅万象は、各々その程度の差こそあれ、すべてが知情意の感応体となっている。我々が自然界の美に陶酔して、それらと渾然一体の神秘境を体験できるのは、人間が被造物のこのような性相の中心ともなるからである。人間は、このように、被造世界の中心として創造されたために、神と人間が合性一体化した位置が、まさしく天宙の中心となる位置なのである。

我々はまた、他の面において、人間が天宙の中心となるということについて論じてみることにしよう。詳細なことは第六節で述べるけれども、無形と有形の二つの世界を総称して天宙というが、人間はこの天宙を総合した実体相である。それゆえ、既に述べたように、天宙を形成しているすべての被造物は、主体と対象とに分けられることが分かるのである。

ここにおいて、我々は、人間始祖として創造されたアダムがもし完成したならば、彼は被造物のすべての存在が備えている主体的なものを総合した実体相となり、エバが完成したならば、彼女は被造物すべての存在が備えている対象的なるものを総合した実体相となるという結論を、直ちに得ることができる。神は被造世界を主管するように人間を創造されたので、アダムとエバが共に成長して、アダムは被造物のすべての主体の主管主として完成し、またエバはすべての対象の主管主として完成され、彼らが夫婦となって一体となったならば、それがまさしく、主体と対象とに構成されている被造世界の全体を主管する中心体となるべきであったのである。

また、人間は天宙の和動の中心として創造されたので、すべての被造物の二性性相の実体的な中心体であるところのアダムとエバが、完成されて夫婦になってから、彼らがお互いに和動して一体となったときに、初めて二性性相として創造された全天宙と和動することができるのである。このように、アダムとエバが完成された夫婦として一体となったその位置が、正に愛の主体であられる神と、美の対象である人間とが一体化して、創造目的を完成した善の中心となる位置なのである。ここにおいて、初めて父母なる神は、子女として完成された人間に臨在されて、永遠に安息されるようになるのである。このときこの中心は、神の永遠なる愛の対象であるために、これによって、神は永遠に刺激的な喜びを感ずるようになる。また、ここにおいて初めて神のみ言が実体として完成するので、これが正に真理の中心となり、すべての人間をして創造目的を指向するように導いてくれる本心の中心ともなるのである。それゆえに、被造世界は、このように人間が完成されて、神を中心として夫婦となることによってつくられる四位基台を中心に、合目的的な球形運動をするようになる。ところが、被造世界は人間の堕落によってこの中心を失ったので、万物も実に切なる思いで、神の子たち、すなわち創造本性を復帰した人間たちが出現して、その中心となってくれる日を待ち望んでいるのである(ロマ八・1922)。

 

(四) 神

 

上述のように、正分合作用によって三対象目的を完成した四位基台は、神を中心として球形運動を起こし、神と一体となるので、それは、神が運行できるすべての存在の、また、その存在のためのすべての力の根本的な基台となるということを我々は知った。ところで、創造目的を完成した世界においては、神の本性相と本形状の実体となっているすべての個性体は、みな、このように球形運動を起こし、神が運行できる根本的な基台を造成するようになっている。このようにして、神は一切の被造物の中に遍在されるようになるのである。

 

(五) 生 繁殖

 

生理体が存続するためには、繁殖しなければならないし、その繁殖は授受作用による正分合作用によってなされる。これに対する例を挙げれば、植物は花の種子から花の雄しべと雌しべができ、その雄しべと雌しべの授受作用によって、再び多くの種子を結んで繁殖する。動物においてはその雄と雌が成長して、お互いに授受作用をして子を産むことによって繁殖する。また、動植物のすべての細胞分裂も授受作用によって起こるようになる。

ある目的を立てて、心が望むとおりに体が実践して、体と心とが授受作用をするようになれば、同志ができ、同志たちがお互いに良く授け、良く受ければ、もっと多くの同志を繁殖する。このような面から見れば、被造世界は、無形の神の本性相と本形状が、その創造目的を中心として、授受作用をすることによって、それが実体的に展開されて繁殖したものであると見ることができる。

 

(六) すべての存在が二性性相になっている理由

 

いかなるものでも、存在するためには、必ずある力を必要とするようになるが、その力は授受作用によってのみ起こる。けれども、いかなるものも単独で授受することはできないので、それが存在するための力を起こすには、必ず授受作用ができる主体と対象との二性性相として存在しなければならない。

また直線上の運動においてはいつかは終わりがこなければならないので、このような直線運動をしている存在は永遠性をもつことができない。それゆえに、いかなるものでも、永遠性をもつためには回転しなければならないし、回転するためには主体と対象が授受作用をしなければならない。それゆえに、神も永遠性をもつために、二性性相としていまし給うのであるし、神の永遠なる対象である被造物も永遠性をもつためには、神に似た二性性相として存在しなければならない。そして、時間も周期的な輪廻によって、永遠性を維持しているのである。

 

堕落論

第二章 堕落論

 

第一節 罪の根

第二節 堕落の動機と経路

第三節 愛の力と原理の力および信仰のための戒め

第四節 人間堕落の結果

第五節 自由と堕落

第六節 神が人間始祖の堕落行為を干渉し給わなかった理由

 

 

人間はだれでも悪を退け、善に従おうとする本心の指向性をもっている。しかし、すべての人間は自分も知らずにある悪の力に駆られ、本心が願うところの善を捨てて、願わざる悪を行うようになるのである。このような悪の勢力の中で、人類の罪悪史は綿々と続いてきた。キリスト教ではこの悪の勢力の主体をサタンと呼ぶのである。そして、人間がこのサタンの勢力を清算できないのは、サタンが何であり、またそれがどうしてサタンとなったかという、その正体を知らないからである。それゆえに、人間がこの悪を根こそぎ取り除き、人類の罪悪史を清算して、善の歴史を成就するためには、まず、サタンがサタンとなったその動機と経路、およびその結果を明らかに知らなければならない。つまり、このような問題を解明するために、我々は堕落論を知らなければならないのである。

 

 

 

第一節 罪  の  根

 

 

今まで人間の中に深く根を下ろし、休むことなく人間を罪悪の道に追いこんできた罪の根がいったい何であるか、この問題を知る者は一人もいなかった。ただキリスト教信徒のみが、聖書を根拠として、人間始祖アダムとエバが善悪を知る木の果を取って食べ、それが罪の根となったということを漠然と信じてきたのである。しかし、善悪を知る木の果が、文字どおり木の果実であると信ずる信徒たちと、聖書の多くの部分がそうであるように、これもまた、あるものに対する象徴、あるいは比喩に違いないと信ずる信徒たちとが、互いにその意見を異にし、それぞれに様々な解釈をしているだけで、今もってなお、これに対する完全な解明がなされていないというのが実情である。

 

 

(一) 生命の木と善悪を知る木

 

 

多くのキリスト教信徒たちは今日に至るまで、アダムとエバが取って食べて堕落したという善悪を知る木の果が、文字どおり何かの木の果実であると信じてきた。しかし、そうであるなら、人間の父母としていまし給う神が、何故その子女たちが取って食べて堕落する可能性のある果実を、このように「食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好まし」くおつくりになり(創三・6)、彼らがたやすく取って食べられる所に置かれたのであろうか。

 

かつてイエスは、「口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである」(マタイ一五・11)と言われた。まして、食物がいかにして人間を堕落させることができるであろうか。人間の原罪は、あくまで人間の祖先から遺伝されてきたものであって、食物が原罪を遺伝するその要因とはなり得ないのである。

 

なぜなら遺伝は、ただその血統を通じてのみなされるからである。ゆえに、ある一人の人間が、何か物を食べたなどということによって、その結果が子孫代々にまで遺伝されるはずはない。ある信徒たちは、神がそのみ言に対して人間が従順であるかどうかを試すために善悪を知る木の果を創造し、それを食べてはならぬと命令されたのであると信じている。しかし、全き愛の方であられる神が、人間に死を伴うような方法でもって、かくも無慈悲な試みをされたとは到底考えることができない。アダムとエバは、彼らが善悪の果を取って食べる日には、必ず死ぬであろうと言われたみ言のように、それを食べるときには死ぬということを知っていたはずである。それにもかかわらず彼らはこれを取って食べたのである。飢えてもいなかったアダムとエバが食物などのために、死を覚悟してまで、かくも厳重な神のみ言を犯したとは到底考えられないのである。それゆえに、善悪を知る木の果は何かの物質ではなく、生死にかかわることさえも問題視しないほどの強力な刺激を与えることのできる、他の何物かであるに相違ない。さて、善悪を知る木の果が物質でないとすれば、それは他の何物かを比喩したものであると見なければならない。聖書の多くの主要な部分が、象徴とか比喩でもって記録されていることは事実である。もしそうだとすれば、なぜ善悪の果だけを無理に文字どおりに信じなければならないのであろうか。今日のキリスト教信徒たちは、当然のことながら聖書の文字のみにとらわれた過去の固陋にして慣習的な信仰態度を捨てなければならない。では善悪を知る木の果を比喩であると見るならば、それは果たして何を意味するのであろうか。我々はこれを解明する方法として、創世記二章9節の善悪を知る木と共にエデンの園にあったという生命の木が何であるかをまず調べてみることにしよう。この生命の木が何であるかが明らかになれば、これと共にあったという善悪を知る木が何であるかということも、明確に知られるようになるからである。

 

@ 生 命 の 木

 

聖書のみ言によれば、堕落人間の願いは生命の木の前に行き、生命の木を完成するところにあるという。すなわち、箴言一三章12節を見れば、旧約聖書において、イスラエル民族も生命の木をその願望の対象として眺めていたし、黙示録二二章14節の記録を見ると、イエス以後、今日に至るまでのすべてのキリスト教信徒たちの願望もまた、ひたすらに生命の木に至ろうとするところにあるということが分かるのである。このように、堕落人間の究極的な願望が、生命の木であるということを見れば、堕落前のアダムの願望も、生命の木であったに相違ないのである。なぜかといえば、復帰過程にいる堕落人間は、元来堕落前のアダムが完成できなかったその願いを、再び成就しなければならないからである。

 

創世記三章24節を見れば、アダムが罪を犯したために、神は炎の剣をもって生命の木の道をふさいでしまわれたと記されている。この事実を見ても、堕落前のアダムの願望が、生命の木であったということを知ることができる。しかし、アダムは堕落することによって、彼の願望であったこの生命の木に至ることができず、エデンの園から追放されたので、この生命の木は、その後すべての堕落人間の望みとして残されてきたのである。

 

では、完成するそのときを仰ぎ見ながら成長していた未完成のアダムの願いであった生命の木とは、いったい何であったろうか。それは、彼が堕落せずに成長して、神の創造理想を完成した男性になるということでなければならない。したがって、我々はここにおいて、生命の木とは、すなわち、創造理想を完成した男性である、ということを知ることができる。創造理想を完成した男性とは、すなわち、完成したアダムを意味するがゆえに、生命の木とは、すなわち、完成したアダムを比喩した言葉であるということを知ることができるのである。

 

もしアダムが堕落しないで、創造理想を完成した男性となり、生命の木を完成したならば、彼の子孫たちもみな、生命の木として完成し、地上天国を成就したはずであった。しかし、アダムが堕落したために、神は生命の木に行くその道を、回る炎の剣をもってふさいでしまわれたのである(創三・24)。ゆえに生命の木は創造理想を復帰しようとする堕落人間の願いとして、残されなければならなくなったのである。しかも、原罪をもつ堕落人間は、彼ら自らの力をもってしては、創造理想を完成した生命の木になることはできない。それゆえ、堕落人間が生命の木となるためには、ロマ書一一章17節に記録されているみ言のように、創造理想を完成した一人の男性が、この地上に生命の木として来られ、すべての人をして彼に接がしめ、一つになるようにしなければならない。このような生命の木として来たり給うたお方が、すなわちイエスであったのである。それゆえに、箴言一三章12節に記されている旧約時代の聖徒たちが期待していた生命の木とは、まさしくこの初臨のイエスであったということを、我々は知ることができるのである。

 

しかしながら、創世記三章24節に明示されているように、神が回る炎の剣をもって、生命の木の前に行くアダムの道をふさいでしまわれたので、これが取り除かれない以上、人間は、生命の木の前に出ていくことができないのである。したがって、使徒行伝二章3節に記録されているように、五旬節の日に、聖徒たちの前をふさいでいた舌のごとき炎、すなわち火の剣が分かれて現れたのち、初めて聖霊が降臨し、全人類が生命の木であられるイエスの前に行き、彼に接がれるようになったのである。しかしながら、キリスト教信徒たちは、生命の木なるイエスに、霊的にのみ接がれるようになったので、いかにイエスを熱心に信ずる父母であるとしても、また再び贖罪を受けなければならない罪悪の子女を生まなければならなくなったのである。このような事実から見るとき、いかに信仰の篤い信徒といえども、アダムから遺伝されてきた原罪を、今もなお取り除くことができないままに、これをまた、そのまま子孫へと遺伝しているという事実を、我々は知っているのである(前編第四章第一節)。そのために、イエスは地上に生命の木として再臨され、すべての人類を、再び接ぐことによって、原罪まで贖罪してくださる摂理をなさらなければならない。黙示録二二章14節のみ言のごとく、新約聖徒たちが再び、生命の木を待望するようになったその理由は、実にここにあったのである。したがって、この黙示録二二章14節に記録されている生命の木は、まさしく再臨のイエスを比喩した聖句であるということが分かる。

 

我々は、ここにおいて、神の救いの摂理の目的は、エデンの園で失われた生命の木(創二・9)を、黙示録二二章14節の生命の木として復帰なさろうとするところにあった、と見ることができるのである。アダムが堕落して、創世記二章9節の初めの生命の木を完成できなかったので、この堕落した人間を救うために、イエスは黙示録二二章14節の、後の生命の木として再臨されなければならない。イエスを後のアダムという理由は実にここにあるのである(コリントT一五・45)。

 

A 善悪を知る木

 

神はアダムだけを創造したのではなく、その配偶者としてエバを創造された。したがって、エデンの園の中に創造理想を完成した男性を比喩する木があったとすれば、同様に女性を比喩するもう一つの木が、当然存在してしかるべきではなかろうか。これが生命の木と共に生えていたと記録されている(創二・9)善悪を知る木であったのである。したがって、善悪を知る木というその木は、創造理想を完成した女性を象徴するものである。ゆえに、それは完成したエバを例えていった言葉であるということを知ることができるのである。

 

聖書に、イエスを「ぶどうの木」(ヨハネ一五・5)、あるいは「オリブの木」(ロマ一一・17)に例えられているように、神は人間堕落の秘密を暗示なさるときにおいても、完成したアダムとエバとを、二つの木をもって比喩されたのである。

 

 

(二) 蛇 の 正 体

 

 

エバを誘惑して、罪を犯させたものは蛇であったと聖書に記録されている(創三・4、5)。では、この蛇はいったい何を意味しているのであろうか。我々は創世記三章に記録されているその内容から、この蛇の正体を探ってみることにしよう。

 

聖書に記録されている蛇は、人間と会話を交わすことができたと記されている。そして、霊的な人間を堕落させたという事実を見れば、これもまた、霊的な存在でなくてはならないはずである。しかも、この蛇が人間に善悪の果を食べさせまい、と計らわれた神の意図を知っていたという事実から見れば、それはなお一層霊的存在でなければならないということになるのである。

 

また、黙示録一二章9節を見ると、「巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、(天より)地に投げ落され」たと記録されているのであるが、この古い蛇が、すなわち、エデンの園においてエバを誘惑したその蛇であるということはいうまでもない。しかも、この蛇が天より落とされたと記されているのを見ると、天にいたその古い蛇とは、霊的存在物でなくて何であろうか。また、この蛇を悪魔でありサタンであると呼んでいるが、このサタンは人間の堕落以後今日に至るまで、常に人間の心を悪の方向に引きずってきたものであるがゆえに、まさしくこれは霊的存在でなくてはならないのである。このように、サタンが霊的存在であるということが事実であるならば、サタンとして表示されているこの蛇が、霊的存在であるということはいうまでもないことである。聖書に表れているこのような事実から推測して、エバを誘惑した蛇は動物ではなく、ある霊的存在であったということを、我々は知ることができるのである。

 

それでは、このように蛇という比喩で呼ばれる霊的存在が、果たして創世以前から存在していたのであろうか、さもなければ、これも被造物の中の一つであるのかということが問題となるのである。もし、この蛇が創世以前から神と対立する目的をもって存在していたとすれば、被造世界において展開されている善悪の闘争も不可避なものとして永続するほかはない。したがって、神の復帰摂理は、結局無為に帰してしまわざるを得ないであろうし、あらゆる存在が神お一人によって創造されたという一元論も崩壊してしまうのである。ゆえに、蛇として比喩されているこの霊的存在は、元来善を目的として創造されたある存在が、堕落してサタンとなったものであると見なさなければならないのである。

 

では、神から創造された霊的存在であって、人間と会話することもでき、神の目的を知ることもでき、また、その所在は天にあり、そして、それがもし堕落して悪の存在に転落した場合には、時間と空間を超越して人間の心霊を支配し得る能力をもつ、そのような条件を備えた存在とは、いったい何なのであろうか。こう考えてみると天使以外にこのような条件を具備した存在はないので、まずこの蛇は、天使を比喩したものであると見ることができるのである。そこで、ペテロU二章4節を見ると、神は罪を犯したみ使いたちを許し給わず、地獄に投げ入れられたと記録されているのである。このみ言は、天使こそが人間を誘惑して罪を犯させたその蛇の正体であるという事実を、決定的に立証しているのである。

 

蛇はその舌先が二つに分かれている。したがって、それは一つの舌をもって二つの言葉を話し、一つの心をもって二つの生活をする者の表象となるのである。また、蛇は自分の食物に体を巻きつけて食べるが、これは自己の利益のために他を誘惑する者の表象となっている。それゆえに、聖書は人間を誘惑した天使を蛇に例えたのであった。

 

 

 

 

(三) 天使の堕落と人間の堕落

 

 

既に、我々は人間を誘惑して堕落させた蛇が、天使であったということ、また、この天使が罪を犯し堕落することによってサタンとなったという事実を知った。ではつぎに、天使と人間がいかなる罪を犯したかということについて調べてみることにしよう。

 

@ 天 使 の 犯 罪

 

ユダ書6節から7節に「主は、自分たちの地位を守ろうとはせず、そのおるべき所を捨て去った御使たちを、大いなる日のさばきのために、永久にしばりつけたまま、暗やみの中に閉じ込めておかれた。ソドム、ゴモラも、まわりの町々も、同様であって、同じように淫行にふけり、不自然な肉欲に走ったので、永遠の火の刑罰を受け、人々の見せしめにされている」と記録されているのを見ると、我々は天使が姦淫によって堕落したという事実を知ることができるのである。

 

しかしながら、姦淫というものは、一人では行うことができない。したがって、エデンの園で行われた天使の姦淫において、その対象となった存在が、何であったかということについて知っておく必要がある。これを知るために、我々はまず、人間がいかなる罪を犯したかということについて調べてみることにしよう。

 

A 人 間 の 犯 罪

 

 創世記二章25節を見れば、罪を犯す前、アダムとエバは、裸でいても恥ずかしく思わなかった。しかし、彼らが堕落したのちには、裸でいることを恥ずかしく思い、無花果の葉をもって下部を覆ったのである(創三・7)。もし、善悪の果というある果実があって、彼らがそれを取って食べて罪を犯したのだとすれば、恐らく彼らは手か口を隠したはずである。なぜかといえば、人間は恥ずかしい所を隠すのがその本性だからである。しかし、彼らは、手や口を隠したのではなく、下部を隠したのである。したがって、この事実は彼らの下部が科となったために、それを恥ずかしく思ったということを表しているのである。ここから、我々は彼らが下部で罪を犯したという事実を推測することができるのである。

 

ヨブ記三一章33節には、「わたしがもし(アダムのごとく)人々の前にわたしのとがをおおい、わたしの悪事を胸の中に隠したことがあるなら」と記録されている。そうしてアダムは、堕落したのち、その下部を隠したのであった。この事実はとりもなおさず、アダムが覆ったその下部が科となったということを物語っている。それでは、アダムの下部がなぜ科となったのであろうか。それは、いうまでもなく、アダムがその下部で罪を犯したからである。

 

人間が堕落する以前の世界において、死ぬということを明確に知っていながら、しかも、それを乗り越えることのできる行動とは、いったい何であったのだろうか。それは、愛以外の何ものでもない。「生めよ、ふえよ」(創一・28)と言われた神の創造目的は、愛によってのみ完成することができるのである。したがって、神の創造目的を中心として見るとき、愛は最も貴い、そして最も聖なるものであったのである。しかし、それにもかかわらず、人間は歴史的に愛の行動を、何か卑しいもののように見なしてきたというのも、それが、堕落の原因となっているからである。ここにおいて我々は、人間もまた、淫乱によって堕落したという事実を知ることができる。

 

B 天使と人間との淫行

 

我々は、既に述べたように、人間が天使の誘惑に陥って堕落したという事実、人間も天使もみな淫行によって堕落したという事実、その上にまた、被造世界においては、霊的存在であって、お互いにある情的関係を結ぶことのできる存在とは、人間と天使以外にはないという事実などを結びつけてみるとき、人間と天使との間に淫行関係が成り立ったであろうということは、容易にうなずくことができるのである。ヨハネ福音書八章44節には「あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、その父の欲望どおりを行おうと思っている」と記録されている。そして、黙示録一二章9節には、悪魔はすなわち、サタンであり、サタンはすなわち、人間を誘惑した古い蛇であると明示しているのである。このような聖句に基づいてみるとき、人間は悪魔の子孫であり、したがって、サタンの子孫であるがゆえに、結局蛇の子孫であるということになるのである。では、人間はいかなる経過を経て、堕落した天使、すなわちサタンの子孫となったのであろうか。これは、人間の祖先が天使と淫行を犯すことによって、すべての人間がサタンの血統より生まれるようになったからである。このように、堕落した人間は神の血統ではなくサタンの血統をもって生まれたのでロマ書八章23節には「御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分(実子でなく養子として)を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる」と記録されているのである。また、マタイ福音書三章7節には、洗礼ヨハネがユダヤ人たちを見て、「まむしの子」、すなわちサタンの子孫であると叱責し、また、マタイ福音書二三章33節においてイエスがユダヤ人たちを見て、「へびよ、まむしの子らよ、どうして地獄の刑罰をのがれることができようか」と叱責されたという記録がある。このような聖書の記録に基づいてみると、我々は、天使と人間との間に淫行関係が結ばれ、それが堕落の原因になったという事実を知ることができるのである。

 

 

(四) 善 悪 の 果

 

 

我々は既に、善悪を知る木が、完成したエバを比喩したものであるという事実を明らかにした。では、善悪の果とは何をいうのであろうか。すなわち、それはエバの愛を意味するのである。果木が、果実によって繁殖するように、エバは、神を中心とするその愛をもって善の子女を繁殖しなければならなかったにもかかわらず、実際には、サタンを中心とする不倫な愛をもって悪の子女を生み殖やしたのである。エバはこのように、その愛をもって善の実を実らせることも、また悪の実を実らせることもできる成長期間を通過して、完成するように創造されていたのであった。それゆえに、その愛を善悪の果といい、また、その人間を善悪を知る木といったのである。

 

それでは、善悪の果を取って食べたということは、いったい何を意味するのであろうか。我々が何かを食べるということは、それをもって自分の血肉とするという意味である。エバは神を中心とする善なる愛をもって、善なる実を取って食べ、善なる血と肉を受け、善なる血統を繁殖しなければならなかったのである。それにもかかわらず、彼女はサタンを中心とする悪なる愛をもって悪なる実を食べ、悪なる血と肉を受けて悪なる血統を繁殖し、罪悪の社会をつくったのである。したがって、エバが善悪の果を取って食べたということは、彼女がサタン(天使)を中心とした愛によって、互いに血縁関係を結んだということを意味するのである。

 

創世記三章14節を見れば、神は堕落した天使を呪い給い、「おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう」と言われた。足で歩くことができず腹で這うということは、天使が創造本然の活動をすることができず、悲惨な状態になるということを意味するのであり、ちりを食うということは、天より追いだされることによって(イザヤ一四・12、黙一二・9)、神からの命の要素を受けることができず、罪悪の世界に陥って、悪の要素を受けながら生きていくということを意味するのである。

 

 

(五) 罪  の  根

 

 

我々は聖書によって明らかにされたことにより、罪の根は人間始祖が果実を取って食べたことにあったのではなく、蛇に表示された天使と不倫なる血縁関係を結んだところにあったということを知るようになった。したがって、彼らは神の善の血統を繁殖することができず、サタンの悪の血統を繁殖するようになったのである。

 

さらにまた、我々は次のような事実から、人間の罪の根が淫乱にあったということを、より一層明確に知ることができるのである。罪の根が血縁関係によってつくられたので、この原罪は、子々孫々に遺伝されてきた。そして、罪を取り除こうとする宗教は、みな姦淫を最大の罪として定め、これを防ぐために、禁欲生活を強調してきたのであるが、これも罪の根が淫乱にあるということを意味するものである。また、イスラエル民族が神の選民となるため、贖罪の条件として割礼を行ったというのも、罪の根が淫乱によって悪の血を受けたところにあったために、堕落人間の体からその悪の血を抜きとることを条件として、聖別するためであった。数多くの英雄烈士、数多くの国家が滅亡した主要な原因が、この淫乱にあったということも、淫行という罪の根が、絶えず人間の心の中から、我知らず発動してきたためである。我々は宗教によって人倫道徳を立て、また諸般の教育を徹底的に実施して、犯罪を生みだす経済社会制度を改善することにより、他のすべての罪悪は、この社会から一掃することができるかもしれない。しかし、文明の発達と、安逸な生活環境に従い、増大しつつある淫乱による犯罪だけは、だれによっても、またいかなるものによっても、防ぐことができないというのが現在の実情である。したがって、人間社会から、この犯罪を根こそぎ取り除くことができない限り、決して理想世界を期待することはできないのである。ゆえに、再臨なさるメシヤは、この問題を根本的に解決し得るお方でなければならない。このように、これらの事実は、罪の根があくまでも淫行にあるということを如実に物語っているのである。

 

終末論

第三章 人類歴史の終末論

 

第一節 神の創造目的完成と人間の堕落

第二節 救いの摂理

第三節 終末

第四節 終末と現世

第五節 終末と新しいみ言と我々の姿勢

 

 

我々は、人類歴史がいかにして始まり、また、これがどこへ向かって流れているかということを、これまで知らずに生きてきた。したがって人類歴史の終末に関する問題を知らずにいるのである。多くのキリスト教信者たちは、ただ聖書に記録されていることを文字どおりに受けとって、歴史の終末においては天と地がみな火に焼かれて消滅し(ペテロU三・12)、日と月が光を失い、星が天から落ち(マタイ二四・29)、天使長のラッパの音とともに死人たちがよみがえり、生き残った人たちはみな雲に包まれて引きあげられ、空中においてイエスを迎えるだろう(テサロニケT四・1617)と信じている。しかし、事実、聖書の文字どおりになるのであろうか、それとも聖書の多くの重要な部分がそうであるように、このみ言も何かの比喩として言われているのであろうか。この問題を解明するということは、キリスト教信者たちにとって、最も重要な問題の中の一つを解明することといわなければならない。ところで、この問題を解明するためには、まず、神が被造世界を創造なさった目的と堕落の意義、そして救いの摂理の目的など、これらの根本問題を解明しなければならないのである。

 

第一節 神の創造目的完成と人間の堕落

(一) 神の創造目的の完成

 

既に創造原理において詳細に論述したように、神が人間を創造された目的は人間を見て喜ばれるためであった。したがって、人間が存在する目的はあくまでも神を喜ばせるところにある。では、人間がどのようにすれば神を喜ばすことができ、その創造本然の存在価値を完全に現すことができるのであろうか。人間以外の被造物は自然そのままで神の喜びの対象となるように創造された。しかし人間は創造原理において明らかにされたように、自由意志と、それに基づく行動を通じて、神に喜びを返すべき実体対象として創造されたので、人間は神の目的を知って自ら努力し、その意志のとおり生活しなければ、神の喜びの対象となることはできないのである。それゆえに、人間はどこまでも神の心情を体恤してその目的を知り、その意志に従って生活できるように創造されたのであった。人間がこのような位置に立つようになることを個性完成というのである。たとえ部分的であったとはいえ、堕落前のアダムとエバが、そして預言者たちが、神と一問一答できたということは、人間に、このように創造された素質があったからである。

個性を完成した人間と神との関係は、体と心との関係をもって例えられる。体は心が住む一つの家であって、心の命令どおりに行動する。このように、個性を完成した人間の心には、神が住むようになるので、結局、このような人間は神の宮となり、神のみ旨どおりに生活するようになるのである。したがって、体と心とが一体となるように、個性を完成した人間は、神と一体となるのである。それゆえ、コリントT三章16節に、「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか」と記されているのであり、また、ヨハネ福音書一四章20節には、「その日には、わたしはわたしの父におり、あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう」と言われたのである。このように、個性を完成して神の宮となることによって、聖霊が、その内に宿るようになり、神と一体となった人間は神性を帯びるようになるため、罪を犯そうとしても、犯すことができず、したがって堕落することができないのである。個性を完成した人間は、すなわち、神の創造目的を成就した善の完成体であるが、この善の完成体が堕落したとすれば、善それ自体が破壊される可能性を内包しているという、不合理な結果になるのである。そればかりでなく、全能なる神の創造なさった人間が、完成した立場において堕落したとするならば、神の全能性までも、否定せざるを得なくなるのである。永遠なる主体としていまし給う、絶対者たる神の喜びの対象も、永遠性と絶対性をもたなければならないのであるから、個性を完成した人間は、絶対に堕落することができないのである。

このように、個性完成して、罪を犯すことができなくなったアダムとエバが、神の祝福なさったみ言どおり(創一・28)、善の子女を繁殖して、罪のない家庭と社会とをつくったならば、これがすなわち、一つの父母を中心とした大家族をもって建設されるところの天国であったはずである。天国はちょうど、個性を完成した一人の人間のような世界である。人間において、その頭脳の縦的な命令により、四肢五体が互いに横的な関係をもって活動するように、その社会も神からの縦的な命令によって、互いに横的な紐帯を結んで生活するようになっているのである。このような社会においては、ある一人の人間が苦痛を受けるとき、それを見つめて共に悲しむ神の心情を、社会全体がそのまま体恤するようになるから、隣人を害するような行為はできなくなるのである。

さらに、いかに罪のない人間たちが生活する社会であるとしても、人間が原始人たちと同じような、未開な生活をそのまま送らざるを得ないとすれば、これは、神が望み給い、また、人間がこいねがう天国だとは到底いうことができないのである。したがって、神が万物を主管せよと言われたみ言のとおりに(創一・28)、個性を完成した人間たちは、科学を発達させて自然界を征服することによって、最高に安楽な社会環境をこの地上につくらなければならない。このような創造理想の実現された所が、すなわち地上天国なのである。このように人間が完成して地上天国の生活を終えたのちに、肉身を脱ぎ捨てて霊界に行けば、そこに天上天国がつくられるのである。ゆえに、神の創造目的はどこまでも、まず、この地上において天国を建設なさるところにあるといわなければならない。

 

(二) 人間の堕落

 

創造原理で詳述したように、人間は成長期間において、未完成の立場にあるとき堕落したのであった。人間に、なぜ成長期間が必要であったか、また、人間始祖が未完成期に堕落したと考えざるを得ない根拠はどこにあるのか、という問題なども、既に創造原理において明らかにされている。人間は堕落することによって神の宮となることができず、サタンが住む家となり、サタンと一体化したために、神性を帯びることができず堕落性を帯びるようになった。このように、堕落性をもった人間たちが悪の子女を繁殖して、悪の家庭と悪の社会、そして悪の世界をつくったのであるが、これがすなわち、堕落人間たちが今まで住んできた地上地獄だったのである。地獄の人間たちは、神との縦的な関係が切れてしまったので、人間と人間との横的なつながりもつくることができず、したがって、隣人の苦痛を自分のものとして体恤することができないために、ついには、隣人を害するような行為をほしいままに行うようになってしまったのである。人間は地上地獄に住んでいるので、肉身を脱ぎ捨てたのちにも、そのまま天上地獄に行くようになる。このようにして、人間は地上、天上共に神主権の世界をつくることができず、サタン主権の世界をつくるようになったのである。サタンを「この世の君」(ヨハネ一二・31)、あるいは「この世の神」(コリントU四・4)と呼ぶ理由は実にここにあるのである。

 

 

第二節 救いの摂理

(一) 救いの摂理はすなわち復帰摂理である

 

この罪悪の世界が、人間の悲しむ世界であることはいうまでもないが、神もまた悲しんでおられる世界であるということを、我々は知らなければならない(創六・6)。では、神はこの悲しみの世界をそのまま放任なさるのであろうか。喜びを得るために創造なさった善の世界が、人間の堕落によって、悲しみに満ちた罪悪世界となり、これが永続するほかはないというのであれば、神は、創造に失敗した無能な神となってしまうのである。それゆえに、神は必ずこの罪悪の世界を、救わなければならないのである。

それでは、神は、この世界を、どの程度にまで救わなければならないのであろうか。いうまでもなく、その救いは完全な救いでなければならないので、神はどこまでもこの罪悪の世界から、サタンの悪の勢力を完全に追放し(使徒二六・18)、それによって、まず、人間始祖の堕落以前の立場にまで復帰なさり、その上に善の創造目的を完成して、神が直接主管されるところまで(使徒三・21)、救いの摂理をなしていかなければならないのである。病気にかかった人間を救うということは、病気になる以前の状態に復帰するということを意味するし、水に溺れた人を救うということは、すなわち、水に溺れる以前の立場にまで復帰するという意味なのである。罪に陥った者を救うということは、その者を罪のない創造本然の立場にまで復帰させるという意味でなくて何であろうか。それゆえに、神の救いの摂理は、すなわち復帰摂理となるのである(使徒一・6、マタイ一七・11)。

堕落は、もちろん人間自身の過ちによってもたらされた結果である。しかし、どこまでも神が人間を創造されたのであり、それによって、人間の堕落という結果も起こり得たのであるから、神はこの結果に対して、創造主としての責任を負わなければならない。したがって、神はこの誤った結果を、創造本然のものへと復帰するように摂理なさらなければならないのである。神は永存なさる主体であるから、その永遠なる喜びの対象として創造された人間の命もまた、永遠性をもたなければならない。人間には、このように、永遠性をもって創造された創造原理的な基準があるので、たとえ堕落した人間であるとしても、これを全く消滅させてしまい、創造原理を無為に帰してしまうわけにはいかないのである。それゆえに、神は堕落人間を救済し、その創造本然の立場にまで復帰なさらなければならないのである。

元来、神は人間を創造されて、三大祝福を与えてくださることを約束なさったので(創一・28)、イザヤ書四六章11節に「わたしはこの事を語ったゆえ、必ずこさせる。わたしはこの事をはかったゆえ、必ず行う」と言われたように、サタンのために失ったこの祝福を復帰する摂理をなさることによって、その約束のみ旨を成し遂げてこられたのである。マタイ福音書五章48節にイエスが、「それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」と弟子たちに言われたことも、とりもなおさず、創造本然の人間に復帰せよという意味であった。なぜなら、創造本然の人間は、神と一体となることによって神性を帯びるようになるから、創造目的を中心として見るときには、神のように完全になるので、こう言われたのである。

 

(二) 復帰摂理の目的

 

それでは、復帰摂理の目的は何であろうか。それは本来神の創造目的であった、善の対象である天国をつくることにほかならない。元来、神は人間を地上に創造なさり、彼らを中心として、まず地上天国を建設しようとされたのである。しかし、人間始祖の堕落によって、その目的を達成することができなかったので、復帰摂理の第一次的な目的も、また、地上天国を復帰することでなければならないのである。復帰摂理の目的を完成するために来られたイエスは「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように」(マタイ六・10)と祈れと言われたり、「悔い改めよ、天国は近づいた」(マタイ四・17)と言われたが、これらのみ言は、みな、復帰摂理の目的が、地上天国を復帰するところにあったということを立証するのである。

 

(三) 人類歴史はすなわち復帰摂理歴史である

 

我々は既に、神の救いの摂理はすなわち復帰摂理であるということを明らかにした。このことからして、人類歴史は、堕落した人間を救い、彼らをして創造本然の善の世界に復帰させるためになされた摂理歴史であるといわなければならない。それでは、果たして人類歴史がすなわち復帰摂理の歴史であるかどうかということを、我々はここで、各方面から考察してみることにしよう。

第一に、文化圏発展史の立場から考察してみることにする。古今東西を問わず、いかなる悪人であっても、悪を捨てて善に従おうとする本心だけは、だれでも共通にもっている。だから、何が善であり、いかにすればその善をなすことができるかということは、知能に属することであり、時代と場所と人がそれぞれ異なることによって、それらは互いに衝突し、闘争の歴史をつくってきたのであるが、善を求めようとする人間の根本目的だけは、すべて同じであった。では何故、人間の本心は、いかなるものによっても取り押さえることのできない力をもち、時間と空間を超越して、善を指向しているのであろうか。それは、善の主体であられる神が、神の善の目的を成就するための善の実体対象として、人間を創造なさったからで、たとえ堕落人間がサタンの業により、善の生活ができないようになってしまったとしても、善を追求するその本心だけは、そのまま残っているからである。したがって、このような人間たちによってつくられてきた歴史の進みいくところは、結局善の世界でなければならない。

人間の本心がいかに善を指向して努力するとしても、既に悪主権の上におかれているこの世界においては、その善の実相を見ることができなくなってしまっているので、人間は時空を超越した世界に、その善の主体を探し求めなければならなくなった。このような必然的な要求によって誕生したのが、すなわち宗教なのである。このように、堕落によって神を失ってしまった人間は、宗教をつくり、絶えず善を探し求めて、神に近づこうとしてきたので、たとえ宗教を奉じてきた個人、民族、あるいは国家は滅亡したとしても、宗教それ自体は今日に至るまで、絶えることなく継続してそのまま残ってきたのである。それでは、このような歴史的な事実を、国家興亡史を中心として、検討してみることにしよう。

まず、中国の歴史を見ると、春秋戦国の各時代を経て、秦統一時代が到来し、そして前漢、新、後漢、三国、西晋、東晋、南北朝の各時代を経て、隋唐統一時代がきた。さらに、五代、北宋、南宋、元、明、清の時代を経て、今日の中華民国に至るまで、複雑多様な国家の興亡と、政権の交代を重ねてきたのであるが、今日に至るまで、儒、仏、仙の極東宗教だけは、厳然として残っているのである。つぎにインドの歴史をひもといてみても、マウリア、アンドラ、クシャナ、グプタ、ヴァルダーナ、サーマン、カズニ、ムガール帝国を経て、今日のインドに至るまで、国家の変遷は極まりなく繰り返してきたわけであるが、ヒンズー教だけは衰えずにそのまま残っているのである。また、中東地域の歴史を見れば、サラセン帝国、東西カリフ、セルジュク・トルコ、オスマン・トルコなど、国家の主権は幾度か変わってきたのであるが、彼らが信奉するイスラム教だけは、連綿としてその命脈が断ちきられることなく継承されてきたのである。つづいて、ヨーロッパ史の主流において、その実証を求めてみることにしよう。ヨーロッパの主導権はギリシャ、ローマ、フランク、スペイン、ポルトガルを経て、一時フランスとオランダを経由し、英国に移動し、それが、米国とソ連に分かれ今日に至っているのである。ところが、その中においても、キリスト教だけはそのまま興隆してきたのであり、唯物史観の上にたてられた専制政体下のソ連においてさえ、キリスト教は、今なお滅びずに残っている。このような見地から、すべての国家興亡の足跡を深く顧みるとき、宗教を迫害した国は滅び、宗教を保護し育成した国は興隆し、また、その国の主権は、より以上に宗教を崇拝する国へと移されていったという歴史的な事実を、我々は数多く発見することができるのである。したがって、宗教を迫害している共産主義世界の破滅の日が必ずくるであろうということは、宗教史が実証的にこれを裏付けているのである。

歴史上には数多くの宗教が生滅した。その中で影響力の大きい宗教は、必ず文化圏を形成してきたのであるが、文献に現れている文化圏だけでも、二十一ないし二十六を数えている。しかし、歴史の流れに従って、次第に劣等なものはより優秀なものに吸収されるか、あるいは融合されてきた。そして近世に至っては、前に列挙したように、数多くの国家興亡の波の中で、結局、極東文化圏、印度教文化圏、回教文化圏、キリスト教文化圏の四大文化圏だけが残されてきたのであり、これらはまた、キリスト教を中心とした一つの世界的な文化圏を形成していく趨勢を見せているのである。ゆえに、キリスト教が、善を指向してきたすべての宗教の目的を、同時に達成しなければならない最終的な使命をもっているという事実を、我々はこのような歴史的な帰趨を見ても、理解できるのである。このように、文化圏の発展史が数多くの宗教の興亡、あるいは融合によって、結局、一つの宗教を中心とする世界的な文化圏を形成していくという事実は、人類歴史が、一つの統一世界へと復帰されつつあることを証拠立てるものである。

第二に、宗教と科学の動向から見ても、我々は、人類歴史が復帰摂理の歴史であるということを知ることができる。堕落人間の両面の無知を克服するために生じた宗教と科学が、今日に至っては、統一された一つの課題として、解決されなければならないときがきたということは、既に総序において論じた。このように有史以来、互いに関連することなく独自的に発達してきた宗教と科学が、今日に至って、各々その行くべきところに到達し、一つのところで、互いに相合わなければならないようになったという事実は、人類歴史が今まで、創造本然の世界を復帰する摂理路程を歩いてきたということを、我々に物語っているのである。もし人間が堕落しなかったとすれば、人間の知能は、霊的な面において最高度に向上したであろうから、肉的な面においても最高度に発達し、科学はそのとき、ごく短期間の内に驚くほど向上したはずであった。したがって、今日のような科学社会は、既に人間始祖当時において成就されるはずであったのである。しかし、人間は堕落によって無知に陥り、そのような社会をつくることができなかったから、悠久なる歴史の期間を経て、科学をもってその無知を打開しながら、創造本然の理想的科学社会を復帰してきたのである。

しかし、今日の科学社会は極めて高度に発達し、外的には理想社会へと転換することのできる、その前段階にまで復帰されてきている。

第三に、闘争歴史の帰趨から見ても、人類歴史は復帰摂理歴史であるという事実を知ることができる。財産を奪い、土地を略奪し、人間を奪いあう闘争は、人間社会の発達とともに展開され、今日に至るまで悠久なる歴史の期間を通じて、一日も絶えることなく続いてきたのである。すなわち、この闘いは家庭、氏族、民族、国家、世界を中心とする闘いとして、その範囲を広め、今日に至っては、民主と共産の二つの世界が最後の闘争を挑むというところにまで至っている。今や、人類歴史の終末を告げるこの最後の段階において、天倫はついに、財物や土地、あるいは人間を奪いとれば幸福を増進させることができるだろうと考えてきた歴史的な段階を越えて、民主主義という名を掲げて、この世に到来してきたのである。第一次世界大戦が終わったのちは、敗戦国家が植民地を奪われたが、第二次大戦後においては、戦勝国家が次々に植民地を解放する現象が現れてきた。一方、今日の強大国家は、それらの一つの都市よりも小さい弱小国家を国連に加入させ、それらの国を経済的に援助するだけでなく、自分たちと同等な権利と義務とを与え、すべて兄弟国家として育成しつつあるのである。それではこの最後の闘いというのはどのようなものであろうか。それは理念の闘いである。しかし、今日の世界を脅かしている唯物史観を完全に覆すことができる真理が現れない限り、民主主義陣営と共産主義陣営の二つの世界の闘いは、永遠に絶えることがないであろう。それゆえに、宗教と科学とを、統一された一つの課題として解決することのできる真理が現れるとき、初めて、宗教を否定して科学偏重の発達を遂げてきた共産主義思想は覆され、二つの世界は一つの理念のもとに、完全に統一されるのである。このように、闘争歴史の帰趨から見ても、人類歴史は、創造本然の世界を復帰する摂理歴史であるということを否定することはできないのである。

第四に、我々は聖書を中心として、より詳しく、この問題について調べてみることにしよう。人類歴史の目的は、生命の木(創二・9)を中心とするエデンの園を復帰するところにある(前編第二章第一節(一))。ところで、エデンの園とは、アダムとエバが創造された、あの局限地域をいうのではなく、地球全体を意味するのである。もしエデンの園を、人間始祖の創造された、ある限定された地域だけを指していうのだとすれば、地に満ちるほど生めよ殖えよと言われた神の祝福のみ言(創一・28)によって、繁殖するであろう数多くの人類が、いったいどうしたらその狭い所にみな住むことができるのであろうか。

人間始祖が堕落したために、神が「生命の木」を中心としてたてようとしたエデンの園は、サタンの手に渡されてしまったのである(創三・24)。ゆえに、アルパで始められた人類罪悪歴史が、オメガで終わるときの堕落人間の願望は、罪悪をもって色染められた着物を清く洗い、復帰されたエデンの園に帰っていき、失った「生命の木」を、再び探し求めていくところにあるのだと黙示録二二章13節以下には記録されている。では、聖書のいうこれらの内容は、何を意味するのであろうか。

既に、堕落論において明らかにされているが、「生命の木」とは完成したアダム、すなわち、人類の真の父を意味しているのである。父母が堕落して、その子孫もまた原罪をもつ子女たちとなったので、この罪悪の子女たちが、創造本然の人間にまで復帰するためには、イエスのみ言どおり、すべての人間が重生しなければならないのである(重生論参照)。したがって、歴史は、人類を再び生んでくださる真の父であられるイエスを探し求めてきたのであるから、歴史の終末期において、信徒たちが願望し、探し求めていくものとして記録されているヨハネ黙示録の「生命の木」とは、とりもなおさずイエスのことをいうのである。我々は、このような聖書の記録を見ても、歴史の目的は、「生命の木」として来られるイエスを中心とした、創造本然のエデンの園を復帰するところにあるということを理解することができる。黙示録二一章1節から7節にも、歴史の終末においては、新しい天と新しい地とが現れるであろうと記録されているが、これはまさしくサタンの主管下にあった、先の天と地が、神を中心とするイエスの主管下の、新しい天と新しい地に復帰されるということを意味するのである。ロマ書八章19節から22節には、サタン主管下にうめき嘆いている万物も、終末に至って火に焼かれてなくなるのではなく、創造本然の立場に復帰されることにより、新たにされるために(黙二一・5)、自己を主管してくれる、創造本然の神の子たちが新たに復帰されて出現することを待ち望んでいると記録されている。我々は、このように各方面から考察してみるとき、人類歴史は、創造本然の世界に復帰する摂理歴史であるということを、明らかに知ることができるのである。

 

第三節 終  末

 

(一) 終末の意義

 

神が、人間始祖に与えられた三大祝福は、人間始祖の犯罪によって、神を中心としては成就されず、サタンを中心として非原理的に成就されたのだということを、我々は既に述べた。ところが、悪によって始められた人類歴史は、事実上、神の復帰摂理歴史であるがゆえに、サタン主権の罪悪世界はメシヤの降臨を転換点として、神を中心として三大祝福が成就される善主権の世界に変えられるようになるのである。

このように、サタン主権の罪悪世界が、神主権の創造理想世界に転換される時代を終末(末世)という。したがって終末とは、地上地獄が地上天国に変わるときをいうのである。それゆえにこのときは、今までキリスト教信徒たちが信じてきたように、天変地異が起こる恐怖の時代ではなく、創世以後、悠久なる歴史路程を通して、人類が唯一の希望としてこいねがってきた喜びの日が実現されるときなのである。詳しくは、後編第一章に譲ることにするが、神は人間の堕落以来、罪悪世界を清算して創造本然の善の世界を復帰するための摂理を、幾度もしてこられたのであった。しかしそのたびごとに人間はその責任分担を完遂し得ず、その目的が成就されなかったので、結果的には、終末が幾度もあったかのように記されている事実を、我々は聖書を通して知ることができるのである。

 

@ ノアの時も終末であった

創世記六章13節の記録を見れば、ノアのときも終末であったから、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう」と言われたのである。それではどうしてノアのときが終末であったのか。神は、人間始祖が堕落したために始まったサタンを中心とする堕落世界を、一六〇〇年の罪悪史を一期として、洪水審判をもって滅ぼし、神のみを信奉するノア家庭を立てることにより、その信仰の基台の上に、神主権の理想世界を、復帰なさろうとしたのであった。したがって、ノアのときは終末であったのである(後編第三章第二節参照)。しかし、ノアの次男ハムの堕落行為によって、彼が人間の責任分担を完遂できなかったために、この目的は達せられなかったのである(創九・22)。

 

A イエスの時も終末であった

復帰摂理の目的を完遂なさろうとする、そのみ旨に対する神の予定は、絶対的であるがゆえに変えることができないから(前編第六章)、ノアを中心とする復帰の摂理は成就されなかったのであるが、神は再び他の預言者を遣わして、信仰の基台を築いて、その基台の上にイエスを送ることにより、サタンを中心とする罪悪の世界を滅ぼして、神を中心とする理想世界を復帰なさろうとしたのであった。したがって、イエスのときも終末であったのである。それゆえにイエスは自ら審判主として来られたと言われたのであり(ヨハネ五・22)、そのときもまた、「万軍の主は言われる、見よ、炉のように燃える日が来る。その時すべて高ぶる者と、悪を行う者とは、わらのようになる。その来る日は、彼らを焼き尽して、根も枝も残さない」(マラキ四・1)と預言されていたのであった。イエスはこのように、創造理想世界を復帰なさろうとして来られたのであるが、ユダヤ人たちが彼を信ぜず、人間の責任分担を完遂し得なかったので、この目的も達せられず、再臨のときまで再び延長されたのである。

 

B イエスの再臨のときも終末である

ユダヤ民族の不信に出会ったイエスは、十字架につけられて亡くなられることにより、霊的救いのみを成就されるようになったのである。したがってイエスは、再臨して初めて、霊肉合わせて、救いの摂理の目的を完遂され(前編第四章第一節(四))、地上天国を復帰するようになるので、イエスの再臨のときもまた終末である。ゆえにイエスは、「ノアの時にあったように、人の子の時にも同様なことが起こるであろう」(ルカ一七・26)と言われたのであり、また御自身が再臨なさるときも、終末となり、天変地異が起こるであろうと預言されたのであった(マタイ二四・29)。

(二) 終末の徴候に関する聖句

 

既に上述したように、多くのキリスト教信徒たちは、聖書に記録されている文字どおりに、終末には天変地異が起こり、人間社会においても、現代人としては想像することもできない異変が起こるであろうと信じている。しかし、人類歴史が、神の創造本然の世界を復帰していく摂理歴史であるということを理解するならば、聖書に記録されている終末の徴候が、そのまま実際に、文字どおりに現れるのではないということを知ることができるのである。それでは、終末に関するすべての記録は、各々何を象徴したのであろうかということに関して、調べてみることにしよう。

 

@ 天と地を滅ぼして(ペテロU三・12、創六・13

新しい天と新しい地をつくられる(黙二一・1、ペテロU三・13、イザヤ六六・22

創世記六章13節を見れば、ノアのときも終末であったので、地を滅ぼすと言われたのであるが、実際においては滅ぼされなかった。伝道の書一章4節に「世は去り、世はきたる。しかし地は永遠に変らない」と言われたみ言、あるいは、詩篇七八篇69節に、「神はその聖所を高い天のように建て、とこしえに基を定められた地のように建てられた」と言われたみ言を見ても、地は永遠なるものであるということを知ることができる。主体なる神が永遠であられるから、その対象もまた、永遠なるものでなければならない。したがって、神の対象として創造された地も、永遠なるものでなくてはならない。全知全能であられる神が、サタンによって破滅し、なくなるような世界を創造されて、喜ばれるはずはないのである。それでは、そのみ言は何を比喩されたものであろうか。一つの国を滅ぼすということは、その主権を滅ぼすということを意味するのであり、また、新しい国を建設するということは(黙二一・1)、新しい主権の国を建てるということを意味するのである。したがって、天と地とを滅ぼすということは、それを主管しているサタンの主権を滅ぼすことを意味するのであり、また、新しい天と新しい地をたてるということは、イエスを中心とする神主権下の新しい天地を復帰するということを意味するのである。

 

A 天と地を火をもって審判される(ペテロU三・12

ペテロU三章12節を見ると、終末には「天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう」と記録されている。また、マラキ書四章1節以下を見れば、イエスのときにも、御自身が審判主として来られ(ヨハネ五・22、同九・39)、火をもって審判なさると預言されている。さらに、ルカ福音書一二章49節には、イエスは火を地上に投じるために来られたとある。しかし実際はイエスが火をもって審判なさったという何の痕跡も、我々は発見することができないのである。とすれば、このみ言は何かを比喩されたのであると見なければならない。ヤコブ書三章6節に「舌は火である」と言われたみ言からすれば、火の審判は、すなわち舌の審判であり、舌の審判は、すなわちみ言の審判を意味するものであるから、火の審判とは、とりもなおさずみ言の審判であるということを知ることができるのである。

では我々は、ここにおいて、み言をもって審判されるという聖句の例を取りあげてみることにしよう。

ヨハネ福音書一二章48節には、イエスを捨てて、そのみ言を受け入れない人を裁くものがあるが、イエスが語られたそのみ言が、終わりの日にその人を裁くであろう、と記録されており、さらにテサロニケU二章8節には、そのときになると、不法の者が現れるが、この者を主イエスは、口の息をもって殺すであろうと記録しているのである。そしてまた、イザヤ書一一章4節においては、その口のむちをもって国を撃ち、その唇の息をもって悪しき者を殺すと言われており、ヨハネ福音書五章24節を見れば、イエスは自分の言葉を聞いて、神を信ずる者は裁かれることがなく、死から命に移ると言われている。このように火の審判は、すなわち、み言の審判を意味するのである。

それでは、み言をもって審判される理由は、いったいどこにあるのであろうか。ヨハネ福音書一章3節に、人間はみ言によって創造されたと記録されている。したがって神の創造理想は人間始祖がみ言の実体として、み言の目的を完遂しなければならなかったのであるが、彼らは神のみ言を守らないで堕落し、その目的を達することができなかったのである。それゆえに、神は再びみ言によって、堕落人間を再創造なさることにより、み言の目的を達成しようとされたのであるが、これがすなわち、真理(聖書)による復帰摂理なのである。ヨハネ福音書一章14節には、「言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた」と記録されている。このようにイエスは、また、み言の完成者として再臨なさり、自ら、み言審判の基準となられることによって、すべての人類が、どの程度にみ言の目的を達成しているかを審判なさるのである。このように、復帰摂理の目的が、み言の目的を達成すると

ころにあるので、その目的のための審判も、み言をその基準として立てて行われなければならないのである。ルカ福音書一二章49節に、「わたしは、火を地上に投じるためにきたのだ。火がすでに燃えていたならと、わたしはどんなに願っていることか」と書かれているのであるが、これは、イエスがみ言の実体として来られ(ヨハネ一・14)、命のみ言を既に宣布なさったにもかかわらず、ユダヤ人たちがこれを受け入れないのを御覧になって、嘆きのあまり言われたみ言であった。

 

B 墓から死体がよみがえる(マタイ二七・52、テサロニケT四・16

マタイ福音書二七章52節以下を見ると、イエスが亡くなられるとき、「墓が開け、眠っている多くの聖徒たちの死体が生き返った。そしてイエスの復活ののち、墓から出てきて、聖なる都にはいり、多くの人に現れた」と記録されているのであるが、これは、腐敗してしまった彼らの肉身が、再び生き返ったということを意味するものではないのである(前編第五章第二節(三))。もし、霊界にとどまっていた旧約時代の信徒たちが、聖書の文字どおりに墓からよみがえり、都にいた多くの人々に見えたとすれば、彼らにはイエスがメシヤであるということが分かったわけであるから、必ずユダヤ人たちに、イエスがメシヤであるということを証明したはずである。もしそう行動したならば、イエスはそのとき既に十字架で亡くなられていたとしても、彼らの証言を聞いて、イエスを信じない人は、一人もいなかったであろう。また、そのように旧約時代の聖人たちが、再び肉身をつけて墓から起きあがったとすれば、その後の彼らの行跡に関する記事が、必ず聖書に残っていなければならないはずである。しかし、聖書には彼らに関する何らの記事も、このほかの箇所には記載されていない。では、墓からよみがえったものは、いったい何であったのであろうか。それはあたかもモーセとエリヤの霊人体が、変貌山上においてイエスの前に現れたように(マタイ一七・3)、旧約時代の霊人たちが、再臨復活のために地上に再臨したのを霊的に見て(前編第五章第二節(三))記録した言葉だったのである。では墓は何を意味するのであろうか。イエスによって開かれた楽園から見れば、旧約時代の聖徒たちがとどまっていた霊形体級の霊人の世界は、より暗い世界であるために、そこを称して墓と言ったのである。旧約時代の霊人たちは、すべてこの霊界にいたのであるが、そのとき再臨復活して、地上信徒たちの前に現れたのであった。

 

C 地上人間たちが引きあげられ空中で主に会う(テサロニケT四・17

ここに記録されている空中とは、空間的な天を意味するのではない。大抵聖書において、地は堕落した悪主権の世界を意味し、天は罪のない善主権の世界を意味する。これは、あまねくいまし給う神である限り、地のいずこにも遍在すべきであるにもかかわらず、「天にいますわれらの父よ」(マタイ六・9)と言われ、また、イエスは地において誕生されたにもかかわらず、「天から下ってきた者、すなわち人の子……」(ヨハネ三・13)と言われたことを見ても、そのことが分かるのである。それゆえに、空中で主に会うということは、イエスが再臨されてサタンの主権を倒し、地上天国を復帰されることによってたてられる、その善主権の世界において、主と会うようになるということを意味するのである。

 

D 日と月が光を失い星が空から落ちる(マタイ二四・29

創世記三七章9節以下を見れば、ヤコブの十二人の子供たちのうち、十一番目の息子であるヨセフが夢を見たとあり、その内容について「ヨセフはまた一つの夢を見て、それを兄弟たちに語って言った、『わたしはまた夢を見ました。日と月と十一の星とがわたしを拝みました』。彼はこれを父と兄弟たちに語ったので、父は彼をとがめて言った、『あなたが見たその夢はどういうのか。ほんとうにわたしとあなたの母と、兄弟たちとが行って地に伏し、あなたを拝むのか』」と記録されている。ところがヨセフが成長して、エジプトの総理大臣になったとき、まさしくこの夢のとおり、その父母と兄弟たちが彼を拝んだのである。

この聖書のみ言を見れば、日と月は父母を象徴したのであり、星は子女たちを象徴したものだということを知ることができる。キリスト論で述べるように、イエスと聖霊はアダムとエバの代わりに、人類を重生させてくださる真の父母として来られたのである。それゆえに、日と月はイエスと聖霊を象徴しているのであり、星は子女に該当するキリスト教徒たちを象徴しているのである。

聖書の中で、イエスを真の光に例えたのは(ヨハネ一・9)、その肉体がみ言によってつくられたお方として来られ(ヨハネ一・14)、真理の光を発したからであった。ゆえに、ここでいっている日の光とは、イエスの言われたみ言の光をいうのであり、月の光とは、真理のみ霊として来られた聖霊(ヨハネ一六・13)の光をいうのである。したがって、日と月が光を失うというのは、イエスと聖霊による新約のみ言が、光を失うようになるということを意味するのである。では何故、新約のみ言が、光を失うようになるのであろうか。それはちょうど、イエスと聖霊が来られて、旧約のみ言を成就するための新約のみ言を下さることにより、旧約のみ言が光を失うようになったと同様に、イエスが再臨されて、新約のみ言を成就し、新しい天と新しい地とをたてられるので(黙二一・1)そのときの新しいみ言によって(本章第五節(一)参照)初臨のときに下さった新約のみ言はその光を失うようになるのである。ここにおいて、み言がその光を失うというのは、新しい時代がくることによって、そのみ言の使命期間が過ぎさるということを意味する。

また、星が落ちるというのは、終末において、多くのキリスト教徒たちがつまずき落ちるようになる、ということを意味するのである。メシヤの降臨を熱望してきたユダヤ教の指導者たちが、メシヤとして来られたイエスを知らず、彼に反対して落ちてしまったように、イエスの再臨を熱望しているキリスト教徒たちも、十分注意しないと、その日にはつまずき落ちてしまうであろうということを預言されたのである(後編第六章第二節参照)。ルカ福音書一八章8節に、「しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」と言われたみ言、あるいは、マタイ福音書七章23節に、イエスが再臨されるとき、信仰の篤い信徒たちに向かって「不法を働く者ども」と責められ、さらに、「行ってしまえ」と、排斥されるようなことを言われたのも、とりもなおさず、終末において、信徒たちがつまずき落ちるということを予知され、そのように警告されたのである。

 

メシヤ論

第四章 メシヤの降臨とその再臨の目的

 

第一節 十字架による救いの摂理

第二節  エリヤの再臨と洗礼ヨハネ

 

 

メシヤという言葉は、ヘブライ語で油を注がれた人を意味するが、特に王を意味する言葉である。イスラエル選民は彼らの預言者たちの預言によって、将来イスラエルを救う救世主を、王として降臨させるという神のみ言を信じていた。これがすなわち、イスラエルのメシヤ思想である。このようなメシヤとして来られた方が、まさしくイエス・キリストであるが、このキリストという言葉は、メシヤと同じ意味のギリシャ語であって、普通、救世主という訳語が当てられている。

 

メシヤは神の救いの摂理の目的を完成するために、降臨なさらなければならない。このように、人間に対して救いが必要となったのは、人間が堕落したからである。ゆえに、救いに関する問題を解決するためには、まず堕落に関する問題を知らなければならない。堕落はすなわち、神の創造目的を完成できなかったことを意味するがゆえに、堕落に関する問題を論ずる前に、我々は創造目的に関する問題を解決しなければならない。

 

神の創造目的は、まず地上に天国が建設されることによって成し遂げられるようになっていた。ところが、人間の堕落によって、地上天国は実現されずに、地上地獄がつくられたのである。その後、神はこれを復帰せしめる摂理を繰り返されてきたのである。したがって、人類歴史は復帰摂理の歴史である。ゆえに、この歴史の目的は、まず地上に天国を復帰することである。我々は、このような問題を、既に前編第三章第一節と第二節で詳細に論じてきた。

 

 

第一節 十字架による救いの摂理 

 

(一) メシヤとして降臨されたイエスの目的

イエスがメシヤとして降臨された目的は、堕落人間を完全に救おうとするところにあるので、結局、復帰摂理の目的を成就なさるためであった。ゆえに、イエスは天国を完成しなければならず、したがって、地上天国を先に実現なさるはずだったのである。これは、イエスが弟子たちに「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」(マタイ五・48)と言われたみ言を見ても悟ることができる。創造原理によれば、創造目的を完成した人間は、神と一体となり神性をもつようになるので、罪を犯すことができない。したがって、そのような人間は、創造目的から見れば、天の父の完全なように完全な人間である。それゆえに、イエスが弟子たちに言われたこのみ言は、すなわち創造目的を完成した人間に復帰され、天国人になれという意味のみ言だったのである。このように、イエスは堕落人間を天国人に復帰させ、地上天国をつくるために来られたので、「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように」祈りなさいと言われ(マタイ六・10)、また、「悔い改めよ、天国は近づいた」(マタイ四・17)と叫ばれたのである。それで、彼の道を備えるために来た洗礼ヨハネもまた、「天国は近づいた」(マタイ三・2)と叫んだのであった。

 

それでは、創造目的を完成した人間に復帰され、イエスが言われたとおり、天の父が完全であられるように完全になった人間とは、いかなる人間なのだろうか。このような人間は、神と一体となり、その心情を体恤することによって、神性をもつようになり、神と一体不可分の生活をするようになるのである。また、この人間は、原罪がないので、再び贖罪する必要がなく、したがって、救い主が不必要であり、堕落人間に要求される悔い改めの祈祷や、信仰の生活も、また必要ではないのである。そればかりでなく、原罪のないこれらの人間は、原罪のない善の子孫を生み殖やすようになり、したがって、その子孫も贖罪のための救い主は必要がないのである。

 

(二) 十字架の贖罪により救いの摂理は完成されただろうか

 

イエス・キリストの十字架の贖罪により、果たして、復帰摂理の目的が完成され、すべての信徒たちが創造本性を復帰し、地上天国を成就できるようになったであろうか。人類歴史以来、いかに誠実な信仰の篤い信徒であっても、神の心情を体恤して、神性をもつようになり、神と一体化し、神と不可分の生活をした人は一人もいない。したがって、贖罪が必要でなく、祈祷や信仰生活をしなくてもよいような信徒は一人もいないのである。事実、パウロのような立派な信仰者であっても、涙に満ちた祈祷と信仰生活をしなければならなかった(ロマ七・1825)。そればかりでなく、いくら信仰の篤い父母であっても、救い主の贖罪を受けずには、天国へ行ける原罪のない子女を生むことはできないということから推察してみても、我々は、その父母が依然として、その子女に原罪を遺伝させているという事実を知ることができるのである。

 

それでは、キリスト教信徒たちの、このような信仰生活の実相は、我々に何を教示しているのであろうか。それは、十字架による贖罪が、我々の原罪を完全に清算することができず、したがって、人間の創造本性を完全に復帰することができないという事実を、端的に物語っているのである。イエスは、このような十字架の贖罪では、メシヤとして降臨された目的を完全に成就することができないことを知っておられたので、再臨なさることを約束されたのである。イエスは地上天国を復帰せしめるみ旨に対する神の予定が、絶対的であって、変更できないことを知っておられたから、彼は再臨して、そのみ旨を完成させようとなさったのである。それでは、十字架の犠牲は全く無為に帰したのであろうか。決してそうではない(ヨハネ三・16)。もしそうであったとしたら、今日のキリスト教の歴史はあり得なかったのである。我々の信仰生活の体験から見ても、十字架の贖罪の恩賜がいかに大きいかということは否定できない。そうであるから、十字架が贖罪の役割を果たしていることも事実であるが、それが、我々の原罪までも完全に脱がせてくれて、その結果、罪を犯そうとしても犯すことのできない創造本然の人間にまで復帰せしめて、地上天国を成し遂げるまでにはいかなかった、ということもまた事実である。そこで、十字架による贖罪の限界は、どの程度であるかが問題とならざるを得ない。この問題が解決できない限り、現代の知性人たちの信仰を教導することは不可能である。けれども、この問題を解決するためには、まず、イエス・キリストの十字架の死に対する問題が明確に分からなければならない。

 

(三) イエスの十字架の死 

 

我々はまず、聖書に表された使徒たちの言行を中心として、イエスの十字架の死が必然的なことであったかどうかということについて調べてみることにしよう。使徒たちがイエスの死に対して、共通に感ずるはっきりとした一つの情念がある。それは、彼らがイエスの死を恨めしく思い、悲憤慷慨したということである。彼らは、イエスを十字架につけたユダヤ人たちの無知と不信とに憤慨して、その悪逆無道な行為を呪った(使徒七・5153)。そればかりでなく、今日に至るまでのすべてのキリスト教信徒たちも、また当時の使徒たちと同じ心情をもちつづけてきたのである。もしも、イエスの死が神の予定からきた必然的な結果であったならば、使徒たちが、彼の死を悲しむということは避けられない人情であるとはいえ、神の予定どおりに運ばれたその摂理の結果に対して、それほどまでに憤慨したり、恨んだりすることはないはずである。これを見てもイエスは穏当でない死を遂げられたことが推測できるのである。

 

そのつぎに、我々は神の摂理から見て、イエスの十字架の死が、果たして神の予定から起こった必然的な結果であったかどうかについて調べてみることにしよう。神は、アブラハムの子孫からイスラエル選民を召し、彼らを保護育成され、ときには彼らを苦難と試練を通して導かれた。また、多くの預言者たちを彼らに遣わして慰めながら、将来、メシヤを送ることを固く約束されたのである。それから、彼らをして幕屋と神殿を建てさせることによって、メシヤを迎える準備をさせ、東方の博士、羊飼い、シメオン、アンナ、洗礼ヨハネを遣わして、メシヤの誕生と彼の顕現を広く証された。特に、洗礼ヨハネに対しては、彼が懐胎されるとき、天使が現れて証した事実をユダヤ人たちはみな知っていたし(ルカ一・13)、彼が生まれたときの奇跡は、当時のユダヤ国中を大きく驚かせた(ルカ一・6366)。そればかりでなく、荒野における彼の修道生活は、全ユダヤ人をして、彼こそがメシヤではあるまいかと思わせるほど、驚くべきものであった(ルカ三・15)。神がこのように偉大な洗礼ヨハネまでも遣わして、イエスをメシヤとして証明させたのは、いうまでもなく、ユダヤ人をしてイエスを信じさせるためであった。このように、神のみ旨があくまでも、イスラエルをしてイエスをメシヤとして信ずるようにするためであったので、神のみ旨のとおりに生きるべきイスラエル人は彼をメシヤとして信じなければならなかった。もし、彼らが、神のみ旨のとおりに、イエスをメシヤとして信じたならば、悠久なる歴史の期間を通じて待った、そのメシヤを、だれが十字架につけて殺したであろうか。イスラエル人がイエスを十字架につけたのは、どこまでも彼らが神のみ旨に反し、イエスをメシヤとして信ずることができなかったからである。したがって、我々は、イエスが十字架上で殺されるために来られたのではないということを知らなければならない。

 

また、我々は、イエス自身の言行から見て、彼の十字架の死が、果たしてメシヤとして来られたその全目的を果たされるための道であったか、ということについて調べてみることにしよう。

 

神のすべての摂理がそうであったように、イエスも、ユダヤ人に対して、自分をメシヤとして信ずることができるように語り、行動されたという事実を、我々は聖書を通して、はっきりと知ることができる。イエスは、弟子たちがいかにすれば神のみ業を行うことができるかと聞いたとき、「神がつかわされた者を信じることが、神のわざである」(ヨハネ六・29)と彼は答えられた。また、イエスは、ユダヤ人たちの背信行為を痛ましく思い、訴えるところなく、都を見渡して泣きながら、神が二〇〇〇年間も苦労して愛し導いてこられた全イスラエル選民はもとより、この城までも、一つの石も他の石の上に残さず滅ぼされてしまうと嘆かれて、「それは、おまえが神のおとずれの時を知らないでいたからである」(ルカ一九・4144)と、明白にその無知を指摘されたのである。それだけではなく、イエスは、「ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった」(マタイ二三・37)と言いながら、彼らの頑固と不信を嘆かれたのであった。イエスは、自分のために証している聖書を見ながらも信じない、彼らの無知を責めながら、「あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。しかも、あなたがたは、命を得るためにわたしのもとにこようともしない」(ヨハネ五・3940)と悲しまれた。また、彼は「わたしは父の名によって来たのに、あなたがたはわたしを受けいれない」と嘆きながら、「もし、あなたがたがモーセを信じたならば、わたしをも信じたであろう。モーセは、わたしについて書いたのである」(ヨハネ五・4346)とも言われた。

 

イエスは、彼らを信じさせるために、いかに多くの奇跡を見せられたことであろう。ところが、彼らはその驚くべき業を見ながらも、悪霊のかしらベルゼブルによるのだと、イエスを非難したのではなかったか(マタイ一二・24)。このような悲惨な情景を見られたイエスは、「たといわたしを信じなくても、わたしのわざを信じるがよい。そうすれば、父がわたしにおり、また、わたしが父におることを知って悟るであろう」(ヨハネ一〇・38)とも言われた。そればかりでなく、ときには、彼らに災いあれと憤激されたこともあった(マタイ二三・1336)。イスラエルをして彼を信ぜしめるのが神のみ旨であったから、イエス自身も、このように彼らに自分を信じることができるように語られ、行動されたのである。もし、ユダヤ人たちが神のみ旨に従い、そして、イエスの願いのとおり、彼をメシヤとして信じたならば、だれが彼を死の十字架に追いこんだであろうか。

 

我々は、既に論述したすべての事実から見て、イエスの十字架の死は、彼がメシヤとして来られた全目的を完成するための予定から起こった必然的なことではなく、ユダヤ人たちの無知と不信の結果に起因したものであることを知ることができる。それゆえに、コリントT二章8節の「この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう」といった聖句は、まさしくこの事実を十分に証言しているといえる。もし、イエスの十字架の路程が、神が本来予定された路程であったならば、彼は当然行くべき道を歩んでいることになり、何のために、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、このをわたしから過ぎ去らせてください」と、三回も祈祷されたであろうか(マタイ二六・39)。これは、人間が堕落して以後四〇〇〇年間も、神が成し遂げようとして苦労された地上天国が、ユダヤ人の不信によって成就されずに、イエスが再臨されるまで、苦難の歴史がそのまま延長されるということをよく知っておられたからである。

 

ヨハネ福音書三章14節を見れば、イエスは、「モーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない」と言われた。イスラエル民族がエジプトからカナンに入るときに、火の蛇が出て、彼らをかみ殺すようになったので、神は銅の蛇をさおの先に付けさせて、それを仰ぎ見る者は救われるようになさった。それと同様に、ユダヤ民族が、イエスを信じないことから、万民が地獄へ行かなければならなくなったので、将来、イエスが銅の蛇のように十字架につけられたのち、それを仰ぎ見て信じる者だけが、救いを受けることができるようになるということを予見されて、イエスは悲しい心情をもって、そのように言われたのである。

 

イエスが預言されたように(ルカ一九・44)、彼が亡くなられたのち、イスラエル選民が衰亡したのを見ても、イエスはユダヤ人たちの不信によって死の十字架につけられたことが分かる。イザヤ書九章6節以下に、「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、『霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君』ととなえられる。そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもってこれを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである」と記録されている。これは、イエスがダビデ王の位をもってきて、永遠に滅びない王国を建てることを預言したみ言である。それゆえに、イエスが懐胎されるときも、天使がマリヤに現れて、「見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう、その子をイエスと名づけなさい。彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」(ルカ一・3133)というみ言を伝えたのである。

 

これによって、神がアブラハムからイスラエル選民を召し、二〇〇〇年間も苦難の中で導いてこられたのは、イエスをメシヤとして降臨させて、永遠に存続する王国を打ち建てるためであったことが了.解できるのである。イエスがメシヤとして来られてから、ユダヤ人たちに迫害され十字架で亡くなられたのち、彼らは選民の資格を失い支離滅裂となって、今日に至るまで民族的な虐待を受けてきたのである。それは、彼らが信奉すべきメシヤをかえって殺害して、救いの摂理の目的を失敗させたその犯罪に対する罰であった。そればかりでなく、イエス以後数多くの信徒たちが経験してきた十字架の苦難も、イエスを殺害した連帯的犯罪に対する刑罰であったのである。

 

(四) 十字架の贖罪による救いの限界とイエス再臨の目的

 

もし、イエスが十字架で死ななかったならば、どんなふうになったであろうか。イエスは霊肉両面の救いの摂理を完遂されたであろう。そして、預言者イザヤの預言(イザヤ九・6、7)と、マリヤに現れた天使の啓示(ルカ一・3133)のとおり、また、イエスが親しく、天国は近づいたと言われたみ言(マタイ四・17)のように、彼は永遠に滅びない地上天国を建設されたはずであった。

 

神は人間を創造されるとき、土で肉身を創造され、そこに命の息を吹き入れて生霊となるようにされた(創二・7)。このように、霊と肉から創造された人間であるので、堕落もまた霊肉共に起きてきた。したがって、救いも霊的救いと、肉的救いとを共に完成しなければならないのである。イエスがメシヤとして降臨された目的は、この救いの摂理を完遂なさるためであったので、彼は霊的救いと肉的救いとを共に完成しなければならなかったのである。イエスを信じることは、イエスと一体となることを意味するので、イエスは自らをぶどうの木に、信徒たちをその枝に例えられ(ヨハネ一五・5)、また「あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう」(ヨハネ一四・20)とも言われた。このように言われた理由は、堕落人間を霊肉共に救うために、彼が人間として来られたので、彼を信じて霊肉共に彼と一体となったならば、堕落人間も霊肉共に救いを受けたに違いないからである。ところが、ユダヤ人たちがイエスを信じないで、彼を十字架につけたので、彼の肉身はサタンの侵入を受け、ついに殺害されたのである。そのため肉身にサタンの侵入を受けたイエスを信じて、彼と一体となった信徒の肉身も、同じようにサタンの侵入を受けるようになったのである。

 

こういうわけで、いくら篤信者であっても、イエスの十字架の贖罪では、肉的救いを完成することができなくなったのである。したがって、アダム以来の血統的原罪は清算することができず、いくら誠実によく信じる信徒であっても、彼に原罪がそのまま残るようになり、また、原罪のある子女を生むようになるのである。我々が信仰生活において、肉身の苦行をしなければならないのは、原罪が残っているところから、絶え間なく肉身を通じて入ってくるサタン侵入の条件を防ぐためであり「絶えず祈りなさい」(テサロニケT五・17)と言われたのも、このように、十字架の贖罪によっても根絶できなかった、原罪によるサタン侵入の条件を防ぐためなのである。

 

上述のように、イエスは、彼の肉身がサタンの侵入を受けたので、肉的救いの摂理の目的は達成されなかったのである。しかし、彼は十字架の血の贖罪で、復活の勝利的な基台を造成することによって、霊的救いの基台を完成された。それゆえ、イエス復活以後、今日に至るまでのすべての信徒たちは、霊的救いの摂理の恵沢だけを受けることができるのである。このように、十字架の贖罪による救いは霊的な救いだけで、篤信者といっても、原罪は肉的に依然として残っており、それが引き続きその子孫たちに遺伝してきたのである。このために、信徒たちはその信仰が深くなればなるほど、罪に対して熾烈な闘いをするようになる。このようにイエスは十字架で清算できなかった原罪を贖って、肉的救いを完成し、霊肉ともの救いの摂理の目的を完遂なさるために、地上に再臨されなければならなくなったのである。

 

上記のように、十字架の贖いを受けた信徒たちも、原罪と闘わなければならないので、使徒の中で信仰の中心であったパウロも、肉的に入ってくる罪悪の道を防ぐことができない自身を嘆いたあげく、「わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、わたしの肢体には別の律法があって……わたしをとりこにしているのを見る」(ロマ七・2223)と言った。これは、霊的救いの完成に対する喜びと同時に、肉的救いの未完成に対する悲嘆を表明したものといえる。また、ヨハネT一章8節から10節に「もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くことであって、真理はわたしたちのうちにない……もし、罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とするのであって」と言ったヨハネの告白のとおり、イエスの十字架の救いを受けている我々も、依然として原罪のために罪人であることを免れることはできないのである。

 

(五) 十字架に対する預言の両面

 

イエスの十字架の死が、メシヤとして来られた全目的を完成するための予定からきた必然的な事実でないならば、イザヤ書五三章に、彼が十字架の苦難を受けることが預言されている理由はどこにあるのだろうか。今まで、我々は、イエスが苦難を受ける預言のみ言だけが聖書にあると思っていた。しかし、原理が分かって聖書を再読すれば、旧約時代に、既に預言者イザヤによって預言されたイザヤ書九章、一一章、六〇章などのみ言どおり、神がマリヤに天使を遣わして、将来懐胎されるイエスが生きておられる間にユダヤ人の王となり、世々限りなく滅びることのない王国を地上に建設されることを預言された事実が分かるようになる(ルカ一・3133)。それでは、なぜこのように、イエスに対する預言が両面をもってなされているかということについて、調べてみることにしよう。

 

神は人間を創造されるときに、人間自身が責任分担を果たすことによってのみ完成できるように創造された(前編第一章第五節(二)A)。ところが実際においては、人間始祖は彼らの責任分担を完遂できずに堕落してしまった。このように、人間は神のみ旨のとおりに、自分の責任分担を完遂することもできるが、反対に、神のみ旨に反して、その責任分担を果たさないことも起こり得たのである。

 

このような例を聖書で挙げてみれば、善悪の果を取って食べないのが人間の責任分担であった。アダムは神のみ言により、それを取って食べないで完成することもできるが、その反面、結果に表れた事実のように、取って食べて死ぬようなことも起こり得る事実だったのである。また、神は旧約時代の救いの摂理のための人間の責任分担の条件として、十戒を下さった。人間はそれを守って救いを受けることもできるが、またそれを守らずに滅びることもあり得ることだったのである。エジプトからカナンの福地に向かって出発したイスラエル民族が、モーセの命令に服従することは、彼ら自身が立てるべき責任分担であったので、彼らがモーセの命令に従順に従ってカナンの福地に入ることもできるが、また、従わずに入れないということもあり得たのである。事実、神はモーセが、イスラエル民族を導いてカナンの福地に入ることを予定されて(出エ三・8)、彼にこれを命令されたが、不信によって、彼らはみな荒野で倒れ、その子孫たちだけが目的地を求めていくことができたのである。

 

このように、人間には、人間自身が遂行すべき責任分担があって、神のみ旨どおりにそれを成し遂げることもできるし、逆に、そのみ旨に反して、成し遂げられないこともあり得る。このように、人間は人間自身の責任分担の遂行いかんによっては、そのいずれの結果をももたらすようになるのである。したがって、神はみ旨成就に対する預言を両面性をもってなさざるを得なかったのである。

 

メシヤを遣わすことは、神の責任分担であるが、来られるメシヤを信ずるか否かは、人間の責任分担に属する。それゆえに、遣わしてくださるメシヤを、ユダヤ民族が神のみ旨のとおりに信じることもできるが、神のみ旨に反して信じないということも起こり得ることだったのである。したがって、人間の責任分担の遂行いかんによって生ずる両面の結果に備えて、神はイエスのみ旨成就に対する預言を二とおりにせざるを得なかったのである。そうであるから、イザヤ書五三章の記録のように、ユダヤ民族が信じない場合に対する預言もなさったのであるが、また、イザヤ書九章、一一章、六〇章とルカ福音書一章31節以下の記録のように、彼らがイエスをメシヤとして侍って、栄光の中にみ旨を成就するという預言もされたのである。しかし、ユダヤ人の不信により、イエスは十字架に亡くなられたので、イザヤ書五三章の預言だけがなされ、イザヤ書九章、一一章、六〇章とルカ福音書一章31節以下の預言は、みな再臨されてから成し遂げられるみ言として残されてしまったのである。

 

(六) 十字架の死が必然的なもののように記録されている聖句

 

福音書を見れば、イエスの十字架の苦難が必然的であるかのように記録されているところが多い。その代表的なものを挙げてみれば、イエスが十字架で苦難を受けることを預言されたとき、これを止めるペテロを見て、「サタンよ、引きさがれ」(マタイ一六・23)と責められたことから見て、彼の十字架の死は必然的であったかのように感じられる。そうでなければ、イエスはどうして、ペテロをそれほど責められたのだろうか。これは、実のところ、イエスはそのとき既に、ユダヤ人たちの不信により、結局、霊肉ともの救いの摂理は完成することができない状態になっていたので、霊的救いだけでも達成なさるために、その蕩減条件として、やむを得ず十字架の道を行くことに決定されたときだったからなのである(ルカ九・31)。そんなときに、ペテロがこの道を遮るのは、結局、十字架による霊的救いの摂理の道さえも妨害することになるので、このように責められたのである。

 

また、イエスが十字架上で「すべてが終った」(ヨハネ一九・30)と、最後のみ言を残されたのは、十字架上で救いの摂理の全目的が完成されたという意味ではない。ユダヤ人たちの不信は、もはや、取り返すことができないものであると悟られたので、その後、肉的救いは再臨後の摂理として残し、せめて霊的救いの摂理の基台だけでも造成なさるために、十字架の路程を行かれたのである。それゆえに、「すべてが終った」と言われたみ言は、ユダヤ人たちの不信により、第二次的な救いの摂理の目的として立てられた十字架による霊的救いの摂理の基台が、すべて終わったということを意味するのである。

 

我々が正しい信仰をもつためには、第一に祈祷により、神霊によって、神と直接霊交すべきであり、その次には、聖書を正しく読むことによって、真理を悟らなければならない。イエスが神霊と真理で礼拝せよ(ヨハネ四・24)と言われた理由はここにある。

 

イエス以後今日に至るまで、あらゆる信徒たちは、イエスは十字架の死の道を行かれるために、この世に降臨されたとばかり考えていた。しかし、これは、イエスがメシヤとして来られた根本目的を知らず、霊的救いがイエスの帯びてこられた使命の全部であるかのように誤解していたからである。生きてみ旨を完成するために降臨されたのにもかかわらず、ユダヤ人の不信によって、願わざる十字架の道を行かれたイエスの悲痛な心情を晴らし、彼のみ旨に協力する新婦が、もし地上に現れなければ、イエスはいったいだれと共にそのみ旨を完成しようとして再臨されるであろうか。「しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」(ルカ一八・8)と言われたイエスのみ言は、まさしくこのような人間の無知を予想されて慨嘆されたみ言であった。ここで我々は、聖書を中心として、イエスはあくまでも死ぬために降臨されたのではなかったという事実を明らかにしたが、霊交によって、イエスに直接聞いてみれば、一層明白にこの事実を知ることができる。もしも、自分が霊通できないならば、他人の証を通じてでも、正しい信仰をもって初めて、終末において、メシヤを迎えることができる新婦の資格を備えることができるのである。

 

復活論

第五章 復  活  論

 

第一節 復活

第二節 復活摂理

第三節 再臨復活による宗教統一

 

 

聖書の預言を、文字どおりそのまま受け入れるとすれば、イエスが再臨されるときには、既に土の中に葬られて、元素化されてしまったすべての信徒たちの肉身が、再び元どおりの姿によみがえって、出てくるものと見なければならない(テサロニケT四・16、マタイ二七・52)。これは、神が下さったみ言であるから、我々の信仰的な立場においては、そのまま受け入れなければならない。しかし、これは現代人の理性では到底納得できない事実である。そのため結局我々の信仰生活に大きな混乱をきたすようになる。したがって、この問題の真の内容を解明するということは、極めて重要なことであるといわなければならない。

 

 

第一節 復   活

 

復活というのは、再び活きるという意味である。再び活きるというのは、死んだからである。そこで、我々が復活の意義を知るためには、まず、死と生に対する聖書的な概念をはっきり知らなければならないのである。

 

(一) 死と生に対する聖書的概念

 

ルカ福音書九章60節の記録を見れば、父親の葬式のために自分の家へ帰ろうとする弟子に、イエスは死人を葬ることは、死人に任せておくがよいと言われた。我々はこのイエスのみ言の中で、死と生に対して互いにその意義を異にする二つの概念があるということを知ることができる。第一は、葬られなければならない、その弟子の父親のように、肉身の寿命が切れた「死」に対する生死の概念である。このような死に対する生は、その肉身が生理的な機能を維持している状態を意味する。第二は、その死んだ父親の葬式をするために、集まって活動している人たちを指摘していう「死」に対する生死の概念である。それではどうしてイエスは、現在その肉身を動かしている人たちを指摘して、死んだ人と言われたのだろうか。それは彼らがイエスに逆らって、神の愛から離れた位置、すなわちサタンの主管圏内にとどまっていたからである。ゆえに、この死は肉身の寿命が切れる死を意味するのではなく、神の愛のを離れて、サタンの主管圏内に落ちこんだことを意味する死のことなのである。したがって、このような「死」に対する「生」の意義は、神の愛の主管圏内において、神のみ言のとおりに活動している状態をいうのである。それゆえに、いくらその肉身が活動しているといっても、それが神の主管圏を離れて、サタンの主管圏内にとどまっているならば、彼は創造本然の価値基準から見て、死んだ人であるといわなければならない。これは、黙示録三章1節に記録されているように、不信仰的なサルデスにある教会の信徒たちに、「あなたは、生きているというのは名だけで、実は死んでいる」と言われたのを見ても分かる。その反面、既に、肉身の寿命が切れた人間であっても、その霊人体が、霊界において、神の愛の主管圏内にいるならば、彼はあくまでも、生きている人である。イエスが、「わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」(ヨハネ一一・25)と言われたのは、イエスを信じて、神の主管圏内で生きる者は、寿命が切れて、その肉身が土の中に葬られたとしても、その霊人体は依然として神の主管圏内にいるので、彼は生きている者であるという意味である。イエスは、また続けて、「また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」と言われた。このみ言は、イエスを信じる者は、地上で永遠に死なずに生きるという意味ではなく、肉身のある間にイエスを信じる者は、現在生きているのはいうまでもなく、後日死んで肉身を脱ぎ地上を離れるとしても、彼の霊人体は、永遠に神の愛の  で、依然として生きつづけるはずであるから、したがって、永遠に死なないという意味で言われたのである。ゆえに、上記の聖句にあるイエスのみ言は、人間の肉身の寿命が切れることを意味する死は、我々の永遠なる命には何らの影響をも及ぼさない、という意味で言われたみ言である。

また、「自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである」と言われた、ルカ福音書一七章33節のみ言も、肉身を保存するために神のみ旨に背く者は、いくらその肉身が活動していても、彼は死んだ者であり、また、これと反対に神のみ旨のために肉身を犠牲にする者は、仮にその肉身は土の中に葬られて腐ってしまったとしても、その霊人体は神の愛に抱かれて永存できるのであるから、彼はすなわち、生きている者であるという意味である。

 

(二) 堕落による死

 

我々は上述のごとく、互いにその意義を異にする二つの死があるということを知った。では、そのうちのいずれが、人間始祖の堕落によってもたらされた死なのだろうか。

神は本来、人間が堕落しなくても、老衰すればその肉身は土に帰るように創造されたのである。だから、アダムが九三〇歳で死んで、その肉身は土に帰ったけれども、これはどこまでも堕落に起因する死ではなかった。なぜなら、創造原理によれば、肉身は霊人体の衣ともいえる部分で、衣服が汚れれば脱ぎ捨てるように、肉身も老衰すればそれを脱いで、その霊人体だけが無形世界に行って、永遠に生きるように創造されたからである。物質からなる生物体の中で永遠性をもつものは一つもない。それゆえに、人間もこの創造原理を免れ得ないので、人間の肉身といえども、永存することはできないのである。もしも人間が地上で肉身のまま永存するとすれば、霊人体の行くべき所である無形世界は、最初から創造される必要もなかったはずである。本来、無形世界は堕落した人間の霊人体が行ってとどまるために、人間が堕落した以後に創造されたものではなく、既に、人間が創造される前に、創造目的を完成した人間たちが、地上で生活したのち、肉身を脱いだ霊人体が行って、永遠に生きる所として創造されているということを知らなければならない。

堕落人間が、肉的な命に強い未練をもつようになったのは、人間が元来、肉身を脱いだあとには、地上よりも一層美しく、かつ永遠なる無形世界に行って、永遠に生きるように創造されているという事実が、堕落によって分からなくなったからである。地上における肉身生活と、無形世界における霊人生活との関係は、青虫と蝶の生活に比較することができる。もし、土の中にある青虫に意識があるとすれば、ちょうど人間が肉身生活に対して愛着を感じているように、それもやはり土の中の生活に愛着を感じて、青虫として永存することを欲するであろう。ところがこれは、青虫がいったん殻を脱いで蝶となり、香りの良い花や甘い蜜を自由に味わうことができる、また一つの新しい世界があることを知らなかったからであろう。地上人と霊人の関係は、正にこの青虫と蝶との関係に似ている。もしも人間が堕落しなかったならば、地上人たちは、同じ地上人同士との関係のように、霊人たちとも自由に会うことができるので、肉身を脱ぐことが、決して永遠の別れではないことがよく分かるのである。そればかりでなく、人間が地上で完成して生活したのち、老衰して肉身を脱いで行く霊人の世界が、いかに美しく幸福な世界であるかということをはっきり知れば、かえって、肉身を脱いでその世界に行かれる日を慕い、待ち望むことであろう。

このように、上述した二つの死の中で、肉身の寿命が切れるという意味での死が、堕落による死ではないということが分かれば、サタンの主管圏内に落ちるという意味での死が、まさしく堕落による死であるという結論になる。我々はこの問題を、聖書を中心として、もっと詳しく検討してみることにしよう。

堕落による死とは、すなわち、人間始祖が善悪の果を取って食べることによって招来した、正にその死を意味するのである。ところで、その死は、いかなる死であったのだろうか。創世記二章17節(文語訳)を見れば、神がアダムとエバを創造されたのち、彼らに善悪の果について「汝之を食ふ日には必ず死べければなり」と言われた。それゆえに、神が言われたとおりに、彼らは取って食べたその「日」を期して、必ず死んだと見なければならない。しかしながら、その死んだアダムとエバは今日の我々と同じく、依然として地上で肉身生活を続けながら、子孫を生み殖やして、ついには、今日の堕落した人類社会を形成するまでになったのである。このような事実から見て、堕落によって招来したその死は、肉身の寿命が切れて死ぬことを意味するのではなく、神の善の主管圏から、サタンの主管圏に落ちるという意味での死をいうのであることを、我々は明確に知ることができる。我々は聖書でこれに関する例を挙げてみることにしよう。ヨハネT三章14節に、「愛さない者は、死のうちにとどまっている」と言われた。ここでいう愛とは、もちろん神の愛を意味するのである。神の愛の中で、隣人を愛することを知らない者は、いくら地上で生活をしているといっても、彼はあくまでも死んだ者であるという意味である。これと同じ意味で、ロマ書六章23節には、「罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである」と言われ、また、ロマ書八章6節には、「肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安とである」と記録されているのである。

 

(三) 復活の意義

 

我々はこれまで、人間の寿命が切れて、その肉身の土に帰ることが、堕落からきた死であるとばかり考えていた。したがって、このような死から再び生きることが、聖書の意味する復活であると解釈してきたので、既に他界した信徒たちの復活は、すなわち土に分解されてしまったその肉身が、再び原状どおりによみがえることによって成就されるものと信じていた。しかし、創造原理によれば、このような死は、人間始祖の堕落によって招来されたものではなく、本来、人間は老衰すれば、その肉身は自然に土に帰るように創造されているので、いったん土に分解されてしまった肉身が、再び原状どおり復活することは不可能であるばかりでなく、霊界に行って永遠に生きるようになった霊人体が、再び肉身をとる必要もないのである。ゆえに、復活は人間が堕落によってもたらされた死、すなわちサタンの主管圏内に落ちた立場から、復帰摂理によって神の直接主管圏内に復帰されていく、その過程的な現象を意味するのである。したがって、罪を悔い改めて、昨日の自分よりきょうの自分が少しでも善に変わるとすれば、我々はそれだけ復活したことになる。

聖書で、復活に関する例を挙げてみれば、ヨハネ福音書五章24節に「わたしの言葉を聞いて、わたしをつかわされたかたを信じる者は、永遠の命を受け、またさばかれることがなく、死から命に移っているのである」と記録されている。これは、イエスを信じることによって、サタンの  から離れ、神の愛の  に移ることが、すなわち復活であるということを意味するみ言である。また、コリントT一五章22節には、「アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである」と記録されているが、これは、アダムによってサタンの血統を受け継ぐようになったのが死亡であり、この死亡からキリストによって天の血統に移されることが、復活であるということを意味するみ言である。

 

(四) 復活は人間にいかなる変化を起こすか

 

善悪の果を取って食べる日には、きっと死ぬであろう(創二・17)と言われた神のみ言どおりに、善悪の果を取って食べて堕落したアダムとエバが、死んだのは事実であった。しかし、彼らには、外形的には何らの異変も起こらなかったのである。変わったことがあるとすれば、不安と恐怖によって、瞬間的に彼らの顔色が変わる程度であっただろう。ゆえに、堕落した人間が善悪の果を取って食べた以前の人間に復活するとしても、その外形上には何らの変化も起こらない。聖霊により重生した人間は、重生する以前と比べて、確かに復活した人間には違いない。しかし今、彼と強盗とを比較すれば、一人は天の人間として、ある程度まで復活した立場におり、また一人は、地獄に行くべき人間として、死んだ立場にいるが、彼らの外形には何らの差異も認められないのである。既に例証したように、イエスのみ言に従って、神を信じる者は、死から命へと移されて、復活させられたのは事実である。しかし、彼がイエスを信じる前の死の状態にいるときも、イエスを信じて命に移されることによって復活したのちにも、彼の肉身上には、何らの変化も起こらないのである。

イエスは創造目的を完成した人間として来られたことは事実である(キリスト論参照)が、外形から見たイエスは堕落人間と比べて何の差異もなかった。もし、彼に変わったところがあるとすれば、当時の側近者たちが、彼を信じ従わないはずがなかったのである。人間は復活により、サタンの主管圏から抜けだして、神と心情一体となれば、神性をもつようになる。このように、堕落人間が復活によって、神の主管を受けるようになれば、必然的に、その心霊に変化を起こすようになるのである。このような心霊の変化によって、人間の肉身もサタンの住まいから神の宮へと、事実上聖化されていくのである。このような意味において、肉身も復活されると見ることができる。これはちょうど悪いことをするために使用されてきた建物が、神の聖殿として使用されるようになれば、その建物の外形には何らの変化もないが、それは、既に聖なる建物に変化しているというのと同じ理論である。

 

 

第二節 復 活 摂 理

(一) 復活摂理はいかになされるか

 

復活は、堕落人間が創造本然の姿に復帰する過程的な現象を意味するので、復活摂理は、すなわち、復帰摂理を意味する。復帰摂理はすなわち、再創造摂理なので、復活摂理はまた再創造摂理でもある。したがって、復活摂理も、創造原理によって、次のように摂理されるのである。第一に、復活摂理の歴史において、その使命的な責任をもった人物たちが、たとえ彼ら自身の責任分担を完遂できなかったとしても、彼らは天のみ旨のために忠誠を尽くしたので、それだけ堕落人間が、神と心情的な因縁を結ぶことができる基盤を広めてきたのである。したがって、後世の人間たちは、歴史の流れに従い、それ以前の預言者や義人が築きあげた心情的な基台によって、復帰摂理の時代的な恵沢をもっと受けるようになるのである。したがって、復活摂理は、このような時代的な恵沢の上に立ってなされるのである。第二に、創造原理によれば、神の責任分担として創造された人間は、それ自身の責任分担として神から与えられたみ言を信じ実践するとき、初めて完成されるように創造されたのである。それゆえに、復活摂理をなさるに当たっても、神の責任分担としての摂理のためのみ言がなければならないし、また、堕落人間がそれ自身の責任分担として、み言を信じ、実践して初めてそのみ旨が成し遂げられるようになっている。第三には、創造原理に照らしてみると、人間の霊人体は、肉身を基盤にしてのみ成長し完成するように創造されている。したがって、復帰摂理による霊人体の復活も、これまた地上の肉身生活を通じて、初めて成就されるようになっている。第四に、人間は創造原理に従い、成長期間の秩序的な三段階を経て完成するように創造された。それゆえに、堕落人間に対する復活摂理も、その摂理期間の秩序的な三段階を経て完成されるようになっている。

 

(二) 地上人に対する復活摂理

 

@ 復活基台摂理

神は、アダムの家庭から復活摂理を始められたのである。しかし、そのみ旨に仕える人物たちが、責任分担を完遂できなかったためその摂理は延長されてきたが、二〇〇〇年後に、信仰の祖アブラハムを立てて、初めてその摂理が始まった。したがって、アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、結果的には次の時代に入って、復活摂理ができるその基台を造成した時代となった。ゆえに、この時代を復活基台摂理時代と称するのである。

 

A 蘇生復活摂理

復活摂理が始まったアブラハムのときからイエスまでの二〇〇〇年期間に、蘇生復活摂理がなされてきた。したがって、この時代を蘇生復活摂理時代と称する。この時代におけるすべての地上人は、神の蘇生復活摂理による時代的な恵沢を受けることができたのである。蘇生復活摂理は、神がこの時代の摂理のために下さった旧約のみ言を人間が信じて実践することによって、その責任分担を成し遂げ、義を立てるように摂理されてきたのである。ゆえに、この時代を行義時代ともいう。この時代における人間は、律法を遵守することによって、その霊人体が肉身を土台に蘇生復活して、霊形体を完成したのである。地上で霊形体を完成した人間は、肉身を脱げば、その霊人体は霊形体級の霊界に行って生きるようになるのである。

 

B 長成復活摂理

イエスの十字架の死によって、復活摂理は完成されずに、再臨期まで延長されてきた。このように延長された二〇〇〇年期間は、霊的救いによって、長成復活摂理をしてきた時代であるので、この時代を長成復活摂理時代と称する。この時代におけるすべての地上人は、神の長成復活摂理による時代的な恵沢を受けられるのである。そして長成復活摂理は、神がこの時代の摂理のために下さった新約のみ言を、人間が信じることによって、その責任分担を完成し、義を立てるように摂理された。ゆえに、この時代を信義時代ともいう。

この時代における人間は、福音を信ずることにより、その霊人体が肉身を土台として長成復活して、生命体を完成するのである。このように地上で生命体級の霊人体を完成した人間は、肉身を脱いだのちに、生命体級の霊界である楽園に行って生きるようになる。

 

C 完成復活摂理

再臨されるイエスによって、霊肉共に復活して復活摂理を完成する時代を完成復活摂理時代と称する。この時代におけるすべての地上人は、完成復活摂理による時代的な恵沢を受けることができる。再臨主は、旧約と新約のみ言を完成するための、新しいみ言をもってこられる方である(前編第三章第五節(一))。ゆえに、完成復活摂理は、新旧約を完成するために下さる新しいみ言(これは、成約のみ言であるというのが妥当であろう)を、人間たちが信じ、直接、主に侍ってその責任分担を完遂し、義を立てるように摂理なさるのである。それゆえに、この時代を侍義時代ともいう。この時代における人間は再臨主を信じ侍って、霊肉共に完全に復活され、その霊人体は生霊体級を完成するようになる。このように地上で生霊体を完成した人間が生活する所を地上天国という。そして、地上天国で生活して完成した人間が肉身を脱げば、生霊体の霊人として、生霊体級の霊界である天上天国に行って生きるようになるのである。

 

D 天国と楽園

今までのキリスト教信徒たちは、原理を知らなかったので、楽園と天国とを混同してきた。イエスがメシヤとして地上に降臨された目的が完成されたならば、そのとき、既に地上天国は完成されたはずである。この地上天国で生活して完成した人間たちが、肉身を脱いで生霊体を完成した霊人体として霊界に行ったならば、天上天国もそのときに完成されたはずである。けれども、イエスの十字架の死によって、地上天国が実現できなかったので、地上で生霊体を完成した人間は一人も現れなかった。したがって、今日まで生霊体の霊人たちが生活できるように創造された天上天国に入った霊人は一人もいない。ゆえに、天上天国はまだ空いている。これはすなわち、その住民となるべき人間を中心として見れば、まだ天上天国が完成されなかったことにもなる。それでは、どうしてイエスは、自分を信じれば天国に入ると言われたのだろうか。それは、イエスが地上に来られた本来の目的が、あくまでも、天国を完成することにあったからである。しかし、イエスはユダヤ人の不信によって、地上天国を実現することができずに、十字架で亡くなられたのである。当時のすべての人間が、最後までだれも信じてくれなかった中で、自分を信じてくれた、たった一人の十字架の同伴者であった強盗に、イエスは共に楽園に入ることを許されたのである(ルカ二三・43)。結局、イエスはメシヤとしての使命を成し遂げようとする希望をもつことのできた過程においては、天国に入ることを強調されたが、このみ旨を成就できずに行かれる十字架の死に臨んでは、楽園に入らなければならない事実を表明されたのである。楽園はこのように地上でイエスを信じて、生命体級の霊人体を完成し、肉身を脱いで行った霊人たちが、天国の門が開かれるまでとどまっている霊界をいうのである。

 

E 終末に起こる霊的現象

長成期完成級で堕落した人間が、復帰摂理により、蘇生旧約時代を経て、長成新約時代の完成級まで復帰されて、人間始祖が堕落する前の立場に戻る時代を終末という。この時代は、アダムとエバが堕落する直前、神と一問一答したそのときを、世界的に復帰する時代であるので、地上には霊通する人が多く現れるようになる。終末には、神の霊をすべての人に注ぐと約束されたことは(使徒二・17)、正に、このような原理的な根拠によって、初めてその理由が解明できるのである。

終末には、「あなたは主である」という啓示を受ける人たちが多く現れる。しばしば、このような人たちは、自分が再臨主であると考えて、正しい道を探していくことのできない場合が多いが、その理由はどこにあるのだろうか。本来、神は人間を創造されて、彼に被造世界を主管する主になれと祝福された(創一・28)。ところが、人間は堕落によって、このような神の祝福を成し遂げることができなかったのである。しかし、堕落人間が復帰摂理によって、長成期の完成級まで霊的に復帰されて、アダムとエバが堕落する直前の立場と同一の心霊基準に達すれば、神が彼らに被造世界の主になれと祝福なさった、その立場を復帰したという意味から、「あなたは主である」という啓示を下さるのである。

終末に入って、このように、「主」という啓示を受ける程度に、信仰が篤実な聖徒たちは、イエスの当時に、主の道をまっすぐにするための使命をもってきた洗礼ヨハネと、同一の立場に立つようになる(ヨハネ一・23)。したがって、彼らにも各自が受けもった使命分野において、再臨されるイエスの道を直くすべき使命が与えられているのである。このような意味において、彼らは各自の使命分野における再臨主のための時代的代理使命者として選ばれた聖徒たちなので、彼らにも、「主」という啓示を授けてくださるのである。

霊通者が、「あなたは主である」という啓示を受けたとき、このような原理的な事情を知らずに、自分が再臨主だと思って行動すれば、彼は必ず、偽キリストの立場に立つようになる。終末に、偽キリストが多く現れると預言された理由もここにある。霊通者はみな、各自通じている霊界の階位と啓示の内容がお互いに異なるために(コリントT一五・41)、相互間の衝突と混乱に陥るのが普通である。霊通者は、事実上、みな同一の霊界を探し求めていくけれども、これに対する各自の環境、位置、特性、知能、心霊程度などが相異なるために各自に現れる霊界も、各々異なる様相のものとして認識されて、相互に衝突を起こすようになるのである。

復帰摂理のみ旨に侍っている人たちは、各々摂理の部分的な使命を担当して、神と縦的な関係だけを結んでいるので、他の霊通者との横的な関係が分からなくなるのである。したがって、各自が侍っている天のみ旨が、各々異なるもののように考えられ、互いに衝突を起こすようになる。なお、神は各自をして復帰摂理の目的を達成させるに当たって、彼らが各自最善を尽くすように激励なさるため、「あなたが一番である」という啓示を下さるので、横的な衝突を免れなくなる。また、彼が担当した部分的な使命分野においては、事実上、彼が一番であるために、このような啓示を下さることもある。

また、篤実な信仰者たちが、アダムとエバの堕落直前の心霊基準まで成長して霊通すれば、アダムとエバが克服できずに堕落したのと同じ試練によって、堕落しやすい立場に陥るようになる。したがって、原理を知らない限り、このような立場を克服することは、非常に難しいことなのである。今日に至るまで、多くの修道者たちが、この試練の峠を克服できずに、長い間修道した功績を一朝一夕に台無しにしたことは、実に惜しんでもあまりあることである。

では、霊通者のこのような混乱を、いかにすれば防ぐことができるだろうか。神は、復帰摂理の目的を早く完遂されるために、その摂理の過程において、部分的な使命を数多くの人たちに分担させ、その各個体と縦的にだけ対応してこられたので、上述のように、すべての霊通者たちは、相互間に横的な衝突を免れ難くなっている。しかし結局、歴史の終末期に至れば、彼らは各自の使命がみな復帰摂理の同一の目的のために、神から分担させられていたことを共に悟って、お互いに横的な関係を結び、一つに結合して、復帰摂理の全体的な目的を完成させる新しい真理のみ言を賜るようになる。そのときすべての霊通者は、自分のものだけが神のみ旨であるとの主張を捨て、より高次元的で、全体的な真理のみ言の前に出て、自分自身の摂理的な使命と位置を正しく悟ることにより、そこで初めて、横的な衝突から起こった過去のすべての混乱を克服することができるし、またそれと同時に、各自が歩いてきた信仰路程に対する有終の美を結ぶこともできるのである。

 

F 最初の復活

「最初の復活」というのは、神の復帰摂理の歴史が始まって以来、再臨摂理によって、初めて人間が原罪を脱いで、創造本然の自我を復帰し、創造目的を完成させる復活をいうのである。

したがって、すべてのキリスト教信徒たちの唯一の望みは、最初の復活に参与することにある。では、どんな人たちがここに参与できるのだろうか。再臨主が降臨されたとき、最初に信じ侍って、復帰摂理路程の全体的な、また世界的な蕩減条件を立てる聖業に協助して、すべての人間に先立って原罪を脱ぎ、生霊体級の霊人体を完成し、創造目的を完成した人たちがここに参与できるようになるのである。

また、聖書に表示された十四万四千人とは何を意味するのであろうか。その事実について調べてみることにしよう。イエスが再臨されて、復帰摂理を完遂なさるためには、復帰摂理路程において、天のみ旨を信奉してきながらも、自分の責任分担を果たせなかったために、サタンの侵入を受けたすべての聖賢たちの立場を蕩減復帰できる代理者たちを、再臨主がその一代において横的に探し立て、サタン世界に対する勝利の基台を立てなければならない。このような目的で、再臨主が降臨されて立てられる信徒の全体数が、正に黙示録一四章1節から4節までと、黙示録七章4節に記録されている十四万四千の群れなのである。

神の復帰摂理路程において、家庭復帰の使命者であったヤコブは、十二の子息を中心として出発し、民族復帰のために出発したモーセは、十二部族を率いたが、この各部族が再び十二部族型に増えれば、一四四数になる。世界復帰の使命者として来られたイエスは、霊肉共に、この一四四数を蕩減復帰するために十二弟子を立てられたが、十字架につけられたので、霊的にのみこれを蕩減復帰してこられたのである。ゆえに、サタンに奪われたノアからヤコブまでの縦的な十二代を、横的に蕩減復帰するため、ヤコブが十二子息を立てたように、再臨主は初臨以後、霊的にのみ一四四部族型を立ててきた縦的な摂理路程を、霊肉共に横的に、一時に蕩減復帰されるため、一四四数に該当する一定の必要数の信徒たちを探し立てなければならないのである。

 

(三) 霊人に対する復活摂理

 

@ 霊人たちが再臨復活する理由とその方法

創造原理によれば、人間の霊人体は神から受ける生素と、肉身から供給される生力要素との授受作用によってのみ成長するように創造された。それゆえに、霊人体は肉身を離れては成長することも、また復活することもできない。したがって、地上の肉身生活において、完成されずに他界した霊人たちが復活するためには、地上に再臨して自分たちが地上の肉身生活で完成されなかったその使命部分を、肉身生活をしている地上の聖徒たちに協助することによって、地上人たちの肉身を自分の肉身の身代わりに活用し、それを通して成し遂げるのである。ユダ書14節に、終わりの日に、主は無数の聖徒たちを率いて来られると言われた理由はここにある。

では、霊人たちはどんな方法で地上人に対して、み旨を完成するように協助するのだろうか。地上の聖徒たちが祈祷や、その他の霊的な活動をするうちに、霊人たちの相対になれば、その霊人たちは再臨して、その地上人たちの霊人体と相対基準を造成していろいろの業をするようになる。そして、その霊人たちは地上人たちに火を受けさせたり、病気を治させるなど、いろいろの能力を現させるのである。それだけでなく、入神状態に入って、霊界の事実を見せたり、聞かせたり、あるいは、啓示と黙示によって預言をさせ、その心霊に感銘を与えるなど、いろいろの方面にわたる聖霊の代理をすることによって、地上人がみ旨を成し遂げていくよう協助するのである。

 

Aキリスト教を信じて他界した霊人たちの再臨復活

@) 長成再臨復活

地上で律法を遵守し、神を熱心に信奉して行った旧約時代の霊形体級の霊人は、メシヤ降臨後に全部地上に再臨して、地上の聖徒たちをしてみ旨を成就せしめ、生命体級の霊人体として完成されるように協助した。このように、再臨協助したその霊人たちも、彼らの協助を受けた地上の聖徒たちと同じような恵沢を受け、共に生命体を完成して楽園に入るようになる。我々はこれを長成再臨復活と称する。

これに関する実例を聖書の中で挙げてみることにしよう。マタイ福音書一七章3節に、エリヤが霊人体としてイエスとその弟子の前に現れた記録があるのを見れば、エリヤがそのまま霊界にいるということは確実である。ところが、マタイ福音書一七章12節を見れば、イエスは地上で生活している洗礼ヨハネを指して、エリヤであると言われた。イエスがこのように言われた理由は、エリヤが洗礼ヨハネに再臨して、彼をして、自分が地上で完成されなかった使命まで代理に完成するように協助して、再臨復活の目的達成をさせようとしていたので、使命的に見れば、洗礼ヨハネの肉身は、正に、エリヤの肉身の身代わりともなるからである。

マタイ福音書二七章52節を見れば、イエスが十字架で亡くなられるとき、墓が開け、眠っていた多くの聖徒たちの死体が生き返ったと記録されている。これは、土の中で既に腐ってなくなってしまった彼らの肉身が、再び原状どおりに肉身をとって生き返ったことをいうのではない。それは、どこまでも霊形体級の霊人体として、霊界にとどまっていた旧約時代の霊人たちが、イエスの十字架の贖罪の恵沢圏内における地上の聖徒たちを、生命体として完成できるように協助することによって、彼らの能力を受け、自分たちも共に生命体を完成するために、霊的に再臨したのを見て記録したにすぎない。もしも、聖書の文字どおりに、旧約時代の霊人たちが墓の中から肉身をとって、再び生き返ったとすれば、彼らは必ず、イエスがメシヤである事実を証したはずである。墓の中から生き返った信徒たちが証すイエスを、メシヤとして信じないユダヤ人がどこにいるだろうか。このような聖徒たちに関する行跡は、必ず聖書の記録に残ったであろうし、また今も地上に住んでいるはずである。しかし、彼らが墓の中から生き返ったという事実以外には、何の記録も残っていない。これから推してみても、墓の中からよみがえったと記録されているその聖徒たちは、霊眼が開けた信徒たちだけが、しばらくの間だけ見ることのできた、霊人たちの現象であったことが分かるのである。イエスの十字架の贖罪によって行くことのできる楽園に比較すれば、旧約時代の霊人たちがとどまっていた所は、より暗くつらい世界であるので、これを墓と言ったのである。

 

A) 完成再臨復活

新約時代に、地上でイエスを信じて楽園に行った生命体級の霊人たちは、メシヤが再臨されたのち、全部地上に再臨するようになる。その霊人たちは、地上の聖徒たちをして、再臨されたイエスを信奉して生霊体級の霊人体を完成するように協助することによって、彼らも同様な恵沢を受けて、生霊体を完成するようになるのである。そして、この地上の聖徒たちが肉身を脱いで天国に入るときには、その霊人たちも彼らと共に天国に入るようになるのである。このような復活摂理を完成再臨復活摂理と称する。このような摂理において見るとき、霊人たちが地上人たちを協助することはいうまでもなく、結果的に見て、地上人たちも霊人たちの復活摂理のために協助するのだということも、我々はまた理解することができる。

ヘブル書一一章39節以下に「さて、これらの人々(旧約時代の聖賢たち)はみな、信仰によってあかしされたが、約束(天国に入る許可)のものは受けなかった。神はわたしたち(地上人)のために、さらに良いもの(天国)をあらかじめ備えて下さっているので、わたしたち(地上人)をほかにしては彼ら(霊人たち)が全うされることはない」と記録されているみ言は、結局、既に説明した事実を実証したものといえる。すなわち、この節は、霊界にいるすべての霊人たちは、地上人の協助を受けずには完成できない、という原理を証したものである。マタイ福音書一八章18節に記録されている「あなたがた(地上の聖徒)が地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう」と言われたみ言も、結局、地上の聖徒たちが解いてやらなければ、霊人たちにつながれたものが解かれないという事実を証したのである。このように霊人たちは地上の聖徒たちに再臨して、協助してこそ復活できるようになっている。ゆえに、マタイ福音書一六章19節で見るように、天国の門の鍵を、地上の聖徒たちの代表ペテロに授けて、彼をして天国の門を地上で開くようにされたのである。

 

B 楽園以外の霊人たちの再臨復活

まずキリスト教以外の他宗教を信じていた霊人たちは、いかにして再臨復活するか調べてみることにしよう。人間がある目的を共同に成し遂げるためには、必ずお互いに相対基準を造成しなければならないように、地上の人間と霊人たちも、共同に復帰摂理のある目的を成就するためには、お互いに、相対基準を造成しなければならない。それゆえに、復活のために再臨する霊人たちは、自分たちが地上で生存したとき信奉していたのと同じ宗教を信じている地上人の中で、その対象になれる信徒を選んで再臨するのである。そして、復帰摂理の目的が成就されるように彼らに協助して、彼らと同様の恵沢を受けるようになるのである。

第二に、地上で宗教生活をしなかったが、良心的に生きた善良な霊人たちは、いかにして再臨復活するかということについて調べてみることにしよう。原罪を脱げなかった堕落人間の中には、絶対的な善人はあり得ない。それゆえに、ここで善霊というのは、悪の性質よりも善の性質を少しでも多くもっている霊人たちをいうのである。このような善なる霊人たちは、地上の善人たちに再臨して、彼らをして神の復帰摂理の目的を成就せしめるように協助することによって、ついに彼らと同一の恵沢を受けるようになるのである。

第三に、悪霊人たちはいかにして再臨復活するのだろうか。マタイ福音書二五章41節に「悪魔とその使たち」という言葉がある。この使いは、正に悪魔の教唆を受けて動く悪霊人体をいうのである。世にいわゆる幽霊という正体不明の霊的存在は、正に、このような悪霊人体をいうのである。ところで、このような悪霊たちも、やはり、再臨して時代的恵沢を受けるようになるのである。しかし、悪霊人たちの業が、みな再臨復活の恵沢を受けられるような結果をもたらすのではない。その業が、結果的に神の罰として、地上人の罪を清算させるような蕩減条件として立てられたときに、初めてその悪霊人たちは、再臨復活の恵沢を受けるようになるのである。それでは、悪霊の業がどんな具合に天を代理して、審判の行使を代理した結果をもたらすのだろうか。

ここに実例を一つ挙げてみることにしよう。復帰摂理の時代的な恵沢によって、家庭的な恵沢圏から種族的な恵沢圏に移行される一人の地上人がいるとしよう。しかし、この人に自分自身、あるいはその祖先が犯したある罪が残っているならば、それに該当するある蕩減条件を立ててその罪を清算しなければ、氏族的な恵沢圏に移ることができなくなっている。このとき、天は悪霊人をして、その罪に対する罰として、この地上人に苦痛を与える業をなさしめる。このようなとき、地上人がその悪霊人の与える苦痛を甘受すれば、これを蕩減条件として、彼は家庭的な恵沢圏から氏族的な恵沢圏に入ることができるのである。このとき、彼に苦痛を与えた悪霊人も、それに該当する恵沢を受けるようになる。このようにして、復帰摂理は、時代的な恵沢によって、家庭的な恵沢圏から氏族的な恵沢圏へ、なお一歩進んで民族的なものから、ついには世界的なものへと、だんだんその恵沢の範囲を広めていくのである。こうして、新しい時代的な恵沢圏に移るごとに、その摂理を担当した人物は、必ずそれ自身とか、あるいはその祖先が犯した罪に対する蕩減条件を立てて、それを清算しなければならないのである。また、このような悪霊の業によって、地上人の蕩減条件を立てさせるとき、そこには次のような二つの方法がある。

第一に、悪霊人をして、直接その地上人に接して悪の業をさせて、その地上人が自ら清算すべき罪に対する蕩減条件を立てていく方法である。第二には、その悪霊人がある地上人に直接働くのと同じ程度の犯罪を行おうとする、他の地上の悪人に、その悪霊人を再臨させ、この悪人が実体として、その地上人に悪の業をさせることによって、その地上人が自ら清算すべき罪に対する蕩減条件を立てていく方法である。

このようなとき、その地上人が、この悪霊の業を当然のこととして喜んで受け入れれば、彼は自分かあるいはその祖先が犯した罪に対する蕩減条件を立てることができるのであるから、その罪を清算し、新しい時代の恵沢圏内に移ることができるのである。このようになれば、悪霊人の業は、天の代わりに地上人の罪に対する審判の行使をした結果になるのである。それゆえに、その業によって、この悪霊人も、その地上人と同様な恵沢を受け、新しい時代の恵沢圏に入ることができるのである。

 

(四) 再臨復活から見た輪廻説

 

神の復帰摂理は、その全体的な目的を完成なさるために、各個体を召され、その各個体に適合した使命を分担させてこられた。そして、人間がこの使命を継続的に彼と同一の型の個体へと伝承しながら、悠久なる歴史の期間を通じて、その分担された使命分野を漸次完遂するように導かれたのである。

復帰摂理は個人から出発して、家庭と民族を経て、世界を越え、天宙まで復帰していくのである。それゆえに、個人に任せられた使命は、たとえ部分的なものであっても、その型は個人型から始まって、家庭と民族と世界の各型へと、その範囲を広めてきたのである。聖書でその例を挙げれば、アブラハムは個人型または家庭型であり、モーセは民族型であり、イエスは世界型であった。

ところで、地上で自分の使命を完成できずに去った霊人たちは、各々自分たちが地上で受けもったのと同じ使命をもった同型の地上人に再臨して、そのみ旨が成就するように協助するのである。このときに、その協助を受ける地上人は、自分自身の使命を果たすと同時に、自分を協助する霊人の使命までも代理に成し遂げるのである。ゆえに、この使命を中心として見れば、その地上人の肉身は、彼を協助する霊人の肉身ともなるのである。このようになれば、その地上人は彼を協助している霊人の再臨者となるので、その地上人はしばしば彼を協助する霊人の名前で呼ばれるのである。このようなわけで、地上人はしばしば、霊人が輪廻転生した実体のように現れるようになるのである。聖書でこれに関する例を挙げてみれば、洗礼ヨハネはエリヤの協助を受けて、彼の目的を立てていったので、彼はエリヤが地上にいるとき完成できなかった使命まで、みな完遂してやらなければならなかった。したがって、洗礼ヨハネの肉身は、エリヤの肉身の代理でもあったので、イエスは、洗礼ヨハネをエリヤであると言われた(本章第二節(三)A)。

終末において、世界型の分担使命を受けもった地上人たちは、各々過去に彼と同型の使命をもって、地上を経て行ったすべての霊人の責任分担を、みな継承して完遂すべき立場にいるのである。したがって、すべての霊人は地上人たちに再臨し、彼に協助することによって、彼らが地上にいるとき、完成できなかった使命を完遂させるのである。それゆえに、霊人たちの協助を受ける地上人は、彼に協助するすべての霊人たちの再臨者であり、したがって、その地上人はすべての霊人たちがよみがえったかのように見られるのである。終わりの日に、自分が再臨のイエス、弥勒仏、釈迦、孔子、あるいはオリーブの木、あるいは生命の木などと自称する人たちが多く現れる理由はここにある。仏教で輪廻転生を主張するようになったのは、このような再臨復活の原理を知らないで、ただ、その現れる結果だけを見て判断したために生まれてきたのである。

 

第三節 再臨復活による宗教統一

 

(一) 再臨復活によるキリスト教統一

 

既に、本章第二節(三)Aで詳述したように、楽園にとどまっている生命体級の霊人たちは、再臨されたイエスを信じ侍ることによって、生霊体級の霊人体を完成することのできる地上の信徒たちに再臨するのである。それから、彼らをして復帰摂理のみ旨を成し遂げるように協助して、彼らと同じ恵沢を受け、天国に入るようになる。したがって、イエスの再臨期には、楽園にいるすべての霊人たちが共に地上の信徒たちに再臨して、彼らに協助する摂理をしなければならなくなるのである。

各個体の信仰態度と、彼がもっている天稟、また、み旨のために立てられた祖先の功績などにより、その時機は各々異なるが、前節で既に説明したような立場から、地上の信徒たちは、楽園にいる霊人たちの協助によって、再臨主の前に出て、み旨のために献身せざるを得なくなるのである。ゆえに、キリスト教は自然に統一されるようになる。

 

(二) 再臨復活による他のすべての宗教の統一

 

既に、終末論で論じたように、今まで同一の目的を指向してきたすべての宗教が、一つのキリスト教文化圏へ次第に吸収されつつある歴史的事実を、我々は否定することができない。それゆえに、キリスト教はキリスト教だけのための宗教ではなく、過去歴史上に現れたすべての宗教の目的までも、共に成就しなければならない最終的な使命をもって現れた宗教である。それゆえに、キリスト教の中心として来られる再臨主は、結局、仏教で再臨すると信じられている弥勒仏にもなるし、儒教で顕現するといって待ち望んでいる真人にもなる。そして彼はまた、それ以外のすべての宗教で、各々彼らの前に顕現するだろうと信じられている、その中心存在ともなるのである。

このように、キリスト教で待ち望んでいる再臨のイエスは、他のすべての宗教で再臨すると信じられているその中心人物でもあるので、他の宗教を信じて他界した霊人たちも、彼がもっている霊的な位置に従って、それに適応する時機は各々異なるが、再臨復活の恵沢を受けるために、楽園にいる霊人たちと同じく再臨しなければならない。そして、各自が地上にいたとき信じていた宗教と同じ宗教をもつ地上の信徒たちを、再臨されたイエスの前に導いて、彼を信じ侍らせることによって、み旨を完成するように、協助せざるを得なくなるのである。したがって、すべての宗教は結局、キリスト教を中心として統一されるようになるのである。

 

(三) 再臨復活による非宗教人の統一

 

いかなる宗教も信じないで、ただ、良心的に生活して他界した霊人たちも、再臨復活の恵沢を受けるために、各々彼らに許されている時機に、みな地上に再臨するのである。そして、彼らも良心的な地上人をして、再臨主を信じ侍って、そのみ旨を完成するように協助するようになるのである。マタイ福音書二章2節以下の記録によれば、イエスの誕生のとき、占星術者(東方博士)たちが、イエスを訪ねてきて敬拝して贈り物をささげたとあるが、これはこのような例に属するものといえる。

神の復帰摂理の究極の目的は、全人類を救うところにある。ゆえに、神は各々の罪を蕩減するのに必要な期間だけを経過すれば、地獄までも完全に撤廃なさろうとするのである。もし、神の善の目的が完成された被造世界に、地獄が永遠にそのまま残っているとすれば、結果的に、神の創造理想や復帰摂理はいうまでもなく、神までも不完全な方になってしまうという、矛盾をきたすようになる。

堕落人間においても、その一人の子女でも不幸になれば、決して幸福になることができないのが、父母の心情である。まして、天の父母なる神が幸福になり給うことができようか。ペテロU三章9節を見れば、「ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである」と記録されている。したがって、神の願うみ旨のとおり、成就されるべき理想世界に、地獄が永遠なるものとして残ることはできない。そしてマタイ福音書八章29節を見れば、イエスの当時、直接サタンがイエスを神の子であると証したように、終末の日においても、ときが至れば、悪霊人たちまでも、各々同級の地上の悪人たちに再臨して、彼らがみ旨のためになるように協助することによって、結局、悠久なる時間を経過しながら、次第に創造目的を完成する方向へ統一されていくのである。

 

予定論

第六章 予 定 論

 

第一節 み旨に対する予定

第二節 み旨成就に対する予定

第三節 人間に対する予定

第四節 予定説の根拠となる聖句の解明

 

 

古今を通じて、予定説に対する神学的論争は、信徒たちの信仰生活の実践において、少なからぬ混乱を引き起こしてきたことは事実である。それでは、どうしてこのような結果をもたらしたのかということを、我々は知らなければならない。

 

聖書には、人生の栄枯盛衰や、幸不幸はもちろん、堕落人間の救いの在り方から、国家の興亡盛衰に至るまで、すべてが神の予定によってなされると解釈できる聖句が多くある。この例を挙げれば、ロマ書八章29節以下に、「神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである」とある。また、ロマ書九章15節以下には「『わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ』。ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである」と言われ、ロマ書九章21節には、「陶器を造る者は、同じ土くれから、一つを尊い器に、他を卑しい器に造りあげる権能がないのであろうか」と言われた。それのみならず、ロマ書九章11節以下に、神は胎中にいるときから、ヤコブを愛し、エサウを憎んで、長子であるエサウは次子であるヤコブに仕えるであろうと言われた。

 

このように、完全に予定説を立てることのできる聖書的な根拠が多くある。しかし、我々は、このような予定説を否定する他の聖書的な根拠も多くあるということを忘れてはならない。例を挙げれば、創世記二章17節に、人間始祖の堕落を防ぐために、「取って食べてはならない」と警告されたのを見れば、人間の堕落は、どこまでも、神の予定からもたらされたものではなく、人間自身が、神の命令に従わなかった結果であるということは明らかである。また、創世記六章6節には、人間始祖が堕落してしまったので、神は人間をつくったことを悔いて嘆息なさったという記録があるが、もしも、人間が神の予定によって堕落したとすれば、神御自身の予定どおりに堕落した人間を前にして、嘆かれるはずはないのである。また、ヨハネ福音書三章16節に、イエスを信ずれば、だれでも救いを受けると言われたが、このみ言は、すなわち、滅ぼされるように予定された人は一人もいないということを意味するのである。

 

だれでもよく知っている聖句、マタイ福音書七章7節に、「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう」と言われたみ言を見れば、すべてのことが神の予定のみによってなされるのではなく、人間の努力によっても左右されるということが分かるのである。もしすべてのみ旨の成就が、神の予定によってのみなされるのであれば、何のために人間の努力を強調する必要があるであろうか。ヤコブ書五章14節に、病んでいる者は祈ってもらうがよいというみ言があるのを見れば、病むことも、また、治ることも、やはり、みな神の予定のみによってなされるのではないということが分かる。もし、すべてのことが、神の予定の中で、避けることのできない運命として決定されるのだとすれば、人間は苦労して祈祷する必要もないであろう。

 

従来の予定説をそのまま認めれば、祈祷とか、伝道とか、慈善行為など人間のすべての努力は、神の復帰摂理にとって何らの助けにもならないし、全く無意味なことといわなければなるまい。なぜならば、絶対者たる神が予定されたことであれば、それもやはり、絶対的であるがゆえに、人間の努力によっては、変更できないからである。

 

このように、予定説をめぐって賛否両論があり、そしてそのどちらも、自説の正しさを裏付ける聖書の文字的な根拠が十分にあるのである。それならば、このような問題が、原理によっていかに解決できるのだろうか。予定論に対する問題を、我々は次のように分けて考えてみることにしよう。

 

 

第一節 み旨に対する予定

 

神のみ旨に対する予定を論ずるために、我々は、「み旨」とは何であるかということについて、先に調べてみよう。神は人間の堕落によって、創造目的を完成することができなかった。したがって、堕落した人間たちに対して摂理される神のみ旨は、あくまでも、この創造目的を復帰することにある。言い換えれば、この「み旨」は、復帰摂理の目的の完成をいうのである。

 

つぎに、我々は神がこのようなみ旨を予定されて、これを成就なさるということを知らなければならない。神は人間を創造されて、創造目的を完成するみ旨を立てられたが、人間の堕落により、そのみ旨を達成できなかったので、神はそのみ旨を完遂なさるために、それを再び予定して、復帰摂理をされるのである。

 

その際、神はどこまでも、このみ旨を善として予定して達成されなければならないのであって、悪として予定して成就し給うことはできない。なぜならば、神は善の主体であるので、創造目的も善であり、したがって、復帰摂理の目的も善で、その目的を成就する「み旨」もまた善でなければならないからである。ゆえに、神は創造目的を成し遂げるのにそれに対して反対になるとか、障害となるものを予定なさることはできない。そういうわけで、人間の堕落とか、堕落人間に対する審判とか、あるいは、宇宙の滅亡などを予定なさることは全くできないのである。もしも、このような悪の結果さえも、神の予定から生ずる必然的なものであるとすれば、神は善の主体であるということはできない。また、神御自身が予定したとおりになった悪の結果に対して、後悔してはならないのである。神は堕落した人間を見て嘆息された(創六・6)。また、不信仰に陥ったサウル王を見て、サウルを王として選んだことを後悔された(サムエル上一五・11)。これは、それらがみな予定によってなった結果ではないことを明らかに示している。悪の結果は、みな人間自身がサタンの対象になって、その責任分担を果たさなかったことによって起こるのである。

 

では、神が創造目的を復帰されるみ旨を予定されるに当たって、どの程度にまで予定されて摂理なさるのだろうか。神は唯一であり、永遠であり、不変であり、絶対者であられるので、神の創造目的もやはりそのようにならざるを得ない。したがって、創造目的を再び完成させようとする復帰摂理のみ旨も唯一であり、不変であり、また絶対的でなければならない。それゆえ、このみ旨に対する予定も、また絶対的であることはいうまでもない(イザヤ四六・11)。このように、み旨を絶対的なものとして予定されたのであるから、もしこのみ旨のために立てた人物がそれを完成できなかったときには、神はその代理として、他の人物を立ててでも、最後まで、このみ旨を摂理していかなければならないのである。

 

その例を挙げれば、アダムを中心として創造目的を完成させようとしたみ旨は達成できなかったが、このみ旨に対する予定は絶対的なので、神はイエスを後のアダムとして降臨させて、彼を中心としてみ旨を復帰させようとされた。そればかりでなく、ユダヤ人の不信によって、このみ旨がまた完成できなかったので(前編第四章第一節(二))、イエスは再臨されてまでも、このみ旨を必ず完遂することを約束なさったのである(マタイ一六・27)。また、神はアダムの家庭で、カインとアベルを中心とした摂理において「メシヤのための家庭的な基台」を立てさせようとされた。しかし、カインがアベルを殺害することによって、このみ旨は成し遂げられなかった。ゆえに、その代理にノアの家庭を立てて摂理されたのである。更に進んでノアの家庭が、またこのみ旨を完成できなかったとき、神はその身代わりにアブラハムを立ててでも、どうしてもそのみ旨を完成なさらなければならなかった。神はまた、アベルによって成就できなかったみ旨を、その身代わりとしてセツを立てて成し遂げようとされたのであり(創四・25)、また、モーセによって成し遂げられなかったみ旨を、その身代わりにヨシュアを立てて、成就させようとされた(ヨシュア一・5)。そして、イスカリオテのユダの反逆によって完成できなかったみ旨は、その身代わりとしてのマッテヤを選んで成し遂げようとされたのであった(使徒一・26)。

 

 

第二節 み旨成就に対する予定

 

創造原理によって、既に明らかにしたように、神の創造目的は、人間がその責任分担を完遂することによってのみ完成できるようになっている。したがって、この目的を再び成就させようとする復帰摂理のみ旨は、絶対的なものなので、人間は関与できないが、そのみ旨の成就に当たっては、あくまでも、人間の責任分担が加担されなければならない。それゆえに、アダムとエバを中心とする神の創造目的は、事実上、善悪の果を取って食べないで、彼らに任された責任分担を、彼ら自身が完遂することによってのみ、完成されるようになっていた(創二・17)。したがって、復帰摂理の目的を完成されるに当たっても、その使命を担当した中心人物が、その責任分担を遂行することによってのみ、そのみ旨は成就されるのである。イエスも、救いの摂理の目的を完遂されるためには、ユダヤ人たちが彼を絶対に信じ従わなければならなかったが、彼らの不信仰によって、責任分担を全うできなかったので、このみ旨成就はやむを得ず、再臨のときまで延長されなければならなかったのである。

 

それでは、神はみ旨成就に対して、どの程度に予定されたのだろうか。既に論じたように、復帰摂理の目的を完成させようとされるみ旨は絶対的であるが、み旨成就は、どこまでも相対的であるので、神がなさる九五パーセントの責任分担に、その中心人物が担当すべき五パーセントの責任分担が加担されて、初めて、完成されるように予定されるのである。ここで、人間の責任分担五パーセントというのは、神の責任分担に比べて、ごく小さいものであるということを表示したものである。しかし、これが人間自身においては、一〇〇パーセントに該当するということを知らなければならない。これに対する例を挙げれば、アダムとエバを中心としたみ旨成就は、彼らが善悪を知る果を取って食べずに、責任分担を果たすことによって、成し遂げられるように予定されたのであった。ノアを中心とした復帰摂理も、ノアが箱舟をつくることに忠誠を尽くし、その責任分担を果たすことによってのみ、そのみ旨が完遂されるように予定されたのであった。また、イエスの救いの摂理も、堕落人間が彼をメシヤとして信奉し、責任分担を果たすことによって、初めて、そのみ旨が完成されるように予定されたのであった(ヨハネ三・16)。しかし、人間たちがこれらの小さな責任分担をも全うできなかったがゆえに神の復帰摂理は延長されたのである。

 

また、ヤコブ書五章15節には、「信仰による祈は、病んでいる人を救」うと記録されており、マルコ福音書五章34節には「あなたの信仰があなたを救った」と言われたみ言がある。マタイ福音書七章8節には、「すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえる」と言われた。このような聖句はみな、人間自身の責任分担遂行によってのみ、み旨が完成されるように予定されているという事実を証したのである。そうして、これらすべての立場において人間が担当した責任分担は、神がその責任分担として担当された苦労と恩賜に比べていかに微小なものかを知ることができる。また摂理における中心人物たちが、彼らの責任分担を全うしなかったがゆえに、復帰摂理を延長させてきたという事実を知るとき、この軽微な責任分担が、人間自身においては、いかに大きく、難しいことであったかが推察できるのである。

 

 

第三節 人間に対する予定

 

アダムとエバが、善悪を知る果を取って食べるなと言われた神のみ言を守り、自分たちの責任分担を果たしたならば、善の人間始祖となることができたのであった。したがって、神はアダムとエバが人間始祖となることを、絶対的なものとして予定なさることはできないのである。ゆえに、堕落した人間も、それ自身の責任分担を果たして、初めて神が予定された人物となることができるのであるから、神は彼らがいかなる人物になるかということを、絶対的なものとして予定なさることはできないのである。

 

では、神は人間をどの程度にまで予定なさるのだろうか。ある人物を中心とした神の「み旨成就」においては、人間自身があくまでもその責任分担を果たさなければならないという、必須的な要件がついている。つまり、神がある人物を、ある使命者として予定されるに当たっても、その予定のための九五パーセントの神の責任分担に対して、五パーセントの人間の責任分担の遂行を合わせて、その人物を中心とした「み旨」が一〇〇パーセント完成する、というかたちで、初めてその中心人物となれるように予定されるのである。それゆえ、その人物が自分の責任分担を全うしなければ、神が予定されたとおりの人物となることはできないのである。

 

例を挙げれば、神はモーセを召命なさるとき、彼が自分の責任分担を果たした場合にのみ、選民をカナンの福地まで導くことができる指導者となるように予定された(出エ三・10)。けれども、彼がカデシのメリバで磐石を二度打ったことによって神のみ意に逆らい、自分の責任を果たせなかったとき、その予定は達成されずに、目的地に向かっていく途中で死んでしまった(民数二〇・7〜12、二〇・24、二七・14)。また、神がイスカリオテのユダを選ばれるときも、彼が忠誠を尽くすことによって、自身の責任分担を果たして、初めて、イエスの弟子になれるように予定されたのである。しかし、彼が自身の責任を全うできなかったとき、その予定は崩れ、彼はかえって、反逆者となってしまったのである。また、神がユダヤ人たちを立てられるときも、彼らがイエスを信奉して、任された責任分担を果たした場合にのみ、栄光の選民となれるように予定された。しかしながら、彼らがイエスを十字架につけたので、この予定はされ、その民族は衰退してしまったのである。

 

つぎに、神の予定において、復帰摂理の中心人物となり得る条件はいかなるものであるかということについて調べてみることにしよう。神の救いの摂理の目的は、堕落した被造世界を、創造本然の世界へと完全に復帰することにある。ゆえに、その時機の差はあっても、堕落人間はだれでもみな、救いを受けるように予定されているのである(ペテロU三・9)。ところが、神の創造がそうであるように、神の再創造摂理である救いの摂理も、一時に成し遂げるわけにはいかない。一つから始まって、次第に、全体的に広められていくのである。神の摂理が、すべてこのようになっているので、救いの摂理のための予定においても、まず、その中心人物を予定して召命されるのである。

 

それでは、このように、召命を受けた中心人物は、いかなる条件を備えるべきであろうか。彼はまず、復帰摂理を担当した選民の一人として生まれなければならない。同じ選民の中でも、善なる功績が多い祖先の子孫でなければならない。同じ程度に善の功績が多い祖先の子孫であっても、その個体がみ旨を成就するのに必要な天稟を先天的にもつべきであり、また、同じく天稟をもった人間であっても、このための後天的な条件がみな具備されていなければならない。さらに、後天的な条件までが同じく具備された人物の中でも、より天が必要とする時機と場所に適合する個体を先に選ばれるのである。

 

 

第四節 予定説の根拠となる聖句の解明

 

我々は、神の予定に関するいろいろの問題について解明した。しかし、次に解くべき問題は、本章の序言において挙げた聖句のように、すべてが、神の絶対的な予定だけでなされるように記録されている聖句を、いかに解明すべきかということなのである。  まず、ロマ書八章29節から30節に記録されているように、「神はあらかじめ知っておられる者たちを……あらかじめ定め……あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さる」というみ言を解明してみよう。神は全知であられるから、いかなる人間が復帰摂理の中心人物になり得る条件(本章第三節)を備えているかを御存じである。そこで神は復帰摂理の目的を成し遂げるために、このように、あらかじめ知っておられる人物を予定して、召命なさるのである。しかし、召命なさる神の責任分担だけでは、彼が義とされて、栄光に浴するところにまで至ることはできない。彼は召命された立場で自分の責任を完遂するとき、初めて義とされることができる。義とされたのちに、初めて神が下さる栄華に浴することができる。それゆえ、神が下さる栄華も人間が責任分担を果たすことによってのみ、受けることができるように予定されるのである。ただ、聖句には人間の責任分担に対するみ言が省略されているために、それらが、ただ、神の絶対的な予定だけでなされるように見えるのである。

 

つぎに、ロマ書九章15節から16節には「『わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ』。ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである」との記録がある。既に解明したように、復帰摂理の目的を完成するためにどんな人物が一番適合するかということは、神だけがあらかじめ知っていて召命なさるのである。このような人物を選んで、哀れみ、あるいは慈しむのは、神の特権であり、人間の意志や努力によってできるのではない。したがって、この聖句は、どこまでも、神の権能と恩寵とを強調するために下さったみ言なのである。

 

また、ロマ書九章21節には、「陶器を造る者は、同じ土くれから、一つを尊い器に、他を卑しい器に造りあげる権能がないのであろうか」と言われた。神が人間に対して、その創造性に似るようにし、被造世界の主人として立て、一番愛するための条件として、人間の責任分担を立てられたことは既に述べた。ところが、人間はこの条件を自ら犯して堕落してしまった。それから堕落人間は、あたかも屑のように捨てられた存在となったのである。したがって、たとえ神がこのような人間をいかに取り扱おうとも、決して不平を言ってはならないというみ意を教示するために下さった聖句である。

 

ロマ書九章10節から13節には、神が胎中のときからヤコブは愛し、エサウは憎んで、更に長子エサウは、次子ヤコブに仕えるであろうと言われた。エサウとヤコブは腹中にあって、いまだ善とも悪とも、いかなる行動の結果も現すことができなかったにもかかわらず、神はエサウを憎み、ヤコブを愛したという理由はどこにあるのだろうか。これは復帰摂理路程のプログラムを合わせるためであった。このことに関して詳しくは、後編第一章の「アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理」において説明するが、エサウとヤコブを双生児として立たせたのは、彼らを各々、カインとアベルの立場に分立させて、アベルの立場にいるヤコブが、カインの立場にいるエサウを屈伏させることによって、アダムの家庭で、カインがアベルを殺害して達成できなかった長子の嗣業復帰のみ旨を蕩減復帰させるためであった。したがって、エサウはカインの立場にあるので、神の憎しみを受ける立場におり、反対にヤコブはアベルの立場におり、神の愛を受けられる立場であったから、このように言われたのである。

 

しかし、神が彼らを実際に憎むか愛するかは、あくまでも彼ら自身の責任分担遂行のいかんによって左右される問題だったのである。事実、エサウはヤコブに素直に屈伏したので、憎しみを受ける立場から、ヤコブと同じく愛の祝福を受ける立場へ移ったのである。逆に、いかに愛を受けられる立場に立たせられたヤコブであっても、もし、彼が自分の責任分担を完遂できなかったならば、彼は神の愛を受けることができないのである。

 

このように、復帰摂理の目的を完成するに当たって、神の責任分担と人間の責任分担との間には、果たしてどのような関係があるかを知らずに、すべての「み旨成就」を、神の単独行使として見てきたところに誤りが生じてくるのであり、カルヴィンのように、頑固な予定説を主張する人が出てくるのである。そしてまた、それが今日に至るまで、長い期間にわたって、そのまま認められてきてしまったのである。

 

キリスト論

第七章 キ リ ス ト 論

 

第一節 創造目的を完成した人間の価値

第二節 創造目的を完成した人間とイエス

第三節 堕落人間とイエス

第四節 重生論と三位一体論

 

 

 

救いを望んでいる堕落人間においては解決すべき問題が多い。その中でも重要なものは、神を中心とするイエスと聖霊との関係、イエスと聖霊と堕落人間との関係、重生と三位一体など、キリスト論に関する諸問題である。しかし、今日に至るまで、だれもこの問題に関する明確な解答を得ることができなかった。このような問題が未解決であるということによって、これまでキリスト教の教理と信仰生活に、少なからず混乱を引き起こしてきたのである。ところで、この問題を解決するためには、創造本然の人間の価値が、いかなるものであるかを知らなければならないので、この問題について先に論じたのち、上記の諸問題を扱うことにしよう。

 

 

第一節 創造目的を完成した人間の価値

 

創造目的を完成した人間、すなわち、完成したアダムの価値を、我々は次のような観点から論じてみよう。

 

 第一に、神と完成した人間との二性性相的な関係から述べてみることにしよう。創造原理によれば、人間は神の二性性相に似て心と体とに創造されている。そして、神と完成した人間との間にも、二性性相的な関係があるので、この関係は、人間の心と体との関係に例えることができる。無形の心に似るように、その実体対象として創造されたのが体であるように、無形の神に似るように、その実体対象として創造されたのが人間である。そこで、完成した人間において、心と体とが神を中心として一つになればお互いに分離することができないように、神と完成した人間とが四位基台をつくって一体となれば、人間は神の心情を完全に体恤できる生活をするようになるので、この関係は断ちきろうとしても断ちきることができないのである。このように、創造目的を完成した人間は、神が常に宿ることができる宮となり(コリントT三・16)、神性をもつようになる(前編第一章第三節(二))。このようになれば、イエスが言われたとおり、人間は天の父が完全であられるように、完全な人間となるのである(マタイ五・48)。ゆえに、創造目的を完成した人間は、どこまでも、神のような価値をもつようになる。

 

第二に、人間創造の目的を中心として、その価値を論じてみることにしよう。神が人間を創造された目的は、人間を通して、喜びを得るためであった。ところで、人間はだれでも、他の人がもっていない特性を各々もっているので、その数がいくら多く増えたとしても、個性が全く同じ人は一人もいない。したがって、神に内在しているある個性体の主体的な二性性相に対する刺激的な喜びを、相対的に起こすことができる実体対象は、その二性性相の実体として展開されたその一個性体しかないのである(前編第一章第三節(二))。ゆえに、創造目的を完成した人間はだれでもこの宇宙間において、唯一無二の存在である。釈迦が「天上天下唯我独尊」と言われたのは、このような原理から見て妥当である。

 

第三に、人間と被造世界との関係から見たその価値について調べてみることにしよう。我々は、創造原理によって人間と被造世界との関係を知ることにより、完成した人間の価値がいかなるものであるかを知ることができる。人間は霊人体では無形世界を、肉身では有形世界を、各々主管するように創造されている。それゆえに、創造目的を完成した人間は、全被造世界の主管者となるのである(創一・28)。このように、人間には肉身と霊人体とがあって、有形、無形二つの世界を主管できるようになっているので、この二つの世界は、人間を媒介体として、お互いに授受作用をすることにより、初めて、神の実体対象としての世界をつくるのである。

 

我々は、創造原理によって、人間の二性性相を実体で展開したのが被造世界である、という事実を知っている。したがって、人間の霊人体は無形世界を総合した実体相であり、その肉身は有形世界を総合した実体相である。ゆえに、創造目的を完成した人間は、天宙を総合した実体相となるのである。人間を小宇宙であるという理由はここにある。マタイ福音書一六章26節に、イエスが、「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか」と言われたのも、上記で述べたように、人間は天宙的な価値をもっているからである。

 

例えば、ここに一つの完全な機械があるとしよう。そして、この機械のすべての付属品が、この世界にただ一つずつしかなくて、それ以上求めることも、つくることもできないとすれば、その一つ一つの付属品は、いくらつまらない微々たるものであっても、全体に匹敵する価値をもっていることになる。これと同様に完成した人間の個体は、唯一無二の存在なので、彼がいくら微々たる存在であっても、実に、全天宙的な価値と同等であると見ることができるのである。

 

 

第二節 創造目的を完成した人間とイエス

 

 

(一) 生命の木復帰から見た完成したアダムとイエス

 

人類歴史は、エデンの園で失った生命の木を(創三・24)、歴史の終末の世界で復帰して(黙二二・14)、地上天国をつくろうとする復帰摂理の歴史である。我々は、エデンの園の生命の木と(創二・9)、終末の世界で復帰される生命の木とが(黙二二・14)、いかなる関係をもっているかを知ることによって、完成したアダムとイエスとの関係を知ることができるのである。

 

堕落論で、既に詳しく述べたが、アダムが創造理想を完成した男性になったとしたならば、彼は正に、創世記二章9節の生命の木になり、彼の子孫もみな生命の木になったはずである。しかし、アダムが堕落して、このみ旨が完成されなかったので(創三・24)、堕落人間の希望は、この生命の木に復帰されることにかけられた(箴一三・12、黙二二・14)。しかし、堕落した人間は、彼自身の力では、到底、生命の木に復帰することができないので、ここに必ず、創造理想を完成した一人の男性が、生命の木として来られて、万民が彼に接ぎ木されなければならなくなっている。このような男性として来られる方が、すなわち黙示録二二章14節に、生命の木として表象されているイエスなのである。ゆえに、エデンの園の生命の木として象徴されている、完成されたアダムと、黙示録二二章14節に、生命の木として例えられているイエスとは、いずれも創造理想を完成した男性であるということからして、その点から見れば互いに何ら異なることがないということを、我々は知ることができる。したがって、創造本然の価値においても、その間に、何らの差異もあるはずがないのである。

 

(二) 創造目的の完成から見た人間とイエス

 

我々は、既に本章第一節で、完成した人間の価値がどんなものであるかを説明した。そこで、我々は、ここにおいて、完成した人間とイエスとは、いかなる差異があるかという点を考察してみることにしよう。これまで述べたことによって分かるように、完成した人間は、創造目的から見れば、神が完全であられるように完全になって(マタイ五・48)、神のような神性をもつはずの価値的な存在である。神が永遠なるお方であるので、その実体対象として創造された人間も、やはり、完成すれば、永遠なるものとして存在せざるを得ない。その上、完成した人間は、唯一無二の存在であり、全被造世界の主人であるがゆえに、彼なしには、天宙の存在価値も、完全になることはできないのである。したがって、人間は、天宙的な価値の存在である。イエスは、正に、このような価値をもっておられる方である。しかし、イエスがもっておられる価値がいくら大きいといっても、既に列挙したように、創造理想を完成した男性がもっている価値以上のものをもつことはできない。このようにイエスは、あくまでも創造目的を完成した人間として来られた方であることを、我々は否定できないのである。原理は、これまで多くの信徒たちが信じてきたように、イエスを神であると信じる信仰に対しては異議がない。なぜなら、完成した人間が神と一体であるということは事実だからである。また原理が、イエスに対して、彼は創造目的を完成した一人の人間であると主張したとしても、彼の価値を決して少しも下げるものではない。ただ、創造原理は、完成された創造本然の人間の価値を、イエスの価値と同等の立場に引きあげるだけである。我々は、既に、イエスはどこまでも、創造目的を完成した一人の人間であることを論じた。そこで、これを立証できる聖書的根拠を探してみることにしよう。テモテT二章5節に、「神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである」と記録されてあり、また、ロマ書五章19節には、「ひとりの人(アダム)の不従順によって、多くの人が罪人とされたと同じように、ひとり(イエス)の従順によって、多くの人が義人とされるのである」と記録されている。また、コリントT一五章21節には、「死がひとりの人(アダム)によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人(イエス)によってこなければならない」と表明されている。使徒行伝一七章31節には、「神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている」と言い、ルカ福音書一七章26節には、「ノアの時にあったように、人の子の時にも同様なことが起るであろう」と言われた。このように聖書は、どこまでも、イエスが人間であることを明らかに示している。特にイエスは人類を新たに生み直してくださる真の父母として来られる方であるから、その点から見ても、人間として降臨なさらなければならないのである。

 

(三) イエスは神御自身であられるのだろうか

 

ピリポがイエスに、神を見せてくださいと言ったとき、イエスはピリポに、「わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。わたしが父におり、父がわたしにおられることをあなたは信じないのか」(ヨハネ一四・9、10)と答えられた。また、聖書の他のところには、「世は彼(イエス)によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた」(ヨハネ一・10)と言われたみ言があり、「アブラハムの生れる前からわたし(イエス)は、いるのである」(ヨハネ八・58)と記録されている。このような聖句を根拠として、今までの多くの信仰者たちは、イエスを創造主、神であると信じてきた。

 

前に論証したように、イエスは創造目的を完成した人間として、神と一体であられるので、彼の神性から見て彼を神ともいえる。しかし、彼はあくまでも神御自身となることはできないのである。神とイエスとの関係は、心と体との関係に例えて考えられる。体は心に似た実体対象として、心と一体をなしているので、第二の心といえるが、体は心それ自体ではない。これと同じく、イエスも神と一体をなしているので、第二の神とはいえるが、神御自身になることはできない。そういうわけで、ヨハネ福音書一四章9節から10節のみ言どおり、彼を見たのは、すなわち、神を見たことになるのも事実であるが、このみ言は、イエスが正に、神そのものであるという意味で言われたのではない。

 

ヨハネ福音書一章14節には、イエスはみ言が肉身となった方であると記されている。これは、イエスがみ言の実体として完成された方、すなわち道成人身者であることを意味するのである。ところが、ヨハネ福音書一章3節を見れば、万物世界はみ言によって創造されたと記録されており、ヨハネ福音書一章10節には、この世界がイエスによって創造されたと記録されているので、結局、イエスを創造主であると見るようになった。しかし、創造原理によれば、被造世界は個性を完成した人間の性相と形状を実体に展開したものであるがゆえに、創造目的を完成した人間は、被造世界を総合した実体相であり、また、その和動の中心でもある。ゆえに、このような意味から、この世は完成した人間によって創造されたともいえるのである。また、神は人間がそれ自体の責任分担を全うし完成すれば、その人間に神の創造性を与え、彼をして万物世界に対する創造主の立場に立たせようとなさるのである。このような角度から見るとき、ヨハネ福音書一章10節の記録は、あくまでも、イエスは、創造目的を完成した人間であるという事実を明らかにしただけで、彼が、すなわち、創造主御自身であるということを意味するものではないという事実を、我々は知ることができるのである。

 

イエスは血統的に見れば、アブラハムの子孫であるが、彼は全人類を重生させる人間祖先として来られたので、復帰摂理の立場から見れば、アブラハムの祖先になる。ゆえに、ヨハネ福音書八章58節に、イエスはアブラハムが生まれる前から私はいたと言われた。したがって、このみ言も、イエスが神御自身であるという意味から言われたのではないということを悟らなければならない。イエスは、地上においても、原罪がないという点を除けば、我々と少しも異なるところのない人間であられるし、また、復活後、霊界においても、弟子たちと異なるところのない霊人体としておられるのである。ただ、弟子たちは生命体級の霊人で、受けた光を反射するだけの存在であるのに比べて、イエスは、生霊体級の霊人として、燦爛たる光を発する発光体であるという点が違うだけである。

 

また、イエスは、復活後にも霊界で、地上におられたときと同様、神に祈祷しておられる(ロマ八・34)。もし、イエスが神御自身であられるならば、その御自身に対して、どうして祈祷することができるであろうか。この問題については、イエスも、神を父と呼び、自ら神でないことを明らかにしておられる(マタイ二七・46、ヨハネ一七・1)。もしも、イエスが神御自身であるならば、どうして、神がサタンの試練を受け、また、サタンから追われて十字架につけられるなどということがあり得るだろうか。また、イエスが十字架上で、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ二七・46)と言われたみ言を見ても、イエスが、神御自身でないことは明らかである。

 

 

第三節 堕落人間とイエス

 

 堕落した人間は、創造目的を完成した人間としての価値を備えていないので、自分より低級に創造された天使を仰ぎ見る程度の卑しい立場に落ちてしまった。しかし、イエスは創造目的を完成した人間としての価値をみな備えておられるので、天使をはじめ、すべての被造世界を主管する資格をもっておられたのである(コリントT一五・27)。また、堕落人間には原罪があるので、サタンの侵入できる条件がそのまま残っている。しかし、イエスには原罪がないので、サタンが侵入できる何らの条件もないのである。また、堕落人間は、神のみ旨とその心情を知ることができない。たとえ知ったとしても、それはごく部分的なものにすぎない。しかしイエスは、神のみ旨を完全に知っておられるとともに、その心情をも完全に体恤した立場において生活しておられるのである。

 

したがって、人間は堕落した状態にとどまっている限り、何らの価値もない存在であるが、真の父母としてのイエスによって重生され、原罪を脱いで善の子女になれば、イエスのように創造目的を完成した人間に復帰されるのである。それはちょうど、我々人間社会の父子の間において、父と子としての順位があるだけで、その本然の価値には少しの差異もないのと同じである。ゆえに、キリストは教会のかしらとなり(エペソ一・22)、我々は彼の体となり、また肢体となる(コリントT一二・27)。したがって、イエスは本神殿であり、我々は彼の分神殿となるのである。そして、イエスはぶどうの木であり、我々は彼の枝である(ヨハネ一五・5)。また、野のオリーブである我々は、もとのオリーブなるイエスに接がれることによって、オリーブとなることができるのである(ロマ一一・17)。ゆえに、イエスは私たちを友達と呼ばれ(ヨハネ一五・14)、また、彼(イエス)が現れるとき、私たちも彼に似るものとなることを知っている(ヨハネT三・2)という聖句もある。そして、聖書は、復活するのは「最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち」であることをも明らかにしている(コリントT一五・23)のである。

 

 

第四節 重生論と三位一体論

 

三位一体論は、今日に至るまで、神学界で一番解決し難い問題の中の一つとして論じられてきた。そして、だれもがよく分かっているようで、実際には、その根本的な意味を知らないままに過ぎてきた問題の中の一つが、すなわち本項で扱う重生論である。

 

(一) 重  生  論

 

@ 重生の使命から見たイエスと聖霊

 イエスは、自分を訪ねてきたユダヤ人の官吏ニコデモに、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできないと言われた(ヨハネ三・3)。重生とは二度生まれるという意味である。では、人間はなぜ新たに生まれなければならないのであろうか。我々はここで、堕落人間が重生しなければならない理由について調べてみることにしよう。

 

アダムとエバが創造理想を完成して、人類の真の父母となったならば、彼らから生まれた子女たちは原罪がない善の子女となり、地上天国をつくったであろう。しかし、彼らは堕落して人類の悪の父母となったので、悪の子女を生み殖やして、地上地獄をつくることになったのである。したがって、イエスが、ニコデモに言われたみ言どおり、堕落した人間は原罪がない子女として新たに生まれ直さなければ、神の国を見ることができないのである。

 

我々を生んでくださるのは、父母でなければならない。それでは、堕落した我々を原罪がない子女として生んで、神の国に入らせてくださる善の父母は、いったいどなたなのであろうか。原罪のある悪の父母が、原罪のない善の子女を生むことはできない。したがって、この善の父母が、堕落人間たちの中にいるはずはない。それゆえに、善の父母は、天から降臨されなければならないのであるが、そのために来られた方こそがイエスであった。彼は堕落した子女を、原罪のない善の子女として新しく生み直し、地上天国をつくるその目的のために真の父として来られた方であった。ゆえに、ペテロT一章3節に、「イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ」というみ言がある。イエスは、アダムによって成し遂げられなかった真の父としての使命を全うするために来られたので、聖書では、彼を後のアダムといい(コリントT一五・45)、永遠の父といったのである(イザヤ九・6)。また、神は、預言者エリヤを再び送り、彼の力で堕落した人間の心を、父母として降臨されるイエスの方へ向けさせることによって、彼らをその子女となさしめると言われた(マラキ四・6)。そして、イエスが再臨されるときも、父の栄光のうちに来られる(マタイ一六・27)と言われたのである。

 

ところで、父は一人でどうして子女を生むことができるだろうか。堕落した子女を、善の子女として、新たに生み直してくださるためには、真の父と共に、真の母がいなければならない。罪悪の子女たちを新たに生んでくださるために、真の母として来られた方が、まさしく聖霊である。ゆえに、イエスはニコデモに、聖霊によって新たに生まれなければ、神の国に入ることができない(ヨハネ三・5)と言われたのである。

 

このように、聖霊は真の母として、また後のエバとして来られた方であるので、聖霊を女性神であると啓示を受ける人が多い。すなわち聖霊は女性神であられるので、聖霊を受けなくては、イエスの前に新婦として立つことができない。また、聖霊は慰労と感動の働きをなさるのであり(コリントT一二・3)、エバが犯した罪を蕩減復帰されるので、罪の悔い改めの業をしなければならないのである。さらに、イエスは男性であられるので、天(陽)において、また、聖霊は女性であられるので、地(陰)において、業(役事)をなさるのである。

 

A ロゴスの二性性相から見たイエスと聖霊

ロゴスという言葉はギリシャ語で、み言、あるいは理法という意味をもっている。ヨハネ福音書一章1節以下を見ると、ロゴスは神の対象で、神と授受をなすような関係の位置をとっているという意味のことが書かれている。ところで、ロゴスの主体である神が、二性性相としておられるので、その対象であるロゴスも、やはり二性性相とならざるを得ない。もし、ロゴスが二性性相になっていないならば、ロゴスで創造された被造物(ヨハネ一・3)も、二性性相になっているはずがない。このようなロゴスの二性性相が、神の形象的な実体対象として分立されたのが、アダムとエバであった(前編第一章第一節(一))。

 

アダムが創造理想を完成した男性、すなわち生命の木となり、エバが創造理想を完成した女性、すなわち善悪を知る木となって、人類の真の父母となったならば、そのときに、神の三大祝福が完成され、地上天国は成就されたはずであった。しかし、彼らが堕落したので、反対に、地上地獄になってしまった。それゆえ、堕落人間を再び生み直してくださるために、イエスは、後のアダム(コリントT一五・45)として、生命の木の使命をもって(黙二二・14)人類の真の父として来られたのである。このように考えてくると、ここに後のエバとして、善悪を知る木の使命をもった人類の真の母が(黙二二・17)、当然いなければならないということになる。これがすなわち、堕落した人間を、再び生んでくださる真の母として来られる聖霊なのである。

 

B イエスと聖霊による霊的重生

父母の愛がなくては、新たな命が生まれることはできない。それゆえ、我々がコリントT一二章3節に記録されているみ言のように、聖霊の感動によって、イエスを救い主として信じるようになれば、霊的な真の父であるイエスと、霊的な真の母である聖霊との授受作用によって生ずる霊的な真の父母の愛を受けるようになる。そうすればここで、彼を信じる信徒たちは、その愛によって新たな命が注入され、新しい霊的自我に重生されるのである。これを霊的重生という。ところが、人間は霊肉共に堕落したので、なお、肉的重生を受けることによって、原罪を清算しなければならないのである。イエスは、人間の肉的重生による肉的救いのため、必然的に、再臨されるようになるのである

 

(二) 三位一体論

 

創造原理によれば、正分合作用により、三対象目的を達成した四位基台の基盤なくしては、神の創造目的は完成されないことになっている。したがって、その目的を達成するためには、イエスと聖霊も、神の二性性相から実体的に分立された対象として立って、お互いに授受作用をして合性一体化することにより、神を中心とする四位基台をつくらなければならない。このとき、イエスと聖霊は、神を中心として一体となるのであるが、これがすなわち三位一体なのである。

 

元来、神がアダムとエバを創造された目的は、彼らを人類の真の父母に立て、合性一体化させて、神を中心とした四位基台をつくり、三位一体をなさしめるところにあった。もし、彼らが堕落しないで完成し、神を中心として、真の父母としての三位一体をつくり、善の子女を生み殖やしたならば、彼らの子孫も、やはり、神を中心とする善の夫婦となって、各々三位一体をなしたはずである。したがって、神の三大祝福完成による地上天国は、そのとき、既に完成されたはずであった。しかし、アダムとエバが堕落して、サタンを中心として四位基台を造成したので、サタンを中心とする三位一体となってしまった。ゆえに彼らの子孫もやはり、サタンを中心として三位一体を形成して、堕落した人間社会をつくってしまったのである。

 

それゆえ、神はイエスと聖霊を、後のアダムと後のエバとして立て、人類の真の父母として立たしめることにより、堕落人間を重生させて、彼らもまた、神を中心とする三位一体をなすようにしなければならないのである。しかし、イエスと聖霊とは、神を中心とする霊的な三位一体をつくることによって、霊的真の父母の使命を果たしただけで終わった。したがって、イエスと聖霊は霊的重生の使命だけをなさっているので、信徒たちも、やはり、霊的な三位一体としてのみ復帰され、いまだ、霊的子女の立場にとどまっているのである。ゆえに、イエスは自ら神を中心とする実体的な三位一体をつくり、霊肉共に真の父母となることによって、堕落人間を霊肉共に重生させ、彼らによって原罪を清算させて、神を中心とする実体的な三位一体をつくらせるために再臨されるのである。このようにして、堕落人間が神を中心として創造本然の四位基台を造成すれば、そのとき初めて、神の三大祝福を完成した地上天国が復帰されるのである。

 

緒論

1章 復帰基台摂理時代

2章 モーセとイエスを中心とする復帰摂理

3章 摂理歴史の各時代とその年数の形成

4章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代

5章 メシヤ再降臨準備時代

6章 再臨論

 

緒論

(一)蕩減復帰原理

(二)復帰摂理路程

(三)復帰摂理歴と「私」

 

 

 緒    論

復帰摂理とは、堕落した人間に創造目的を完成せしめるために、彼らを創造本然の人間に復帰していく神の摂理をいうのである。前編で既に論証したように、人間は長成期の完成級において堕落し、サタンの主管下におかれるようになってしまった。したがって、このような人間を復帰するためには、まず、サタンを分立する摂理をなさらなくてはならないのである。しかし、既にキリスト論において詳しく論じたように、堕落人間がサタンを分立して、堕落以前の本然の人間として復帰するには、原罪を取り除かなければならない。ところで、この原罪は、人間が、その真の父母として来られるメシヤによって重生されるのでなければ、取り除くことはできないのである。それゆえに、堕落した人間はサタン分立の路程を通して、アダムとエバが成長した基準、すなわち、長成期の完成級まで復帰した型を備えた基台の上でメシヤを迎え、重生することによって、アダムとエバの堕落以前の立場を復帰したのち、メシヤに従って更に成長し、そこで初めて創造目的を完成することができるのである。このように復帰摂理は、創造目的を再び成就するための再創造の摂理であるから、どこまでも原理によって摂理されなければならない。それゆえに、これを復帰原理というのである。我々はここにおいて、復帰摂理がどのようにして成就されるかということについて調べてみることにしよう。

 

(一)蕩減復帰原理

 

1) 蕩 減 復 帰

蕩減復帰原理に関する問題を論ずる前に、我々はまず、人間がその堕落によって、神とサタンとの間において、どのような立場におかれるようになったかということを知らなければならない。元来、人間始祖が堕落しないで完成し、神と心情において一体となることができたならば、彼らは神のみに対して生活する立場におかれるはずであった。しかし、彼らは堕落してサタンと血縁関係を結んだので、一方ではまた、サタンとも対応しなければならない立場におかれるようになったのである。したがって堕落直後、まだ原罪だけがあり、他の善行も悪行も行わなかったアダムとエバは、神とも、またサタンとも対応することができる中間位置におかれるようになった。それゆえ、アダムとエバの子孫たちもまた、そのような中間位置におかれるようになったのである。したがって、堕落社会において、イエスを信じなかった人でも、良心的な生活をした人は、このような中間位置にいるわけであるから、サタンは彼を地獄に連れていくことはできない。しかし、いくら良心的な生活をした人でも、その人がイエスを信じない限りは、神もまた、彼を楽園に連れていくことはできないのである。それゆえにこのような霊人は、霊界に行っても、楽園でも地獄でもない中間霊界にとどまるようになるのである。

それでは、このような中間位置にいる堕落人間を、神はどのようにしたらサタンから分立させることができるであろうか。サタンは元来、血統的な因縁をもって堕落した人間に対応しているのであるから、あくまでも人間自身が、神の前に出ることのできる一つの条件を立てない限り、無条件に彼を天の側に復帰させることはできないのである。一方においてサタンも、これまた人間の創造主が神であることを熟知しているので、堕落人間自身に再びサタンが侵入できる一つの条件が成立しない限りは、かかる人間を無条件に奪っていくことはできないのである。それゆえ、堕落人間は彼自身が善なる条件を立てたときには天の側に、悪なる条件を立てたときにはサタンの側に分立される。

アダムの家庭はこのような中間位置にいたので、神は彼らに供え物をささげるように命じられたのである。その理由は、神が彼らをして、供え物をそのみ意にかなうようにささげさせることによって、復帰摂理をなし得る立場に彼らを立たせようという目的があったからである。しかし、カインがアベルを殺害することによって、かえってサタンが彼らに侵入し得る条件が成立したのであった。神が堕落人間たちにイエスを送られたのも、彼らにイエスを信じさせて、天の側に立つようにさせるためであった。ところが、そのみ旨とは反対に、彼らがイエスを信じなかったので、当然そのままサタンの側にとどまらざるを得なかったのである。イエスが救い主であられると同時に、審判主でもあられる理由は実はここにある。

それでは、「蕩減復帰」というのはどういう意味なのであろうか。どのようなものであっても、その本来の位置と状態を失ったとき、それらを本来の位置と状態にまで復帰しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足る何らかの条件を立てなければならない。このような条件を立てることを「蕩減」というのである。例を挙げれば、失った名誉、地位、健康などを原状どおりに回復させるためには、必ずそこに、その必要を埋める努力とか財力などの条件を立てなければならない。また、互いに愛しあっていた二人の人間が、何かのはずみで憎みあうようになったとすれば、このような状態から再び、互いに愛しあっていた元の状態に復帰するためには、彼らは必ず、お互いに謝罪しあうなどのある条件を立てなければならないのである。このように、堕落によって創造本然の位置と状態から離れるようになってしまった人間が、再びその本然の位置と状態を復帰しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足るある条件を立てなければならない。堕落人間がこのような条件を立てて、創造本然の位置と状態へと再び戻っていくことを「蕩減復帰」といい、蕩減復帰のために立てる条件のことを「蕩減条件」というのである。そして、このように蕩減条件を立て、創造本然の人間に復帰していく摂理のことを「蕩減復帰摂理」というのである。

それでは、蕩減条件はどの程度に立てなければならないのだろうか。この問いに対して、我々は次のような三つの種類のものを取りあげることができる。その第一は、同一のものをもって蕩減条件を立てることである。これは、失った本然の位置と状態と同一なる価値の条件を立てることによって、原状へと復帰することをいうのである。例えば、報償とか還償と呼ばれるものが、これに属する。出エジプト記二一章23節から25節に、「命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足……をもって償わなければならない」とあるみ言は、とりもなおさずこのような蕩減条件を立てることを意味するのである。

第二は、より小さいものをもって蕩減条件を立てる場合である。これは本然の位置と状態から失われたものよりも、もっと小さい価値の蕩減条件を立てることによって、原状へと復帰することを意味するのである。例を挙げれば、ある債務者が多額の負債を負っているとき、その債権者の好意によって、その中の一部の少額だけを返済することをもって、負債の全額を清算したと見なすことがある。このような場合が、すなわちこれに該当するのである。この原則によって、我々は十字架の代贖を「信ずる」というごく小さな蕩減条件を立てることにより、イエスと同一の死を経て再び生きたという条件を立てたと見なされて、救いの大いなる恩恵を受けるようになるのである。また、我々は数滴の水を頭の上から注がれ、洗礼を受けたという蕩減条件を立てることにより、イエスと聖霊によって重生したという立場を復帰することができるのである。このほかにも、聖餐式において一切れのパンと、一杯のぶどう酒をとるだけで、我々はイエスの聖体を食べたという、より大きな価値の恩恵を受けるのである。このような例は、みなこれに該当するということができる。

第三には、より大きなものをもって蕩減条件を立てる場合である。これは、小さい価値をもって蕩減条件を立てるのに失敗したとき、それよりも大きな価値の蕩減条件を再び立てて、原状へと復帰する場合をいう。例えば、アブラハムは鳩と羊と雌牛とをささげる献祭において失敗をしたため、彼の蕩減条件は加重され、一人息子のイサクを供え物として、ささげるようになった。また、モーセのときには、イスラエル民族が四十日の偵察期間を、天のみ意にかなうように立てることができなかったために、その蕩減条件が加重され、彼らは一日を一年として計算した四十年間を、荒野において流浪しなければならなかったのである(民数一四・34)。

それではどうして、蕩減条件を再び立てるときには、より大きい条件を立てなければならないのであろうか。それは、ある摂理的中心人物が蕩減条件を再び立てるときには、彼が立てなければならない元々の蕩減条件と共に、彼以前の人物たちの失敗による蕩減条件までも付け加えて立てなければならないためである。

つぎに、我々が知らなければならないことは、蕩減条件をどのような方法で立てるかという問題である。どのようなものであっても、本来の位置と状態から離れた立場から原状へと復帰するためには、それらから離れるようになった経路と反対の経路をたどることによって蕩減条件を立てなければならない。例えば、イスラエルの選民たちは、イエスを憎んで、彼を十字架につけたために罰を受けるようになったが、彼らがそのような立場から再び救いを受けて、選民の立場を復帰するためには、以前とは反対にイエスを愛し、彼のために自ら十字架を負うてついていくというところまで進まなければならないのである(ルカ一四・27)。キリスト教が殉教の宗教となった原因は実にここにある。人間が神のみ旨に反して堕落することによって神を悲しませたのであるから、これを蕩減復帰するためには、これと反対に、我々が神のみ旨に従って実践することにより、創造本然の人間として復帰し、神を慰労してあげなければならないのである。初めのアダムが神に背くことによって、その子孫たちはサタンの側に属するようになってしまった。したがって、後のアダムとして来られるイエスが、人類をサタンの側より神の側へと復帰するためには、神から見捨てられる立場にあっても、なお自ら進んで神に侍りらなければならなかったのである。神が十字架にかけられたイエスを見捨てられたのは、このような理由に基づくものであった(マタイ二七・46)。このような角度から見れば、国家の刑法も、罪を犯した人間たちに罰を与え、その国家の安寧と秩序とを原状どおりに維持するための蕩減条件を立てる、一つの方法であるということができるのである。

それでは、このような蕩減条件はだれが立てなければならないのであろうか。既に、創造原理において明らかにしたように、人間はあくまでも自分の責任分担を全うすることによって完成し、天使までも主管しなければならなかったのである。しかし、人間始祖がその責任分担を全うすることができなかったために、逆にサタンの主管を受けなければならない立場に陥ってしまった。それゆえに、人間がサタンの主管を脱して、逆にサタンを主管し得る立場に復帰するためには、人間の責任分担としてそれに必要な蕩減条件を、あくまでも人間自身が立てなければならないのである。

 

2) メシヤのための基台

メシヤは人類の真の父母として来られなければならない。彼が人類の真の父母として来られなければならない理由は、堕落した父母から生まれた人類を重生させ、その原罪を贖ってくださらなければならないからである(前編第七章第四節(一)@)。したがって、堕落人間が創造本然の人間に復帰するためには、「メシヤのための基台」を完成した基台の上でメシヤを迎え、原罪を取り除かなければならない。

それでは、堕落人間が「メシヤのための基台」を造成するためには、いかなる蕩減条件を立てなければならないのであろうか。これを知るためには、元来アダムが、どのような経路によって創造目的を成就し得なくなったのであるかということを、まず知らなければならない。なぜなら蕩減条件は、本然の位置と状態を失うようになった経路と反対の経路をたどって立てなければならないからである。

アダムが創造目的を完成するためには、二つの条件を立てなければならなかった。その第一条件は「信仰基台」を造成することであったが、ここにおいては、もちろんアダムが「信仰基台」を造成する人物にならなければならなかったのである。その「信仰基台」を造成するための条件として、彼は善悪の果を食べてはならないと言われた神のみ言を守るべきであり、さらに、この信仰条件を立てて、その責任分担を完遂するところの成長期間を経なければならなかった。そうして、この成長期間は数によって決定づけられていくものであるがゆえに、結局この期間は、数を完成する期間であるということもできるのである。

一方、アダムが創造目的を完成するために立てなければならなかった第二の条件は、彼が「実体基台」を造成することであった。アダムが神のみ言を信じ、それに従順に従って、その成長期間を完全に全うすることにより「信仰基台」を立てることができたならば、彼はその基台の上で神と一体となり、「実体基台」を造成することによって、創造本性を完成した、み言の「完成実体」となり得たはずであった(ヨハネ一・14)。アダムがこのような「完成実体」となったとき、初めて彼は、神の第一祝福であった個性完成者となることができたはずである。もし、アダムが堕落しなかったならば、彼は前述したとおりの経路によって創造目的を完成したはずであったから、堕落人間もまた「メシヤのための基台」を造成するためには、それと同じ経路をたどって、次に述べるような「信仰基台」を立て、その基台の上で、「実体基台」をつくらなければならないのである。

 

 @ 信仰基台

アダムは神のみ言を信じないで堕落してしまったので、「信仰基台」をつくることができなかった。したがって、彼はみ言の「完成実体」となることができなかったので、創造目的を達成することができなかったのである。それゆえに、堕落人間が創造目的を成就し得る基準を復帰するためには、まず初めに、人間始祖が立てることのできなかった、その「信仰基台」を蕩減復帰しなければならない。そしてその「信仰基台」を復帰するためには、次のような三種類の蕩減条件を立てなければならないのである。

第一には、そのための「中心人物」がいなければならない。アダムが「信仰基台」を立てる人物となることができずに堕落してしまったので、それ以後今日に至るまで、神は「信仰基台」を復帰し得る中心人物を探し求めてこられたのである。堕落したアダムの家庭において、カインとアベルをして供え物をささげるようにされたのも、このような中心人物を探し求めるためであったし、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、そして列王たちと洗礼ヨハネなどを召命されたのも、実は彼らをこのような中心人物として立てるためであった。

その第二は、そのための「条件物」を立てなければならないということである。アダムは「信仰基台」をつくるための条件として下さった神のみ言を信じなかったために、それを失ってしまった。このように、堕落した人間は、「信仰基台」を復帰するための神のみ言を、直接には受けられない位置にまで落ちてしまったので、そのみ言の代わりとなる条件物が必要となったのである。そして、堕落した人間は、万物よりも劣る立場におかれるようになったので(エレミヤ一七・9)、旧約以前の時代においては、供え物、あるいは、その供え物を代表する箱舟などの万物を条件物として立て、「信仰基台」をつくるようになったのである。それゆえに「信仰基台」は、人間の不信によってサタンの侵入を受けた万物を復帰する基台ともなるのである。そして、旧約時代においては律法のみ言、あるいはそれを代表する契約の箱、神殿、中心人物などが、この基台を造成するための条件物であった。また、新約時代においては福音のみ言、さらには、そのみ言の実体たるイエスが、「信仰基台」造成のための条件物であったのである。人間が堕落したのちにおけるこのような条件物は、人間の側から見れば、それは「信仰基台」を復帰するためのものであるが、神の側から見るときには、それはどこまでも所有を決定するためのものであったのである。

その第三は、そのために「数理的な蕩減期間」を、立てなければならないということである。それでは、この摂理的な数による蕩減期間がなぜ存在しなければならないのであるか、また、どのような摂理的な数の蕩減期間を立てなければならないかという問題は、便宜上、後編の第三章第二節(四)において詳しく取り扱うことにした。

 

A 実体基台

堕落人間が創造目的を完成するためには、「信仰基台」を復帰した基台の上で、過去に人間始祖が成就し得なかった「完成実体」を成就しなければならない。しかし、堕落人間は、どこまでもメシヤを通して原罪を取り除かなければ「完成実体」となることはできない。ところで堕落人間は、上述した「信仰基台」を蕩減復帰した基台の上で、「実体基台」を立てることによって成就される「メシヤのための基台」があって、初めてその上でメシヤを迎えることができるのである。堕落人間は、このようにしてメシヤを迎えて原罪を取り除き、人間始祖の堕落以前の立場に復帰したのちに、神の心情を中心としてメシヤと一体となり、人間始祖が堕落したため歩み得ず取り残された成長期間を、全部全うして初めて「完成実体」となることができるのである。一方、「実体基台」を立てる場合においても、堕落人間が立てなければならないある蕩減条件が必要である。それがすなわち、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」である。人間始祖は堕落して原罪をもつようになるに従って、創造本性を完成することができず、堕落性本性をもつようになった。ゆえに、堕落人間がメシヤを迎えて、原罪を取り除き、創造本性を復帰するための「実体基台」を立てるためには、まずその「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てなければならないのである。この条件をどのようにして立てるかということに関しては、後編第一章第一節(二)において論ずることにする。

 

(二) 復帰摂理路程

 

1) 復帰摂理路程の時代的段階

ここでは、アダム以後今日に至るまでの全歴史路程における、時代的段階について概観してみることにしよう。堕落人間をして、「メシヤのための基台」を立てるようにし、その基台の上でメシヤを迎えさせることにより、創造目的を完成しようとした神の摂理は、既にアダムの家庭から始められたのであった。しかし、カインがアベルを殺害することによって、その摂理の目的は挫折してしまい、その後十代を経て、その摂理の目的は、再びノアの家庭に譲り移されたのである。四十日の洪水をもって悪の世代を審判なさったのは、ノアの家庭を中心として「メシヤのための家庭的基台」を立てさせ、その基台の上にメシヤを送ることによって、復帰摂理を完遂させるためであった。しかし、ノアの次子ハムの堕落行為によって、ノアの家庭と箱舟を立てるために聖別した十代と四十日をサタンに奪われてしまった。しかし、これらを再び天の側に蕩減復帰する期間、すなわち四〇〇年を経たのち、摂理の目的は再びアブラハムに譲り移されたのである。それゆえに、もしアブラハムが「メシヤのための家庭的基台」を、み旨にかなうように立て得たならば、その基台を中心として「メシヤのための民族的基台」を造成して、その基台の上でメシヤを迎えるはずであった。ところが、アブラハムが象徴献祭に失敗することにより、その目的は再び挫折してしまったのである。それゆえに、メシヤを迎えるための信仰の父を探し求めてきたアダム家庭からの二〇〇〇年の期間は、いったんサタンに奪われるほかはなかった。しかし、アブラハムがノアの立場と異なるのは、たとえ象徴献祭には失敗したとしても、イサク、ヤコブの三代にわたって延長しながら、「メシヤのための家庭的基台」を立てることにより、この基台を中心として、エジプトにおいて神の選民を生み殖やし、後日「メシヤのための基台」を民族的に広めることができたという事実にあるのである。アブラハムを信仰の父という理由はここにある。それゆえに、結果的に見れば、アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年の期間は、信仰の父であるアブラハム一人を立てて、将来、復帰摂理を始めることができるその基台をつくる期間であったということができる。復帰摂理のみ業(役事)が、アブラハムから始められたという理由はここにあるのである。

アブラハムの象徴献祭の失敗によって、アダムからアブラハムに至るまでの二〇〇〇年の期間をサタンに奪われてしまったので、この期間を再び天の側に蕩減復帰する期間がなければならないのであるが、この期間がすなわちアブラハムからイエスが来られるときまでの二〇〇〇年期間であった。もし、アブラハムが象徴献祭に失敗しなかったならば、その子孫たちによって立てられるはずの「メシヤのための民族的基台」の上にメシヤが来られたはずであったので、そのときに復帰摂理は成就されることになっていたのである。これと同じく、もしユダヤ民族が、イエスを信じかつ侍り奉って、彼を神の前に民族的な生きた供え物として、み旨にかなうように立てていたならば、そのときにおいても彼らが立てた「メシヤのための民族的基台」の上に来られたメシヤを中心として、復帰摂理は完成されることになっていたのである。

しかし、アブラハムが象徴献祭に失敗したのと同様、ユダヤ人たちもイエスを十字架につけることによって、その民族的な献祭に失敗したために、アブラハム以後イエスまでの二〇〇〇年の期間は、再びサタンに奪われる結果となってしまった。ゆえに、サタンに奪われたこの二〇〇〇年期間を、再び天の側に蕩減復帰する二〇〇〇年の期間が必要となったのであるが、この期間がすなわち、イエス以後今日に至るまでの二〇〇〇年の期間だったのである。そして、この期間においては、イエスの十字架による復帰摂理によって、キリスト教信徒たちは「再臨主のための世界的基台」を立てなければならなかったのである。

 

2) 復帰摂理路程の時代区分

 

@ み言による摂理から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、人間がまだ復帰摂理のための神のみ言を直接受け得るような蕩減条件を立てることができない時代であった。それゆえに、この時代は堕落人間が供え物による蕩減条件を立てることによってのみ、次の時代に、み言による摂理をなすことができる基台を造成し得る時代であったので、この時代を「み言の基台摂理時代」という。

(ロ) また、アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、旧約のみ言によって、人間の心霊と知能の程度が蘇生級まで成長する時代であったので、この時代を「蘇生旧約時代」という。

(ハ) そして、イエスから再臨期までの二〇〇〇年期間は、新約のみ言によって、人間の心霊と知能の程度が長成級まで成長する時代であったので、この時代を「長成新約時代」という。

(ニ) また、イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、復帰摂理の完成のために下さる成約のみ言によって、人間の心霊と知能の程度が完成級まで成長する時代であるので、この時代を「完成成約時代」という。

 

A 復活摂理から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、人間が献祭によって、将来、復活摂理をなし得る旧約時代のための基台をつくる時代であったので、この時代を「復活基台摂理時代」という。

(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、復活摂理の時代的恩恵と旧約のみ言によって、人間が霊形体級まで復活する時代であったので、この時代を「蘇生復活摂理時代」という。

(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、復活摂理の時代的恩恵と新約のみ言によって、人間が生命体級まで復活する時代であったので、この時代を「長成復活摂理時代」という。

(ニ) イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、復活摂理の時代的恩恵と成約のみ言によって、人間が生霊体級まで完全復活する時代であるので、この時代を「完成復活摂理時代」という。

 

 B 信仰の期間を蕩減復帰する摂理から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、サタンに奪われたこの期間を、アブラハム一人を立てることによって、天のものとして蕩減復帰し得る、旧約時代のための基台をつくった時代であったので、この時代を「蕩減復帰基台摂理時代」という。

(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、アブラハムの献祭の失敗によって、サタンに奪われたアダムからの二〇〇〇年期間を、イスラエル民族を中心として、再び天のものとして蕩減復帰する時代であったので、この時代を「蕩減復帰摂理時代」という。

(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、イエスが十字架で亡くなられることによって、サタンに奪われるようになった旧約時代の二〇〇〇年期間を、キリスト教信徒たちを中心として、天のものとして再蕩減復帰する時代であったので、この時代を「蕩減復帰摂理延長時代」という。

(ニ) イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、サタンに奪われた復帰摂理の全路程を、天のものとして完全に蕩減復帰する時代であるので、この時代を「蕩減復帰摂理完成時代」という。

 

C メシヤのための基台の範囲から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、献祭によってアブラハムの家庭一つを立てることにより、「メシヤのための家庭的基台」を造成した時代であったので、この時代を「メシヤのための家庭的基台摂理時代」という。

(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、旧約のみ言によってイスラエル民族を立てることにより、「メシヤのための民族的基台」を造成する時代であったので、この時代を「メシヤのための民族的基台摂理時代」という。

(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、新約のみ言によって、キリスト教信徒たちを世界的に探し求めて立てることにより、「メシヤのための世界的基台」を造成する時代であったので、この時代を「メシヤのための世界的基台摂理時代」という。

(ニ) イエス再臨以後の復帰摂理完成時代は、成約のみ言によって、天宙的な摂理をすることにより、「メシヤのための天宙的基台」を完成しなければならない時代であるので、この時代を「メシヤのための天宙的基台摂理完成時代」という。

 

D 責任分担から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、次の旧約時代に、神の責任分担による摂理をなさるための基台を造成した時代であったので、この時代を「責任分担基台摂理時代」という。

(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、神が人間を創造された原理的な責任を負われて、自らサタンを屈伏する第一次の責任を担われ、預言者たちに対して蘇生的な復帰摂理を行われた時代であったので、この時代を「神の責任分担摂理時代」という。

(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、堕落の張本人であるアダムとエバの使命を、代わりに完成しなければならなかったイエスと聖霊とが、サタンを屈伏する第二次の責任を担われて、堕落人間に対し長成的な復帰摂理を行われる時代であるので、この時代を「イエスと聖霊の責任分担摂理時代」という。

(ニ) イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、人間が本来、天使までも主管するようになっている創造原理に立脚して、地上と天上にいる聖徒たちが、堕落した天使であるサタンを屈伏する第三次の責任を担って復帰摂理を完成しなければならない時代であるので、この時代を「聖徒の責任分担摂理時代」という。

 

E 摂理的同時性から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、「メシヤのための基台」を復帰する蕩減条件を、象徴的に立ててきた時代であったので、この時代を「象徴的同時性の時代」という。

(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、「メシヤのための基台」を復帰する蕩減条件を、形象的に立ててきた時代であったので、この時代を「形象的同時性の時代」という。

(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、「メシヤのための基台」を復帰する蕩減条件を、実体的に立ててきた時代であるので、この時代を「実体的同時性の時代」という。

 

(三) 復帰摂理歴史と「私」

 

「私」という個性体はどこまでも復帰摂理歴史の所産である。したがって、「私」はこの歴史が要求する目的を成就しなければならない「私」なのである。それゆえに「私」は歴史の目的の中に立たなければならないし、また、そのようになるためには、復帰摂理歴史が長い期間を通じて、縦的に要求してきた蕩減条件を、「私」自身を中心として、横的に立てなければならない。そうすることによって、初めて「私」は復帰摂理歴史が望む結実体として立つことができるのである。したがって、我々は今までの歴史路程において、復帰摂理の目的のために立てられた預言者や義人たちが達成することのできなかった時代的使命を、今この「私」を中心として、一代において横的に蕩減復帰しなければならないのである。そうでなければ、復帰摂理の目的を完成した個体として立つことはできない。我々がこのような歴史的勝利者となるためには、預言者、義人たちに対してこられた神の心情と、彼らを召命された神の根本的な目的、そして彼らに負わされた摂理的使命が、果たしてどのようなものであったかということを詳細に知らなければならないのである。しかし、堕落人間においては、自分一人でこのような立場に立ち得る人間は一人もいない。それゆえに、我々は、復帰摂理の完成者として来られる再臨主を通して、それらのことに関するすべてを知り、また彼を信じ、彼に侍りり、彼と一つになることによって、彼と共に、復帰摂理歴史の縦的な蕩減条件を横的に立て得た立場に立たなければならないのである。

このように、復帰摂理の目的を達成するために地上に来た先人たちが歩んだ道を、今日の我々は再び反復して歩まなければならないのである。そればかりでなく、我々は彼らがだれも歩み得ず、取り残した道までも、全部歩まなければならないのである。それゆえに、堕落人間は、復帰摂理の内容を知らなければ、決して命の道を歩むことはできない。我々が復帰原理を詳細に知らなければならない理由は、実はここにあるのである。

 

復帰基台摂理時代

第一章 復帰基台摂理時代

 

第一節 アダムの家庭を中心とする復帰摂理

第二節 ノアの家庭を中心とする復帰摂理

第三節 アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理

 

 

第一節 アダムの家庭を中心とする復帰摂理

 

堕落はたとえ人間自身の過ちから起きたものであるとしても、神がその堕落人間を救わなければならない理由については、既に前編第三章第二節(一)で論じた。ゆえに、「メシヤのための基台」を立てて、堕落人間を復帰なさろうとする摂理は、既にアダムの家庭から始まっていたのである。  既に緒論で論じたように、アダムはサタンと血縁関係を結んだので、神とも対応でき、また、サタンとも対応することができる中間位置におかれるようになった。したがって、このような中間位置におかれた堕落人間を天の側に分立して、「メシヤのための基台」を造成するためには、堕落人間自身が何らかの蕩減条件を立てなければならない。  ゆえに、アダムの家庭が「信仰基台」と「実体基台」とを復帰する蕩減条件を立てて、それによって「メシヤのための基台」をつくり、その上でメシヤを迎えるのでなければ、復帰摂理は成就できないのである。

 

(一) 信 仰 基 台

第一に、「信仰基台」を復帰するためには、それを蕩減復帰するための何らかの条件物がなければならない。もともと、アダムは「信仰基台」を立てるための条件として下さった神のみ言を、その不信仰のために失ってしまったのである。それゆえ、もはやみ言を神から直接受けることができない立場にまで(価値を失い)堕落してしまったアダムであったので、その「信仰基台」を復帰するためには、彼が信仰によって、そのみ言の代わりとなる何らかの条件物を、神のみ意にかなうように立てなければならなかったのである。アダムの家庭で立てなければならない、そのみ言の代わりの条件物とは、すなわち供え物であった。

第二に、「信仰基台」を復帰するためには、その基台を復帰できる中心人物がいなければならない。アダムの家庭における「信仰基台」を復帰すべき中心人物は、もちろんアダム自身であった。ゆえに、アダムが、当然供え物をささげるべきであり、彼がこの供え物を神のみ意にかなうようにささげるか否かによって、「信仰基台」の造成の可否が決定されるべきであったのである。

しかし、聖書の記録を見ると、アダムが供え物をささげたとは書かれておらず、カインとアベルのときから供え物をささげたとなっている。その理由はどこにあったのであろうか。創造原理によれば、人間は本来、一人の主人にのみ対応するように創造された。それゆえ、二人の主人に対応する立場に立っている存在を相手にして、創造原理的な摂理を行うことはできない。もし神が、アダムとその供え物に対応しようとすれば、サタンもまた、アダムと血縁関係があるのを条件として、アダムと対応しようとするのはいうまでもないことである。そうなると結局アダムは、神とサタンという二人の主人に対応するという非原理的な立場に立つようになる。神はこのような非原理的な摂理をなさることはできないので、善悪二つの性品の母体となったアダムを、善性品的な存在と悪性品的な存在との二つに分立する摂理をなさらなければならなかったのである。このような目的のために、神はアダムの二人の子を、各々善悪二つの表示体として分立されたのち、彼らに、神かサタンかのどちらか一方だけが各々対応することのできる、すなわち、一人の主人とのみ相対する、原理的な立場に立ててから、各自供え物をささげるように仕向けられたのである。

それでは、カインとアベルは、どちらも同じアダムの子であるが、そのうちだれを善の表示体として神と対応し得る立場に立て、また、だれを悪の表示体としてサタンと対応し得る立場に立てるべきであったのだろうか。第一に、カインとアベルは、共にエバの堕落の実であった。したがって、堕落の母体であるエバの堕落の経路によって、そのいずれかを決定しなければならなかったのである。ところでエバの堕落は、二つの不倫な愛の行動によって成立した。すなわち、最初は天使長との愛による霊的堕落であり、二番目はアダムとの愛による肉的堕落であった。もちろんこれらは、どちらも同じ堕落行為には違いない。しかし、この二つの中でいずれがより原理的であり、より許し得る行為であるかといえば、最初の愛による堕落行為よりも二番目の愛による堕落行為であると見なければならない。なぜなら、最初の堕落行為は、神と同じように目が開けるようになりたいと願う、すなわち、時ならぬ時に時のことを望む過分な欲望が動機となり(創三・5)、非原理的な相対である天使長と関係を結んだことから生じたものであるのに対して、二番目の堕落行為は、最初の行為が不倫なものであったことを悟って、再び神の側に戻りたいと願う心情が動機となって、ただ、まだ神が許諾し得ない、時ならぬ時に、原理的な相対であるアダムと関係を結んだことから起こったものだからである(前編第二章第二節(二))。

ところで、カインとアベルは、どちらもエバの不倫の愛の実である。したがって、エバを中心として結んだ二つの型の不倫な愛の行為を条件として、それぞれの立場を二個体に分けもたすべくカインとアベルを、各々異なる二つの表示的立場に立てるよりほかに摂理のしようがなかったのである。すなわち、カインは愛の初めの実であるので、その最初のつまずきであった天使長との愛による堕落行為を表徴する悪の表示体として、サタンと相対する立場に立てられたのであり、アベルは愛の二番目の実であるがゆえに、その二番目の過ちであったアダムとの愛による堕落行為を表徴する善の表示体として、神と対応することができる立場に立てられたのである。

第二に、神が創造された原理の世界を、サタンが先に占有したので、神に先立って、サタンが先に非原理的な立場からその原理型の世界をつくっていくようになった。そうして、元来、神は長子を立てて、長子にその嗣業 を継承させようとなさった原理的な基準があるので、サタンも、二番目のものよりも、最初のものに対する未練が一層大きかった。また事実サタンは、そのとき、既に被造世界を占有する立場にあったので、未練の一層大きかった長子カインを先に取ろうとした。したがって、神はサタンが未練をもって対応するカインよりも、アベルと対応することを選び給うたのである。  これに対する実例を聖書の中から探してみることにしよう。神はカインに向かって、「正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています」(創四・7)と言われた。これから見て、カインはサタンと相対する立場に立たされたという事実を知ることができる。イスラエル民族がエジプトを去るとき、エジプトの民のみならず、家畜に至るまで、初子をことごとく撃った(出エ一二・29)。これは、それらがみなカインの立場として、サタンの対象であったからである。また、イスラエル民族がカナンの地に復帰したとき、次子アベルの立場であったレビびとの子孫のみが契約の箱を担いでいった(申命三一・25)。創世記二五章23節を見れば、神はまだ生まれる以前の母の腹の中にいる胎児のときから長子エサウを憎み、次子ヤコブを愛したという記録がある。これは、長子、次子という名分だけで、彼らは、既に各々カインとアベルの立場にあったからである。ヤコブが彼の孫エフライムとマナセを同時に祝福するときに、次子エフライムを優先的に祝福するために手を交差して祝福したのも(創四八・14)、これまたエフライムがアベルの立場にあったからである。このような原理によって、神とサタンを各々一人の主人として対応できる位置にアベルとカインを立てておいて、供え物をささげるようにされた(創四・3〜5)のである。

そうして、神はアベルの供え物は受けられ、カインの供え物は受けられなかったが、その理由はどこにあったのだろうか。アベルは神が取ることのできる相対的な立場で、信仰によって神のみ意にかなうように供え物をささげたから(ヘブル一一・4)、神はそれを受けられた(創四・4)。このようにして、アダムの家庭が立てるべき「信仰基台」がつくられるようになったのである。これは、たとえ堕落人間であっても、神が取ることのできる何らかの条件さえ成立すれば、神はそれを受け入れられるということを教示なさるためでもあった。そして、神がカインの供え物を受けられなかったのは、カインが憎いからではなかったのである。ただ、カインはサタンが取ることのできる相対的な立場に立てられていたので、神がその供え物を取ることができるような何らかの条件をカイン自身が立てない限りは、神はそれを取ることができなかったからである。神はこれによって、サタンと相対する立場にいる人間が、神の側に復帰するには、必ずその人自身が何らかの蕩減条件を立てなければならないことを教示されたのである。それではカインは、どのような蕩減条件を立てなければならなかったのであろうか。それは正に、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」であったが、これに関しては、次項で詳しく解明することにしよう。

 

(二) 実 体 基 台

アダムの家庭において「実体基台」がつくられるためには、カインが「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てることにより、神がその献祭を喜んで受け得るような条件を立てるべきだったのである。では、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」は、どのようにして立てるべきであったろうか。人間始祖は、天使長によって堕落し、それから堕落性を継承するようになったので、堕落人間がその堕落性を脱ぐためには、蕩減復帰原理により、次に記録されているように、その堕落性本性をもつようになった経路と反対の経路をたどることによって、蕩減条件を立てなければならなかったのである。

天使長が、神の愛をより多く受けていたアダムを愛することができなかったことによって堕落したので、「神と同じ立場をとれない堕落性」が生じた。それゆえに、この堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルを愛して、神の立場にあるのと同じ立場をとるべきであったのである。

 第二に、天使長が、神にもっと近かったアダムを仲保に立て、彼を通じて神の愛を受けようとはせず、かえってアダムの位置を奪おうとして堕落してしまったので、「自己の位置を離れる堕落性」が生じた。ゆえに、この堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルを仲保として、彼を通じて神の愛を受ける立場をとることにより、自分の位置を守るべきであったのである。

第三に、天使長は自分を主管すべくつくられた人間、すなわちエバとアダムを逆に主管して堕落したので、「主管性を転倒する堕落性」が生じた。したがって、人間がこの堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルに従順に屈伏して、彼の主管を受ける立場に立つことによって、主管性を正しく立てるべきであったのである。

最後に、善悪の果を取って食べるなという善のみ言を、神はアダムに伝え、アダムはこれをエバに伝え、エバは天使長に伝えて、善を繁殖すべきであった。しかし、これとは反対に、天使長は取って食べてもよいという不義の言葉をエバに伝え、エバはそれをアダムに伝えて堕落したので、「罪を繁殖する堕落性」が生じた。ゆえに、この堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインが、自分よりも神の前に近く立っているアベルの相対となる立場をとり、アベルから善のみ言を伝え受けて、善を繁殖する立場に立つべきであったのである。

我々は、ここにおいて、カインとアベルの献祭に相通ずるいくつかの実例を挙げてみよう。我々の個体の場合を考えてみると、善を指向する心(ロマ七・22)はアベルの立場であり、罪の律法に仕える体(ロマ七・25)はカインの立場である。したがって、体は心の命令に従順に屈伏しなければ、私たちの個体は善化されない。しかし、実際には体が心の命令に反逆して、ちょうどカインがアベルを殺したような立場を反復するので、我々の個体は悪化されるのである。したがって、修道の生活は、ちょうどアベルにカインが順応しなければならないのと同様に、天のみ旨を指向する心の命令に体を順応させる生活であるともいえる。また人間は堕落して、万物よりも劣った(エレミヤ一七・9)立場にまで落ちたので、万物をアベルの立場に立てて、それを通してのみ神の前に出ることができたのであるが、これがすなわち献祭である。人間が常に立派な指導者や親友を探し求めようとするのは、結果的に見るならば、より天の側に近いアベル型の存在を求めて彼と一体化し、天の側に近く立とうとする天心から起こる行為である。また、謙遜と柔和が、キリスト教信仰の綱領となっているのは、日常生活の中で、自分も知らずにアベル型の人物に会って、彼を通じて天の前に立つことができる位置を確保するためである。個人から家庭、社会、民族、国家、世界に至るまで、そこには必ず、カインとアベルの二つの型の存在がある。それゆえに、このようなすべてのものを、創造本然の立場に復帰するためには、必ずカイン型の存在がアベル型の存在に従順に屈伏しなければならないのである。イエスは、全人類がその前に従順に屈伏しなければならないアベル的な存在として、この世に来られたお方である。したがって、彼によらなくては、天国に入る者がないのである(ヨハネ一四・6)。

もし、アダムの家庭で、カインがアベルに従順に屈伏することによって「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てたならば、彼らは既につくられた「信仰基台」の上に「実体基台」を立て、この二つの基台によってつくられる「メシヤのための家庭的基台」の上でメシヤを迎え、創造本然の四位基台を復帰したはずであった。しかし、カインがアベルを殺害することによって、天使長が人間を堕落せしめた堕落性本性を反復するようになり、アダムの家庭が立てるべきであった「実体基台」は立てられなかった。したがって、アダムの家庭を中心とする復帰摂理は成し遂げられなかったのである。

 

(三) アダムの家庭におけるメシヤのための基台とその喪失

 「メシヤのための基台」は、「信仰基台」を蕩減復帰した基台の上で、「実体基台」を立てることによってつくられる。そして、献祭という観点から見れば、「信仰基台」は、「象徴献祭」を神のみ意にかなうようにささげることによって復帰され、「実体基台」は「実体献祭」を神のみ意にかなうようにささげることによってつくられるとも見ることができる。それでは、「象徴献祭」および「実体献祭」の意義とその目的は果たして何であるかということについて調べてみることにしよう。  神の創造目的である三大祝福は、まずアダムとエバが各々個性を完成して夫婦とならなければならないということであり、つぎに、子女を殖やして家庭をつくり、更に進んで彼らが万物を主管することによって成就されるようになっていた。しかし、堕落によってその三大祝福は達成されなかったので、これを復帰するためには、それと反対の経路に従って、まず、万物を復帰するための蕩減条件と、人間を復帰するための象徴的な蕩減条件とを同時に立てることができる「象徴献祭」をささげて、「信仰基台」を立てなければならない。つぎには、子女を復帰して、その上に、父母を復帰するための蕩減条件を、同時に立てることができる「実体献祭」をささげて、「実体基台」をつくって、「メシヤのための基台」を造成しなければならない。ゆえに、我々は「象徴献祭」の意義とその目的を二つに分けて考えることができる。既に、堕落論で述べたように、サタンが堕落人間を主管することによって、彼は人間が主管すべき万物世界までも主管するようになったのである。聖書に、万物が嘆息すると記録されている原因はここにある(ロマ八・22)。それゆえに、万物をもって「象徴献祭」をささげる第一の目的は、神の象徴的実体対象である万物を復帰するための蕩減条件を立てるところにある。

そして人間は、堕落によって、万物よりも偽り多い、低い存在にまで落ちたので(エレミヤ一七・9)、このような人間が、神の前に出るためには、創造原理的な秩序に従って、自分よりも神の方に一層近い存在である万物を通じなければならない。したがって、「象徴献祭」をささげる第二の目的は、実体人間を神の方に復帰するための、象徴的な蕩減条件を立てようとするところにある。

つぎに「実体献祭」は、あくまでも内的な献祭であるので、万物と人間の創造の順序がそうであったように、外的な「象徴献祭」をみ意にかなうようにささげた基台の上でのみ成就されるようになっている。ゆえに、「象徴献祭」をみ意にかなうようにささげて、万物を復帰するための蕩減条件と、人間を復帰するための象徴的な蕩減条件とを同時に立てたのちに、この基台の上で、再び、人間を実体的に復帰するための蕩減条件として、「実体献祭」をささげなければならないのである。「実体献祭」は、実体人間を復帰するために、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てることを意味する。そして、カイン的な存在がアベル的な存在を実体として献祭し、子女を復帰するための蕩減条件を立てるようになれば、それがとりもなおさず、次に解明されているように、父母を復帰するための蕩減条件ともなるので、「実体献祭」はみ意にかなう献祭となるのである。

アダムの家庭が「メシヤのための基台」をつくるためには、アダム自身がまず「象徴献祭」をして、「信仰基台」を立てなければならなかった。それにもかかわらず、既に述べたように、アダムが献祭をなし得なかった理由は、アダムが献祭をすれば、その供え物には、神とサタンという二人の主人が対応するようになり、非原理的立場に立つようになるからである。なお、そのほかにも、ここには心情的な面におけるいま一つの理由があった。堕落したアダムは、事実上、神の心情に対して千秋万代にわたって消えることのない深い悲しみを刻みこんだ罪悪の張本人であった。それゆえに、彼は、神が直接に対応して復帰摂理をされる心情的な対象となることができなかったのである。

したがって、神はアダムの代わりに、彼の次子アベルを立てて、「象徴献祭」をささげるようにされた。このようにして、まず、万物を復帰するための蕩減条件と、さらに人間を復帰するための象徴的な蕩減条件とを、同時に立てたその基台の上で、カインとアベルが「実体献祭」として子女を復帰するための蕩減条件を立てたならば、父母の立場にあるアダムはその「実体基台」の上に立つようになり、「メシヤのための基台」は、そのときつくられたはずであった。

ところで「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てることによって、「実体献祭」をするためには、その献祭の中心人物が決定されなければならない。ゆえに、アベルの「象徴献祭」には、アダムの代わりに「信仰基台」を立てるためと、アベルを「実体献祭」の中心人物に決定するためという、二つの目的があったことを知らなければならない。 「堕落性を脱ぐための蕩減条件」はカインが代表して立てなければならないのであるが、これが、いかなるわけで、アダムの家庭全体が立てたのと同じ結果になるかということを我々は知らなければならない。それは、ちょうど人間始祖が神のみ言に従えば神のみ旨が成就されたはずであり、またユダヤ人たちがイエスを信じたならばイエスの目的が達成されたはずであるのと同様、カインがアベルに従順に屈伏して「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てることによって、カインとアベルが、共に子女として「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を成し遂げた立場に立ち得たはずであった。また、カインとアベルは、善悪の母体であるアダムを分立した存在であったので、彼らが「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立ててサタンを分立したならば、その父母であるアダムはサタンを分立した立場に立つことができるので、その子女たちよりも先に「実体基台」の上に立つようになり、「メシヤのための基台」をつくったはずなのである。このように、父母を復帰するための蕩減条件は、「象徴献祭」と「実体献祭」とによって立てることができるのである。

そうして、アベルがみ意にかなう献祭をささげることによって、アダムを中心とする「信仰基台」を蕩減復帰する条件と、「実体献祭」をささげる中心人物としてのアベルの立場が立てられたのであった。しかし、カインがアベルを殺したので、彼らは天使長がエバを堕落させたのと同じ立場に再び立つようになった。そのため「堕落性を脱ぐための蕩減条件」が立てられなくなり、「実体献祭」に失敗したので、「実体基台」をつくることができず、したがって、「メシヤのための基台」も造成することができなかったので、アダムの家庭を中心とする復帰摂理の完成は失敗に帰したのであった。

 

(四) アダムの家庭が見せてくれた教訓

アダムの家庭を中心とする復帰摂理の失敗は、結果的に見て、まず第一に、み旨成就に対する神の予定と人間の責任分担に対して、神がどのような態度をとられるかを見せてくれた。元来、み旨成就に対する神の予定は、必ず、神の責任分担と人間の責任分担とが合わさり一つになって初めて完成できるようになっている。それゆえに、カインがアベルを通して献祭するということは、彼らの責任分担に当たるものであって、神は彼らに、どのように献祭すべきかという点に関しては教示なさることができなかったのである。

 第二に、カインがアベルを殺したが、その後、神はアベルの身代わりとしてセツを立て、新たな摂理をなさることによって、み旨に対する神の予定は絶対的であり、人間に対するその予定は相対的であることを見せてくださった。神はその責任分担に対して、アベルが自分自身の責任分担を完遂して、初めて彼が「実体献祭」の中心人物となるように予定されたのである。ゆえに、アベルがその責任分担を完遂できない立場に立ちいたったとき、神は、彼の身代わりとしてセツを立てて、絶対的なものとして予定されているみ旨を、引き続き摂理していかれたのである。

第三には、カインとアベルの献祭で、堕落人間は常にアベル的な存在を求め、彼に従順に屈伏することによって、初めて天が要求するみ旨を、自分も知らないうちに成し遂げていくということを見せてくださった。

また、アダムの家庭を中心として完成させようとした摂理と同一の摂理が、人間の不信によって、その後も引き続き反復されてきた。したがってこの路程は、今日の私たち自身も歩まねばならない蕩減路程として、そのまま残されている。それゆえ、アダムの家庭を中心とする復帰摂理は、今日の我々にとっても、典型的な生きた教訓となるのである。

 

モーセとイエスを中心とする復帰摂理

第二章 モーセとイエスを中心とする復帰摂理

 

第一節 サタン屈服の典型的路程

第二節 モーセを中心とする復帰摂理

第三節 イエスを中心とする復帰摂理

 

 

アモス書三章7節に、「主なる神は、そのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない」と記録されているみ言のように、聖書には、神の救いの摂理に関する数多くの秘密が隠されているのである。しかし、人間は神の摂理に対する原理を知らなかったので、聖書を見ても、その隠れた意味を悟ることができなかった。聖書においては、一人の預言者の生涯に関する記録を取ってみても、その内実は、単純にその人の歴史というだけにとどまるものではなく、その預言者の生涯を通して、堕落人間が歩まなければならない道を表示してくださっているのである。ここでは特に、神が、ヤコブとモーセを立てて復帰摂理路程を歩ませ、それをもって、将来、イエスが来られて、人類救済のために歩まねばならない摂理を、どのようなかたちで表示してくださったかということについて調べてみることにする。

 

第一節 サタン屈伏の典型的路程

 

 

イサクの家庭を中心とする復帰摂理において、「実体基台」を立てる中心人物であったヤコブが、アベルの立場を確立して、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てるために、サタンを屈伏してきた全路程は、ヤコブによるその象徴路程を、形象的に歩まなければならないモーセ路程と、それを実体的に歩まなければならないイエス路程とを、あらかじめ示した典型路程であった。そして、この路程は、イスラエル民族と全人類が、摂理の目的を成就するために、サタンを屈伏させながら歩まなければならない、表示路程でもあるのである。

 

 

(一) イエスの典型路程としてヤコブ路程とモーセ路程とを立てられた理由

 

 

復帰摂理の目的は、究極的には人間自身がその責任分担として、サタンを自然屈伏させ、それを主管し得るようになることによって成就されるのである。イエスが、人間祖先として、メシヤの使命を負うて来られたのも、サタン屈伏の最終的路程を開拓し、すべての信徒たちをその路程に従わせることによって、サタンを自然屈伏させるためである。

 

ところが、神にも屈伏しなかったサタンが、人間祖先として来られるイエスと、その信徒たちに屈伏する理由はさらにないのである。それゆえに、神は人間を創造された原理的な責任を負われ、ヤコブを立てることによって、彼を通して、サタンを屈伏させる象徴路程を、表示路程として見せてくださったのである。

 

 神は、このように、ヤコブを立てられ、サタンを屈伏させる表示路程を見せてくださったので、モーセはこの路程を見本として、その形象路程を歩むことにより、サタンを屈伏させることができたのである。そしてまた、イエスは、ヤコブ路程を歩いたモーセ路程を見本として、その実体路程を歩むことにより、サタンを屈伏させることができたのであり、今日の信徒たちもまた、その路程に従って歩み、サタンを屈伏させることによって、それを主管するようになるのである。モーセが、自分のような預言者一人を、神が立てられるであろうと言ったのは(使徒三・22)、モーセと同じ立場で、モーセ路程を見本として、世界的カナン復帰の摂理路程を歩まなければならないイエスを表示した言葉である。そして、ヨハネ福音書五章19節に、「子は父のなさることを見てする以外に、自分からは何事もすることができない。父のなさることであればすべて、子もそのとおりにするのである」と記録されているのは、とりもなおさず、イエスは、神が、既にモーセを立てて見せてくださった表示路程を、そのまま歩まれているということを言われたのである。ゆえにモーセは、次に来られるイエスの模擬者となるのである(使徒三・22)。

 

 

(二) ヤコブ路程を見本として歩いたモーセ路程とイエス路程

 

 

ヤコブ路程は、とりもなおさず、サタンを屈伏してきた路程である。そして、サタンを屈伏させる路程は、サタンが侵入したその経路を、逆にたどっていかなければならない。そこで今ここに、我々は、ヤコブ路程を見本として歩まれた、モーセ路程とイエス路程について調べてみることにしよう。

 

@ 人間は、元来、取って食べてはならないと言われた神のみ言を、命を懸けて守るべきであった。しかし天使長からの試練に勝つことができないで、堕落してしまったのである。それゆえに、ヤコブがハランから妻子と財物を取り、カナンに戻って、「メシヤのための基台」を復帰し、家庭的カナン復帰完成者となるためには、サタンと命を懸けて闘う試練に勝利しなければならなかったのである。ヤコブが、ヤボク河で天使と命を懸けて闘い、勝利することによって、イスラエルという名を受けたのも(創三二・2528)、このような試練を越えるためのものであった。神は天使をサタンの立場に立てられ、ヤコブを試練されたのである。しかし、これはあくまでも、ヤコブを不幸に  れようとしたものではなく、彼が、天使に対する主管性を復帰する試練を越えるようにして、アベルの立場を確立させ、彼を家庭復帰完成者として立てられるためであった。天使がこのような試練の主体的な役割を果たすことによって、天使世界もまた、復帰されていくのである。モーセも、イスラエルの民族を導いてカナンに入り、民族的カナン復帰完成者となるためには、神が彼を殺そうとする試練に、命を懸けて勝利しなければならなかったのであった(出エ四・24)。もし、人間が、このような試練を神から受けないで、サタンから受けて、その試練に負けたときには、サタンに引かれていくようになるのである。それゆえに、神の方から試練をするということは、どこまでも、神が人間を愛しているからであるということを、我々は知らなければならない。イエスも、人類を地上天国に導くことによって、世界的カナン復帰完成者となるためには、荒野四十日の試練において、命を懸けてサタンと闘い、それに勝利しなければならなかったのである(マタイ四・1〜11)。

 

A 人間の肉と霊にサタンが侵入して堕落性が生じたのであるから、ヤコブはこれを脱ぐための条件を立てなければならなかった。それゆえに、ヤコブは、肉と霊とを象徴する、パンとレンズ豆のあつものを与えて、エサウから長子の嗣業(家督権)を奪うことによって、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立て、アベルの立場を復帰しなければならなかったのである(創二五・34)。この路程と対応するために、モーセ路程においても、イスラエル民族に、肉と霊とを象徴する、マナとうずらとを与えてくださり、神に対する感謝の念と、選民意識とを強くさせることによって、彼らをモーセに従わせ、「堕落性を脱ぐための民族的蕩減条件」を立たせようとされたのであった(出エ一六・1314)。

 

イエスが、「……あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった……人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない」(ヨハネ六・4853)と言われたのは、イエスも、この路程を見本として歩まれたということを意味するのである。これは、すべての堕落人間たちが、洗礼ヨハネの立場におられる(本章第三節(二)(1))イエスを信じ仕えることにより、霊肉共に彼と一体となり、「堕落性を脱ぐための世界的蕩減条件」を立て、彼をメシヤとして侍るところまで行かなければ、創造本性を復帰することができないということを意味するのである。

 

B 人間は堕落により、その死体までもサタンの侵入を受けたのであった。ところがヤコブは、祝福を受けて、聖別された体であったから、彼の死体も、サタンと闘って分立したという条件を立てるため、その死体に、四十日間、防腐剤を塗ったのである(創五〇・3)。したがって、この路程を見本として歩いたモーセも、その死体をもってサタンと闘ったのであり(ユダ9)、またイエスも、その死体をめぐって問題が起きたのであった(マタイ二八・1213)。

 

C 人間始祖は、堕落により、その成長期間において、サタンの侵入を受けてしまった。それゆえ、これを蕩減復帰するために、次のようなその期間を表示する数を立てるための摂理をなさるのである(後編第三章第二節(四))。すなわち、ヤコブがハランからカナンに復帰するときに、サタン分立の三日期間があり(創三一・22)、モーセが民族を導いて、エジプトからカナンに復帰するときにも、やはりこのような三日期間があり(出エ五・3)、また、ヨシュアも、この三日期間を経たのち、初めてヨルダン河を渡ったのである(ヨシュア三・2)。そして、イエスの霊的世界カナン復帰路程においても、サタン分立の墓中三日期間があったのである(ルカ一八・33)。

 

サタンに奪われたノアからヤコブまでの十二代の縦的な蕩減条件を、ヤコブ一代において横的に蕩減復帰するために、ヤコブに十二子息がいた(創三五・22)。ゆえに、モーセのときにも、十二部族があったのであり(出エ二四・4)、イエス路程においても、十二弟子がいたのである(マタイ一〇・1)。また、七日の創造期間に侵入したサタンを分立する蕩減条件を立てるため、ヤコブのときには、七十人家族が(創四六・27)、モーセのときには、七十人長老が(出エ二四・1)、そして、イエスのときには、七十人門徒が、各々その路程の中心的な役割を果たしたのであった(ルカ一〇・1)。

 

D 杖は、不義を打ち、真実なる道へと導き、人の身代わりとして身を支えるものの表示物で、将来来られるメシヤを象徴したのである(本章第二節(二)(2)A)。したがって、ヤコブが、このような意義をもっている杖をついて、ヨルダン河を渡り、カナンの地に入ったということは(創三二・10)、将来、堕落人間が、メシヤを捧持して不義を打ち、彼の導きを受け、彼を頼ることによって、罪悪世界を越え、創造理想世界に入るということを、見せてくださったのである。それゆえに、モーセも杖を手にして、イスラエル民族を導いて、紅海を渡ったのであり(出エ一四・16)、イエスも彼自身を表示する鉄の杖によって、この苦海の世界を渡り、神の創造理想世界へと全人類を導いていかなければならなかったのである(黙二・27、黙一二・5)。

 

E エバの犯罪が罪の根をつくり、その息子カインがアベルを殺すことによって、その実を結ぶようになった。このように、母と子によってサタンが侵入し、罪の実を結んだのであるから、蕩減復帰の原則によって、母と子が、サタンを分立しなければならないのである。したがって、ヤコブが祝福を受けて、サタンを分立し得たのも、その母親の積極的な協助があったればこそである(創二七・43)。モーセもまた、その母親の協助がなかったならば、彼が死地から脱して、神の目的のために仕えることはできなかったはずである(出エ二・2)。そして、イエスのときにも、また、彼を殺そうとしたヘロデ王を避け、彼を連れてエジプトに避難するという、その母親の協助があったのである(マタイニ・13)。

 

F 復帰摂理の目的を達成する中心人物は、サタンの世界から神の世界へと復帰する路程を歩まなければならない。それゆえに、ヤコブはサタンの世界であるハランからカナンへ復帰する路程を歩いたのであり(創三一〜三三)、モーセは、サタン世界であるエジプトから、祝福の地カナンに復帰する路程を歩いた(出エ三・8)。そしてまたイエスも、この路程を歩まれるために、生まれてすぐエジプトに避難したのち、再び国に戻るという過程を経なければならなかったのである(マタイ二・13)。

 

G 復帰摂理の最終の目的は、サタンを完全に滅ぼしてしまうところにある。ゆえに、ヤコブは、偶像を樫の木の下に埋めたのであり(創三五・4)、モーセも、金の子牛の偶像をこなごなに砕いて、それを水の上にまき、イスラエル民族に飲ませたのであった(出エ三二・20)。またイエスは、そのみ言の権能をもって、サタンを屈伏させ、この罪悪世界を壊滅させなければならなかったのである(前編第三章第三節(二)(2)参照)。

 

復帰歴史の各時代とその年数の形成

第三章 摂理歴史の各時代とその年数の形成

 

第一節 摂理的同時性の時代

第二節 復帰基台摂理時代の代数とその年数の形成

第三節 復帰摂理時代を形成する各時代とその年数

第四節 復帰摂理延長時代を形成する各時代とその年数

 

 

第一節 摂理的同時性の時代

 

同時性とは、何であろうか。人類歴史の過程を調べてみれば、たとえその程度と範囲の差はあっても、過去のある時代に起こったこととほとんど同じ型の歴史過程が、その後の時代において反復されている、という事実が、多く発見されるのである。歴史家たちは、このような歴史的現象を見て、歴史の路程は、ある同型の螺旋上を回転しているといっているが、その原因がどこにあるかは全然知らないのである。このように、ある時代がその前の時代の歴史路程とほとんど同じ様相をもって反復されるとき、そのような時代を摂理的同時性の時代というのである。このような同時性の時代を、摂理的同時性の時代と呼ぶ理由については、のちに、もっと詳しく説明するが、この現象は本来、神の蕩減復帰摂理に起因して生ずるものなのである。

それでは、摂理的同時性の時代は、どうして生ずるのだろうか。我々は、復帰摂理の目的を成し遂げていく過程においてなされたすべての事実が、歴史を形成してきたということをよく知っている。けれども、復帰摂理の目的を達成するために、「メシヤのための基台」を復帰する摂理路程を担当していたある中心人物が、自分の責任分担を果たさなかったときには、その人物を中心とした摂理の一時代は終わってしまうのである。しかし、そのみ旨に対する神の予定は絶対的であるので(前編第六章)、神は他の人物をその代わりに立たせ、「メシヤのための基台」を蕩減復帰するための新しい時代を、再び摂理なさるのである。したがって、この新しい時代は、その前の時代の歴史路程を蕩減復帰する時代となるので、再び、同じ路程の歴史を反復するようになり、摂理的な同時性の時代が形成されるのである。

ところで、復帰摂理を担当した人物たちは、その前の時代の縦的な蕩減条件を、横的に一時に蕩減復帰しなければならないので、復帰摂理が延長され、縦的な蕩減条件が付加されるにつれて、横的に立てられるべき蕩減条件も、次第に加重されるのである。したがって、同時性の時代も、漸次、その内容と範囲を異にするようになる。同時性の時代の形態が、完全な相似形をつくることができない理由は、ここにあるのである。

また、成長期間の三段階を、その型に分類してみれば、蘇生は象徴型、長成は形象型、完成は実体型として分けられるので、復帰摂理路程において、このような型を同時性として反復してきた時代も、これまた、このような型の歴史を再現させてきたのである。すなわち、復帰摂理歴史の全期間を、型を中心として同時性の観点から分けてみれば、復帰基台摂理時代は象徴的同時性の時代であり、復帰摂理時代は形象的同時性の時代であり、復帰摂理延長時代は実体的同時性の時代である。

また、我々は、同時性の時代を形成する原因が何であるかを知らなければならない。このように、同時性の時代が反復される理由は、「メシヤのための基台」を復帰しようとする摂理が、反復されるからである。したがって、同時性の時代を形成する原因は、第一に、「信仰基台」を復帰するための三つの条件、すなわち、中心人物と、条件物と、数理的な期間などである。第二は、「実体基台」を復帰するための「堕落性を脱ぐための蕩減条件」である。

このような要因でつくられる摂理的同時性の時代には、次のような二つの性格がある。第一には、「信仰基台」を復帰するための数理的蕩減期間である代数とか、あるいは、年数を要因とする摂理的同時性が形成されるのである。復帰摂理歴史は、その摂理を担当した中心人物たちが責任分担を完遂できなかったために、そのみ旨が延長されるにつれて、失われた「信仰基台」をあくまでも反復して蕩減復帰してこられた摂理歴史であったのである。ここにおいて、必然的に数理的な信仰の期間を蕩減復帰する摂理もまた反復されるので、結局、摂理的同時性の時代は、ある年数とかあるいは代数の反復というかたちで、同じ型が重ねて形成されてきたのである。本章の目的は、すなわち、このことに関する問題を取り扱うことにある。

第二には、「信仰基台」を復帰する中心人物と、その条件物、そして「実体基台」を復帰するための「堕落性を脱ぐための蕩減条件」などの摂理的な史実を要因として、同時性が形成されるのである。復帰摂理の目的は、結局、「メシヤのための基台」を復帰するところにあるので、その摂理が延長されるにつれて、この基台を復帰なさろうとする摂理も反復される。そこで、「メシヤのための基台」は、まず、「象徴献祭」で「信仰基台」を復帰し、次に「実体献祭」で、「実体基台」を復帰して、初めてそれが立てられるのである。

したがって、復帰摂理の歴史は、「象徴献祭」と「実体献祭」とを復帰させようとする摂理を反復してきたので、摂理的同時性の時代は、結局、この二つの献祭を復帰させようとして運ばれた摂理的な史実を中心として形成されてきたのである。これに関する問題は、次の章で詳しく論ずることにしよう。

 

 

第二節 復帰基台摂理時代の代数とその年数の形成

(一) 復帰摂理はなぜ延長され  またいかに延長されるか

 

我々は、既に、「メシヤのための基台」をつくり、メシヤを迎えて、復帰摂理の目的を完成させようとする摂理が、アダムからノア、アブラハム、モーセに至り、イエスの時代まで延長されたこと、また、ユダヤ人たちの不信仰により、イエスもこの目的を完全に達成されずに亡くなられたので、復帰摂理は、更に、彼の再臨期まで延長されてきたという事実を論述した。それでは、復帰摂理はなぜ延長されるのだろうか。これは予定論によってのみ解決される問題である。予定論によれば、神のみ旨は、絶対的なものとして予定され、摂理なさるので、一度立てられたみ旨は必ず成就されるのである。しかし、ある人物を中心とするみ旨成就の可否は、どこまでも相対的であって、それは神の責任分担とその人物の責任分担とが一体となって初めて成就されるのである。したがって、そのみ旨成就の使命を担当した人物が、責任分担を全部果たさないために、そのみ旨が達成されないときには、時代を変えて他の人物をその代わりに立てても、必ず、そのみ旨を成就する摂理をなさるのである。このようにして復帰摂理は延長されていくのである。

また、我々は、復帰摂理がどのようにして延長されるかを知らなければならない。創造原理によれば、神は三数的存在であられるので、神に似たすべての被造物は、その存在様相や、運動や、またその成長過程など、すべてが三数過程を通じて現れる。ゆえに、四位基台を造成し、円形運動をして創造目的を成し遂げるに当たっても、正分合の三段階の作用により、三対象目的を達成して三点を通過しなければならないのである。ところが創造目的を復帰していく摂理は、み言による再創造の摂理であるので、この復帰摂理が延長されるときにも、創造原理により、三段階までは延長され得るのである。

アダムの家庭で、カインとアベルの「実体献祭」が失敗したので、このみ旨は、ノアを経てアブラハムまで三次にわたって延長され、アブラハムが「象徴献祭」に失敗するや、そのみ旨は、イサクを経てヤコブまで延長された。また、モーセやイエスを中心としたカナン復帰路程も、各々三次まで延長されたのである。そればかりでなく、神殿建築の理想は、サウル王の過ちにより、ダビデ王、ソロモン王にまで延長され、また、最初のアダムによって達成されなかった神の創造理想は、後のアダムとして来られたイエスを経て、彼の再臨期まで、三次にわたって延長されていくのである。「三度目の正直」という  があるが、これは、このような原理を現実生活の中で探しだしたものといえる。

 

(二) 縦的な蕩減条件と横的な蕩減復帰

 

復帰摂理のみ旨を担当した中心人物は、自分が立たせられるまでの摂理路程において、自分と同じ使命を担当した人物たちが、立てようとしたすべての蕩減条件を、自分を中心として、一時に蕩減復帰しなければ、彼らの使命を継承し、完遂することができないのである。したがって、このような人物が、また、その使命を完遂できなかったときには、彼が立てようとした蕩減条件は、その次に彼の代理使命者として来る人物が立てなければならない蕩減条件として、その人物に引き渡されるのである。このように、復帰摂理路程において、その摂理を担当した人物たちがその責任を果たせなかったことから、歴史的に加重されてきた条件を、縦的な蕩減条件といい、このようなすべての条件を、ある特定の使命者を中心として一時に蕩減復帰することを、横的な蕩減復帰というのである。

例を挙げれば、アブラハムがその使命を完遂するためには、アダムの家庭と、ノアの家庭が立てようとしたすべての縦的な蕩減条件を、一時に横的に蕩減復帰しなければならなかった。ゆえに、アブラハムが、三つの供え物を一つの祭壇に置いて、一時に献祭したのは、アダムからノア、アブラハムと三段階にわたって延長されてきた縦的な蕩減条件を、アブラハムの献祭を中心として、一時に、横的に蕩減復帰するためであったのである。したがって、その三つの供え物は、既に、アダムとノアが立て損なったいろいろの条件と、またアブラハムが中心となって立てようとしたすべての条件を象徴するのである。

そうして、ヤコブは、ノアから彼自身に至るまでの十二代の縦的な蕩減条件を、一時に、横的に蕩減復帰する条件を立てなければならなかったので、十二人の子供を立て、十二部族に殖やしていったのである。同じく、イエスもやはり、四〇〇〇年摂理歴史路程において、復帰摂理を担当してきた数多くの預言者たちが残しておいた縦的蕩減条件を、彼自身を中心として、一時に、横的に蕩減復帰なさらなければならなかったのである。

例を挙げれば、イエスが、十二弟子と七十人門徒を立てられたということは、十二子息と七十人家族を中心として摂理されたヤコブの路程と、十二部族と七十長老を中心として摂理されたモーセの路程などの、縦的な蕩減条件を、イエスを中心として、一時に横的に蕩減復帰なさるためであったのである。また、イエスが四十日断食祈祷をされたのは、復帰摂理路程において、何回も繰り返された「信仰基台」を立てるのに必要とされる「四十日サタン分立」のすべての縦的な蕩減条件を、イエスを中心として、一時に、横的に蕩減復帰なさるためであったのである。このような意味から見るとき、復帰摂理を担当した人物は、単に一個人としてだけではなく、彼に先立って、同一の使命を負ってきたすべての預言者、烈士たちの再現体であり、また、彼らの歴史的な結実体であるということを知ることができるのである。

 

(三) 縦からなる横的な蕩減復帰

 

縦からなる横的な蕩減復帰が何であるかを調べてみることにしよう。既に、アブラハムを中心とする復帰摂理のところで詳述したが、アブラハムのときは、「メシヤのための家庭的な基台」を復帰するための摂理において、第三次に該当するときであった。したがって、そのときは、必ずそのみ旨を成し遂げなければならない原理的な条件のもとにあったので、アブラハムは、アダムの家庭とノアの家庭の過ちによって加重されてきたすべての縦的な蕩減条件を、一時に、横的に蕩減復帰しなければならなかったのである。しかし、アブラハムは、「象徴献祭」で失敗したので、その使命をその次の代に延長しなければならなくなっていた。そこで、神は、既に失敗したアブラハムを、失敗しなかったと同じ立場に立たせ、また、それによって縦的に延長される復帰摂理も、延長されないで、横的に蕩減復帰されたと同じ立場に立たせなければならなかったのである。神はこのような摂理をなさるために、既に、アブラハムを中心とした復帰摂理のところで詳述したように、アブラハムとイサクとヤコブが、各々その個体は互いに違うが、み旨を中心として見れば、完全な一体として、蕩減条件を立てるように摂理されたのである。このように、アブラハムとイサク、ヤコブは、み旨から見れば、完全に一体となったので、ヤコブの成功は、すなわち、イサクの成功であり、また、アブラハムの成功でもあったのである。それゆえに、アブラハムを中心としたみ旨は、縦的に、イサクとヤコブに延長されたけれども、結局み旨を中心として見れば、それは延長されないで、アブラハムを中心として横的に蕩減復帰されたのと同じ結果になったのである。

ゆえにアブラハム、イサク、ヤコブは、み旨を中心とした側面においては、アブラハム一人のように見なければならない。したがって、そのみ旨は、アブラハム一代において成就されたと同じ立場であったのである。出エジプト記三章6節に、神が「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と言われたのは、このような観点から、彼ら三代は一体であるという事実を立証されたといえるのである。

このように、アブラハムが、彼の「象徴献祭」の失敗により、彼自身を中心として横的な蕩減条件を立てられなくなったとき、縦的に、イサクとヤコブの三代に延長しながら立てた、縦的な蕩減条件を、結局、アブラハムを中心として、一代で横的に蕩減復帰したのと同じ立場に立たせたので、これを、縦からなる横的な蕩減復帰というのである。

 

(四) 信仰基台を復帰するための数理的な蕩減期間

 

我々は既に、後編緒論で、信仰を立てる中心人物が、「信仰基台」を復帰するには、彼のための数理的な蕩減期間を復帰しなければならないということを論述したが、今、この理由を調べてみることにしよう。神は数理的にも存在し給う方である。ゆえに、人間を中心とする被造世界は、無形の主体であられる神の二性性相の数理的な展開による実体対象である。被造物の平面的な原理を探求する科学の発達が、数理的な研究によってのみ可能であることも、ここに、その原因がある。このように創造された人間始祖は、数理的な成長期間を経たのちに、「信仰基台」を立てて、数理的な完成実体となるように創造されたのである。このような被造世界が、サタンの主管圏に落ちたので、これを復帰するためには、それを象徴するある条件物を立てて、サタンの侵入を受けた数を復帰する数理的な蕩減期間を立てることにより、「信仰基台」を蕩減復帰しなければならない。

それでは、元来堕落前の人間始祖は、いかなる数による「信仰基台」を立て、いかなる数理的な完成実体となるべきであったのだろうか。創造原理によれば、あらゆる存在物を通じて、四位基台を造成しないで存在できるものは一つもない。したがって、未完成期にあったアダムとエバも、四位基台造成により存在したのである。この四位基台は、その各位で各々成長期間の三段階を経て、合計十二数の数理的な成長期間を完成し、十二対象目的をつくるようになるのである。したがって、アダムが、「信仰基台」を立てるべきであった成長期間は、すなわち、十二数完成期間である。それゆえに、第一には、未完成期にあった人間始祖は、十二数による「信仰基台」を立てて、十二対象目的を完成することによって、十二数完成実体とならなければならなかったのである。しかし、彼らが堕落することによってこれがサタンの侵入を受けたから、復帰摂理歴史路程において、これを蕩減復帰する中心人物は、十二数を復帰する蕩減期間を立てて、「信仰基台」を蕩減復帰しなければ、十二数完成実体の復帰のための「実体基台」を造成することができないのである。例を挙げれば、ノアが箱舟をつくる期間一二〇年、モーセを中心とするカナン復帰摂理期間一二〇年、アブラハムが召命されたのち、ヤコブがエサウから、長子の嗣業を復帰できる蕩減条件を立てるまでの一二〇年、また、この期間を蕩減復帰するための、旧約時代における統一王国時代一二〇年と、新約時代におけるキリスト王国時代一二〇年などは、みな、この十二数を復帰するための蕩減期間であったのである。

また、堕落前の未完成期のアダムとエバは、成長期間の三段階を経て、第四段階である神の直接主管圏内に入って、初めて四位基台を完成するようになっていた。したがって、彼らが「信仰基台」を立てる成長期間は、四数完成期間にもなる。それゆえに、第二には、未完成期にあった人間始祖は、四数による「信仰基台」を立てて、四位基台を完成し、四数完成実体にならなければならなかったのである。しかし、彼らが堕落によって、サタンの侵入を受けたので、復帰摂理歴史路程において、これを蕩減復帰する中心人物は、四数を復帰する蕩減期間を立ててから、「信仰基台」を蕩減復帰しなければ、四数完成実体の復帰のための「実体基台」をつくることができなくなっている。

既に、後編第一章第二節(一)(2)で詳しく述べたように、ノアの箱舟を中心とする審判四十日をはじめ、モーセの断食四十日、カナンの偵察期間四十日、イエスの断食四十日、復活四十日などは、みな、この「信仰基台」を復帰するための四数復帰の蕩減期間であったのである。

そしてまた、成長期間は、二十一数完成期間にもなる。ゆえに、第三には、未完成期にあった人間始祖は、二十一数による「信仰基台」を立て、創造目的を完成し、二十一数完成実体とならなければならないのである。しかし、彼らが堕落することにより、これまた、サタンの侵入を受けたから、復帰摂理歴史路程において、これを蕩減復帰する中心人物は、二十一数を復帰する蕩減期間を立てて、「信仰基台」を蕩減復帰しなければ、二十一数完成実体の復帰のための「実体基台」を造成することができなくなっている。

では、どうして成長期間が二十一数完成期間になるのかを調べてみることにしよう。二十一数の意義を知るには、まず、三数と四数と七数に対する原理的な意義を知らなければならない。二性性相の中和的主体であられる神は三数的存在である。そして、被造物の完成はすなわち、神と一体となり四位基台を造成することを意味するので、人間の個体が完成されるためには、神を中心として心と体とが三位一体となり、四位基台を造成しなければならない。夫婦として完成されるためには、神を中心として、男性と女性が三位一体となり、四位基台を造成しなければならない。また、被造世界が完成されるためには、神を中心として、人間と万物世界が三位一体となり、四位基台をつくらなければならないのである。被造物はこのように、神を中心として一体となり、四位基台を造成するためには、成長期の三期間を経て、三対象目的を完成しなければならない。このような理由で、三数を天の数、または、完成数と称する。

以上のように、ある主体と対象とが、神を中心として合性一体化し、三位一体をつくるとき、その個性体は四位基台をつくり、東西南北の四方性を備えた被造物としての位置を決定するようになる。このような意味から、四数を地の数と称するのである。

このように、被造物が三段階の成長過程を経て四位基台をつくり、時間性と空間性をもつ存在として完成されれば、天の数と地の数とを合わせた七数完成の実体になる。天地創造の全期間が、七日になっている原因もここにあったのである。そして、創造の全期間を、一つの期間として見るときには、七数完成期間となるので、いかなるものでも、完成される一つの期間を七数完成期間として見ることができる。それゆえに、成長期間を形成する三つの期間を、各々、蘇生段階が完成される一つの期間、長成段階が完成される一つの期間、完成段階が完成される一つの期間として見れば、これらの期間もやはり、各々七数完成期間になるので、全成長期間は、合わせて二十一数の完成期間であるということが分かるのである。

「信仰基台」のための中心人物たちが立てた、二十一数蕩減期間の例を挙げれば、ノアの洪水期間に、神が三段階の摂理を予示なさるために、ノアをして三回にわたって鳩を外に放たしめたが、その期間を、各々、七日間にされたので、み旨から見たその全期間は、二十一日となったのである(創七・4、創八・10、創八・12)。また、ヤコブが家庭的カナン復帰路程を立てるために、ハランへ行ってから、再び、カナンに帰ってくる摂理の期間を立てるときにも、これまた、七年ずつ三次にわたって、二十一年を要したのである。なお、ヤコブのこの二十一年を蕩減復帰する期間として、旧約時代には、イスラエル民族のバビロン捕虜および帰還の期間二一〇年があり、新約時代には、法王捕虜および帰還の期間二一〇年があったのである。

成長期間は、これまた、四十数完成期間でもある。ゆえに、第四には、堕落前の未完成期にあった人間始祖は、四十数による「信仰基台」を立てて、創造目的を完成することにより、四十数完成実体とならなければならなかったのである。しかし、彼らの堕落により、これにサタンの侵入を受けたので、復帰摂理歴史路程において、これを蕩減復帰する中心人物は、四十数を復帰する蕩減期間を立てて、「信仰基台」を蕩減復帰しなければ四十数完成実体の復帰のための「実体基台」を造成することができなくなっている。

それでは、いかにして成長期間が四十数完成期間となるかを調べてみることにしよう。これを知るためには、まず、十数に対する意義を知らなければならない。成長期間三段階の各期間が、再び、各々三段階に区分されれば、九段階になる。九数の原理的根拠はここにある。ところが、神の無形の二性性相の数理的展開により、その実体対象に分立された被造物は、成長期間の九段階を経て、第十段階である神の直接主管圏に入り、神と一体となるとき、初めて創造目的を完成するようになる。それゆえに、我々は、十数を帰一数と称する。神が、アダム以後十代目にノアを選ばれたのは、アダムを中心として成し遂げようとされたみ旨を、ノアを中心として復帰させ、神の側へ再帰一させるための十数復帰の蕩減期間を立てさせるためであったのである。

そのため、アダムとエバを中心とする四位基台は、その各位が、各々成長期間の十段階を経て、合計四十数の数理的な成長期間を完成することによって、四十数完成実体基台となるのである。ゆえに成長期間は四十数完成期間ともなるのである。

復帰摂理の歴史路程において、この基台を復帰するために立てられた四十数蕩減期間の例を挙げれば、ノアのとき、箱舟がアララテの山にとどまったのち、鳩を放つまでの四十日期間、モーセのパロ宮中四十年、ミデヤン荒野四十年、民族的カナン復帰の荒野四十年などがそれである。

このように、我々は、蕩減復帰摂理路程における四十数は、二つの性格をもっていることが分かるようになる。一つは、堕落人間が四数を蕩減復帰するとき、これに帰一数である十数が、乗ぜられてできた四十数であり、また一つは、既に述べたように、堕落前のアダムが立てるべきであった成長期間の四十数を、蕩減復帰するためのものである。ゆえに、民族的カナン復帰の荒野四十年は、モーセのパロ宮中四十年と、ミデヤン荒野四十年を蕩減復帰する期間であると同時に、偵察四十日を、したがって、モーセの断食四十日を蕩減復帰する期間でもある。ゆえに、この四十年期間は、既に論じたように、互いに性格を異にする二つの四十数を、同時に蕩減復帰するものなのである。これは、復帰摂理路程において、「信仰基台」を立てる中心人物が、縦的な蕩減条件を、みな同時に横的に蕩減復帰するときに起こる現象である。そして、この四十数を蕩減復帰する摂理が延長されるときには、それが十段階原則による蕩減期間を通過しなければならないので、四十数は十倍数による倍加原則に従って、四〇〇数、または、四〇〇〇数に延長されるのである。この原則に相当する例を挙げれば、ノアからアブラハムまでの四〇〇年、エジプト苦役四〇〇年、アダムからイエスまでの四〇〇〇年などがそれである。

我々は、上述のことから、復帰摂理の中心人物が「信仰基台」を復帰するためには、いかなる数理的な蕩減期間を立てなければならないかを総合してみることにしよう。元来、人間始祖が堕落しないで、十二数、四数、二十一数、四十数などによる「信仰基台」を立てて、創造目的を完成し、このような数の完成実体にならなければならなかったのである。しかし、彼らの堕落によりこれらすべてのものが、サタンの侵入を受けたので、復帰摂理歴史路程において、これらを蕩減復帰する中心人物は、十二数、四数、二十一数、四十数などを復帰する数理的な蕩減期間を立てなければ、「信仰基台」を復帰して、このような数の完成実体復帰のために必要な「実体基台」は造成することができなくなっているのである。

 

(五) 代数を中心とする同時性の時代

 

神はアダムより十代、一六〇〇年目にノアを選ばれ、「信仰基台」を復帰するための中心人物を立たせられた。我々は、ここで、一六〇〇年と十代は、いかなる数を復帰する蕩減期間としての意義をもつかを調べてみることにしよう。

我々は前の項で、十数は帰一数であることと、成長期間はこの十数完成期間でもあるということを述べた。ゆえに、人間始祖はこの十数完成期間を、自分自身の責任分担遂行によって通過し、十数完成実体とならなければならなかったのである。しかし、彼らの堕落によりこれらのすべてのものは、サタンの侵入を受けたので、これらを蕩減復帰するための中心人物を探し立てて、神の側に再帰一させる十数完成実体の復帰摂理をなさるためには、その中心人物をして、十数を復帰する蕩減期間を立てさせなければならない。神はこのような十数復帰の蕩減期間を立たせるために、アダムから十代目にノアを召命なさり、復帰摂理の中心人物に立たせられたのである。

我々はまた、人間始祖が四十数完成の成長期間をみな通過しない限り、四十数完成実体になれないということも既に論述した。ところが、堕落人間は蕩減復帰のための四位基台をつくり、アダムが堕落せずに立てるべきであった四十数を復帰する蕩減期間を立てなければ、四十数完成実体の復帰のための中心人物とはなれないのである。したがって、四位基台の各位が四十数を復帰する蕩減期間を立てなければならないので、それらを合わせると一六〇数を復帰する蕩減期間とならざるを得ない。そして、これを帰一数として、それを十代にわたって立てなければならないので、これらを合わせて一六〇〇数を復帰する蕩減期間とならざるを得ないのである。神がアダムから十代と一六〇〇年目にノアを選ばれたのは、堕落人間が正にこのような一六〇〇数を復帰する蕩減期間を立てなければならなかったからである。

神は、ノアの家庭を中心とする復帰摂理に失敗されたのち、十代と四〇〇年目に、更にアブラハムを選ばれ、復帰摂理の中心人物に立たせられたのである。したがって、ノアからアブラハムまでの時代は、アダムからノアまでの時代を、代数を中心として蕩減復帰する同時性の時代であった。

この時代がどうして四〇〇年になったかということについては、既に、後編第一章第三節(一)(1)で論述した。神が、ノアをして四十日審判期間を立てるようにされたのは、十代と一六〇〇年による数理的な蕩減復帰の全目的を成就なさるためであったのである。ところが、ハムの過ちによりこの四十日審判期間が、再びサタンの侵入を受けたので、神は復帰摂理を担当した中心人物をして、また、これを復帰する蕩減期間を立てるようになさらなければならなかったのである。しかし、神はアダム以後各代ごとに、一六〇数を復帰するための蕩減期間を立てる摂理をされて、これをノアのときまで十代の間続けてこられたように、それと同時性の時代であるノアからアブラハムに至るまでの十代も、各代ごとに審判四十数を復帰する蕩減期間として、立てていかなければならなかったのである。

ところで、一代の蕩減期間を四十日として立てることはできないので、イスラエル民族が、偵察四十日の失敗を荒野流浪四十年期間でもって蕩減復帰したように(民数一四・34)、蕩減法則により、審判四十日の失敗を、四十年期間として蕩減なさるため、神は四十年を一代の蕩減期間として立てるようにされたのである。このように、一代を四十年蕩減期間として立たせる摂理が、十代にわたるようになったので、その全蕩減期間は四〇〇年を要するものとならざるを得なかったのである。

 

(六) 縦からなる横的蕩減復帰摂理時代

 

上記で既に明らかにしたように、復帰摂理を担当した中心人物は、縦的な蕩減条件をみな横的に蕩減復帰しなければならないので、摂理歴史が延長されるにつれて、復帰摂理を担当する後代の人物が立てるべき横的な蕩減条件は、次第に加重されるのである。ところが、アダム家庭を中心とする復帰摂理においては、これは復帰摂理を最初に始めたときであったので、縦的な蕩減条件はいまだなかったのである。したがって、アダムの家庭を中心とした復帰摂理においては、カインとアベルが、「象徴献祭」をささげることと、カインがアベルに従順に屈伏して、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てて、「実体献祭」をささげることによって、簡単に「メシヤのための基台」を造成することができたのである。したがって、「信仰基台」を復帰するための数理的蕩減期間も、彼らが象徴と実体の二つの献祭をささげる期間でもって、蕩減復帰することができたのである。ゆえに、アダム以後の信仰を立てる中心人物たちが、「信仰基台」を復帰するために、既に論述したような、十二、四、二十一、四十などの各数を復帰する数理的な蕩減期間を立てなければならなくなったのは、アダムの家庭の献祭失敗により、復帰摂理の期間が延長されるに従って、その数理的な蕩減期間が縦的な蕩減条件として残されたからである。したがって、ノアはその蕩減条件を横的に蕩減復帰すべき立場であったので、彼は、「信仰基台」を復帰するための数理的な蕩減期間として、箱舟をつくる期間一二〇年、洪水審判期間四十日、鳩を三次にわたって放つために立てられた七日ずつの三次にわたる、合わせて二十一日期間(創七・4、創八・10、創八・12)、箱舟がアララテの山にとどまったのち、鳩を放つまでの四十日期間などを立てなければならなかったのである(創八・6)。

ハムの失敗により、ノアが立てたこれらの数理的な蕩減期間は、再びサタンの侵入を受けるようになって、それらは、更に縦的な蕩減条件として残るようになった。ゆえに、アブラハムはその期間を再び「象徴献祭」で、一時に、横的に蕩減復帰しなければならなくなったのである。しかし、アブラハムも、やはり「象徴献祭」で失敗したので、それらの期間を蕩減復帰することができなかった。それゆえに、これらの期間を更に、縦からなる横的蕩減期間として復帰するため、み旨成就を、イサクとヤコブへと延長させながら、十二、四、二十一、四十の各数に該当する蕩減期間を、再び、探し立てなければならなかったのである。

アブラハムを中心とする復帰摂理において、彼がハランから出発したのち、ヤコブがパンとレンズ豆のあつもので、エサウから長子の嗣業を得るまでの一二〇年、そのときからヤコブがイサクから長子の嗣業を受け継ぐ祝福を受けて、ハランへ行く途中、神の祝福を受けるまで(創二八・1014)の四十年、また、そのときからハランにおける苦役を終えて、妻子と財物を得てカナンへ帰ってくるまでの二十一年(創三一・41)、ヤコブがカナンに帰ったのち、売られていったヨセフを訪ねて、エジプトへ入るまでの四十年などは、みな「信仰基台」を復帰するための縦からなる横的蕩減期間である。このようにして、縦からなる横的蕩減復帰期間の年数が決定されていったのである。

 

摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代

第四章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代

 

第一節 エジプト苦役時代とローマ帝国迫害時代

第二節 師士時代と教区長制キリスト教会時代

第三節 統一王国時代とキリスト王国時代

第四節 南北王朝分立時代と東西王朝分立時代

第五節 ユダヤ民族捕虜および帰還時代と法王捕虜および帰還時代

第六節 メシヤ降臨準備時代とメシヤ再降臨準備時代

第七節 復帰摂理から見た歴史発展

 

 

既に論じたように、復帰摂理の目的は、「メシヤのための基台」を復帰しようとするところにあるので、その摂理が延長されるに従って、その基台を復帰しようとする摂理も反復されていくのである。ところが「メシヤのための基台」を造成するためには、第一に、復帰摂理を担当したある中心人物が、ある期間内に、ある条件物を通じて、神のみ旨にかなう象徴献祭をすることによって、「信仰基台」を立てなければならないし、次には「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てて、神のみ旨にかなう「実体献祭」をすることにより「実体基台」をつくらなければならない。それゆえに、「メシヤのための基台」を復帰するために、摂理を反復してきたすべての復帰摂理の路程は、結局、「象徴献祭」と「実体献祭」を蕩減復帰しようとした摂理の反復にほかならなかったのである。したがって、「メシヤのための基台」を復帰するために、摂理路程の反復によって形成されてきたところの摂理的同時性の時代は、結局、先に言及した二つの献祭を蕩減復帰しようとして生じた一連の摂理的な史実を通じて、その同時性が形成されてきたのである。我々はこのような原則のもとで、各摂理時代の性格を調べてみることにしよう。

 

ところで、その時代的性格を把握するためには、その摂理を担当した中心民族と、その中心史料とに対する理解が必要である。ゆえに、我々はまず、復帰摂理をなしてきた中心民族と、その史料とを、詳しく調べてみなければならないのである。人類歴史は、数多くの民族史を連結するというかたちで発展してきた。ところで、神は、その中で、ある民族を特別に選ばれて、「メシヤのための基台」を造成する典型的な復帰摂理路程を歩ましめることによって、その民族が天倫の中心となり、人類歴史を指導し得るように導いてこられたのである。このような使命のために選ばれた民族を選民という。

 

神の選民は、もともと、「メシヤのための家庭的な基台」を立てたアブラハムの子孫によってつくられたのである。それゆえに、アブラハムから始まったところの復帰摂理時代の摂理をなしてきた中心民族は、イスラエルの選民であった。したがって、イスラエル民族史は、この時代における復帰摂理時代の史料となるのである。

 

しかし、イスラエル民族は、イエスを十字架にかけて殺害してしまったので、その後は、選民としての資格を喪失したのである。それゆえに、このことを予知されたイエスは、ぶどう園の比喩でそれを暗示され、その結論として「神の国はあなたがたから取り上げられて、御国にふさわしい実を結ぶような異邦人に与えられるであろう」(マタイ二一・43)と語られたのである。そしてまた、パウロも、アブラハムの血統的な子孫であるからといって、彼らがイスラエルになるのではなく、神の約束のみ旨を信奉する民だけがイスラエルになると言ったのであった(ロマ九・6〜8)。事実上、イエスから始まった復帰摂理延長時代の摂理をなしてきた中心民族は、イスラエル民族ではなく、彼らがなし得なかった復帰摂理を継承したキリスト教信徒たちであったのである。したがって、キリスト教史が、この時代の復帰摂理歴史の中心史料となるのである。このような意味において、旧約時代のアブラハムの血統的な子孫を第一イスラエルというならば、新約時代のキリスト教信徒たちは、第二イスラエルとなるのである。

 

旧約と新約の聖書を対照してみれば、旧約聖書の律法書(創世記から申命記までの五巻)、歴史書(ヨシュア記からエステル記までの十二巻)、詩文書(ヨブ記から雅歌までの五巻)、預言書(イザヤ書からマラキ書までの十七巻)は、各々新約聖書の福音書、使徒行伝、使徒書簡、ヨハネ黙示録に該当する。しかし、旧約聖書の歴史書には、第一イスラエルの二〇〇〇年の歴史が全部記録されているが、新約聖書の使徒行伝には、イエス当時の第二イスラエル(キリスト教信徒)の歴史だけしか記録されていない。それゆえに、新約聖書の使徒行伝が、旧約聖書の歴史書に該当する内容となるためには、イエス以後二〇〇〇年のキリスト教史が、そこに添加されなければならないのである。したがって、キリスト教史は、イエス以後の復帰摂理歴史をつくる史料となるのである。

 

上記の第一、第二、両イスラエルの歴史を中心として、同時性をもって展開せられた復帰摂理時代と、復帰摂理延長時代の内容をなしている各時代の性格を対照してみることによって、事実上、人類歴史は、生きて働いておられる神のみ手による、一貫した公式的な摂理によってつくられてきたということを、一層明白に理解することができるであろう。

 

 

第一節 エジプト苦役時代とローマ帝国迫害時代

 

ノアからアブラハムまでの四〇〇年のサタン分立期間は、アブラハムの献祭の失敗によって、サタンの侵入を受けたので、この四〇〇年期間を再び蕩減復帰する役割を担ったエジプト苦役時代には、ヤコブとその十二子息を中心とした七十人家族がエジプトに入ってきて、それ以来、その子孫たちは四〇〇年間、エジプト人たちによって悲惨な虐待を受けたのであった。この時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰するローマ帝国迫害時代においても、イスラエルの選民たちが、イエスを生きた供え物としてささげる献祭に失敗し、彼を十字架に引き渡すことによって、サタンの侵入を受けるようになったので、メシヤ降臨準備時代四〇〇年のサタン分立期間を蕩減復帰するために、イエスを中心とする十二弟子と七十人の門徒、そうして、キリスト教信徒たちが、ローマ帝国において、四〇〇年の間、惨めな迫害を受けなければならなかったのである。

 

エジプト苦役時代においては、第一のイスラエル選民たちは、割礼を施し(出エ四・25)、犠牲をささげ(出エ五・3)、安息日を守りながら(出エ一六・23)、アブラハムの献祭の失敗によって侵入したサタンを分立する生活をしたのである。それゆえに、ローマ帝国迫害時代にも、第二イスラエル選民たちは、聖餐式と洗礼を施し、信徒自身をいけにえの供え物としてささげ、安息日を守ることにより、イエスを十字架に引き渡すことによって侵入したサタンを分立する生活をしなければならなかったのである。

 

エジプト苦役時代における四〇〇年間の苦役が終わったのち、モーセは、三大奇跡と十災禍の権威をもって、パロを屈伏させ、第一イスラエルの選民を率いてエジプトを出発し、カナンの地に向かったのであった。同様に、ローマ帝国迫害時代においても、第二イスラエルの選民たちに対する四世紀間の迫害が終わったのち、イエスは、心霊的な奇跡と権威とをもって、数多くの信徒たちを呼び起こされ、また、コンスタンチヌス大帝を感化させて、三一三年には、キリスト教を公認せしめ、つづいて、三九二年、テオドシウス一世のときに至っては、かくも甚だしく迫害してきたキリスト教を、国教として制定せしめられたのである。このようにして、キリスト教信徒たちは、サタンの世界から、霊的にカナンに復帰するようになったのであった。ところで、律法による外的な蕩減条件をもって摂理してこられた旧約時代においては、モーセが、外的な奇跡と権威でパロを屈伏させたのであるが、新約時代は、み言による内的な蕩減条件をもって摂理される時代であるので、心霊的な感化をもって摂理されたのである。

 

エジプト苦役時代が終わったのち、モーセは、シナイ山で十戒とみ言を受けることによって、旧約聖書の中心を立て、また、石板と幕屋と契約の箱を受けることによって、第一イスラエル選民たちが、メシヤを迎えるための神のみ旨を立てていくようになったのである。これと同じく、第二イスラエル選民たちは、ローマ帝国迫害時代が終わったのちに、旧約時代の十戒と幕屋理想とを霊的に成就するためのみ言をもって、使徒たちの記録を集め、新約聖書を決定し、そのみ言を中心とする教会をつくって、再臨主を迎えるための基台を広めていくようになったのである。イエス以後においては、イエスと聖霊とが、直接、信徒たちを導かれたので、それ以前の摂理時代のように、ある一人の人間を神に代わらせ、全体的な摂理の中心人物として立てられたのではなかった。

 

 

第二節 士師時代と教区長制キリスト教会時代

 

モーセの使命を継承したヨシュアが、イスラエルの選民を導いてカナンの地に入ったのち、オテニエル士師をはじめとした、十二士師のあとに引き続いて、サムソン、エリ、サムエルに至るまで、合わせて十五士師が、イスラエルを指導した四〇〇年間を、士師時代というのである。彼ら士師たちは、次の時代において分担された預言者と祭司長と国王の使命を、すべて兼任していたのであった。それゆえに、ユダヤ教の封建社会は、このときから始まったのである。このような士師時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰する時代である新約時代の教区長制のキリスト教会時代においても、教区長たちは、キリスト教信徒を指導するという面において、士師のそれに該当する職分を帯びていたのである。

 

イエス以前の時代では、第一イスラエルを中心として、霊肉合わせて「メシヤのための基台」を造成してきたので、政治と経済と宗教とが、一人の指導者のもとに統率されていたのである。しかし、イエス以後の路程においては、既に造成された「メシヤのための霊的基台」の上で、霊的な「王の王」であられるイエスを中心として、霊的な王国を建設するようになったので、新約時代における第二イスラエルからなるキリスト教界は、復活されたイエスを王として信奉する、一つの国土のない霊的な王国であった。

 

教区長は、このような霊的な王国建設において、士師と同じ使命をもっていたので、ときには、預言者にもならなければならず、あるときには、祭司長の役割を、そして、またあるときには、教区を統治する国王のような使命をも果たさなければならなかったのである。このようなわけで、キリスト教の封建社会は、このときから始まったのであった。

 

士師時代においては、サタンの世界であるエジプトから出発したイスラエル民族が、みな荒野で倒れてしまい、そこで生まれた彼らの子孫たちだけが、エジプト以来たった二人の生き残りであるヨシュアとカレブの導きに従い、カナンの地に入ってのち、各部族に分配された新しい土地で、士師を中心として新しい選民を形成し、イスラエル封建社会の土台を築きあげたのである。これと同じく、教区長制キリスト教会時代においても、キリスト教は、サタンの世界であるローマ帝国から解放されてのち、四世紀に、蒙古族の一派であるフン族の西侵により西ヨーロッパに移動してきたゲルマン民族に、福音を伝えることによって、西ヨーロッパの新しい土地で、ゲルマン民族を新しい選民として立て、キリスト教封建社会の土台を形成したのであった。

 

エジプトを出発したイスラエル民族のカナン復帰路程において「実体基台」をつくるために、幕屋を、メシヤの象徴体であると同時に、アベルを代理する条件物として立てたという事実は、既に、モーセを中心とした復帰摂理で詳しく論じたはずである。ゆえに、士師時代におけるイスラエル民族は、士師たちの指導に従って、幕屋から下されるみ旨のみを信奉しなければならなかったのであるが、彼らはカナンの七族を滅ぼさないで、そのままにしておいたので、彼らから悪習を習い、偶像を崇拝するようになってしまい、その結果、彼らの信仰に、大きな混乱を引き起こしたのである。これと同じく、教区長制キリスト教会時代においても、キリスト教信徒たちは、教区長の指導に従い、メシヤの形象体であると同時に、アベルを代理する条件物である、教会のみ旨のみを信奉しなければならなかったのであるが、彼らはゲルマン民族から異教の影響を受けたために、彼らの信仰に、大きな混乱を引き起こすようになったのである。

 

 

第三節 統一王国時代とキリスト王国時代

 

統一王国時代に入るに従って、士師が第一イスラエルを指導した時代は過ぎさり、神の命令を直接受ける預言者と、幕屋と神殿を信奉する祭司長と、そして、国民を統治する国王が鼎立して、復帰摂理の目的を中心とする、各自の指導的な使命を遂行しなければならなくなった。それゆえに、この時代を実体的な同時性をもって蕩減復帰するキリスト王国時代においても、教区長が第二イスラエルを指導してきた時代は過ぎさり、預言者に該当する修道院と、祭司長に該当する法王と、そして国民を統治する国王とが、復帰摂理の目的を中心として、第二イスラエルを指導していかなければならなくなったのである。当時のキリスト教は、エルサレム、アンテオケ、アレクサンドリヤ、コンスタンチノープル、ローマなどの五大教区に分立していた。その中で、最も優位におかれていたローマ教区長は、他の教区を統轄する位置におかれていたので、特に彼を法王と呼ぶようになったのである。

 

イスラエル民族が、エジプトから解放されてのちのモーセの幕屋理想は、統一王国に至って初めて、国王を中心とする神殿理想として現れ、王国をつくったのであるが、これは、将来イエスが、実体神殿として来られて王の王となられ、王国を建設するということに対応する形象的路程であった(イザヤ九・6)。それと同じく、キリスト王国時代においても、キリスト教信徒たちが、ローマ帝国から解放されたとき、聖アウグスチヌスによって、そのキリスト教理想として著述されたところの「神国論」が、このときに至って、チャールズ大帝によるキリスト王国(チャールズ大帝のときからのフランク王国)として現れたのであるが、これは、将来イエスが王の王として再臨せられ、王国を建設するということに対応する形象的路程であったのである。それゆえに、この時代には、国王と法王とが神のみ旨を中心として完全に一つになり、キリスト教理想を実現することにより、イエス以後、「メシヤのための霊的基台」の上で、法王を中心としてつくってきた国土のない霊的王国と、国王を中心とした実体的な王国とが、キリスト教理想を中心として一つとならなければならなかったのである。もし、当時、そのようになったならば、宗教と政治と経済とは相一致して、「再臨されるメシヤのための基台」をつくり得たはずであった。

 

統一王国時代において、「信仰基台」を復帰する中心人物は、預言者を通じて示される神のみ言を実現していく役割をもった国王であった。預言者や、祭司長は、神のみ言を代理する者であるから、その時代におけるアベルの立場に立つようになる。しかし、復帰摂理路程において、彼は、あくまでも霊界を代理して、天使長の立場から実体の世界を復帰していかなければならないので、国王が立ち得る霊的な基台を準備し、王を祝福して立たせたのちには、彼の前でカインの立場に立たなければならないのである。したがって、国王は、預言者を通じて下されるみ言によって国家を統治しなければならないのであり、また、預言者は、一人の国民の立場で国王に従わなければならないのである。それゆえに、この時代において、「信仰基台」を復帰する中心人物は、国王であった。事実、アブラハムから八〇〇年が経過したときに、預言者サムエルは、神の命を受けてサウルに油を注いで祝福することにより、彼を第一イスラエル選民の最初の王として立てたのである(サムエル上八・1922、同一〇・1〜24)。サウル王が、士師四〇〇年の基台の上で、彼の在位四十年を、神のみ旨にかなうように立てられたならば、彼は、エジプト苦役四〇〇年とモーセのパロ宮中四十年とを、共に蕩減復帰した立場に立つことができ、したがって彼は、「四十日サタン分立基台」の上で、「信仰基台」を立てることができたはずであった。すなわち、サウル王が、この基台の上で、メシヤの形象体である神殿を建設し、それを信奉したならば、彼は、モーセが第一次民族的カナン復帰に失敗しないで成功し、神殿を建設してそれを信奉したのと同様の立場に立つことができたのである。そして、イスラエルの選民たちが、サウル王を中心とするその「信仰基台」の上で、神殿を信奉していくこの国王を絶対的に信じ従ったならば、彼らは「実体基台」を造成して「メシヤのための基台」をつくり得たはずであった。ところが、サウル王は、預言者サムエルを通して与えられた、神の命令に逆らったので(サムエル上一五・1〜23)、神殿を建設することができなかったのである。このように、神殿を建設することができなかったサウル王は、すなわち、第一次民族的カナン復帰に失敗したモーセのような立場におかれたのであった。そして、サウル王を中心とする復帰摂理も、モーセのときと同じように、ダビデ王の四十年を経て、ソロモン王の四十年に至り、初めてその「信仰基台」が造成されて神殿を建設することができたのである。

 

あたかも、アブラハムの目的が、イサクを経て、ヤコブのときに成就されたように、アブラハムの立場にあったサウル王の神殿建設の目的は、ダビデ王を経て、ソロモン王のときに成就されたのである。しかし、その後、ソロモン王は淫乱に溺れて、実体献祭のためのアベルの立場を離れたので、「実体基台」はつくることができなかったのである。したがって、統一王国時代に成就されるべきであった「メシヤのための基台」は造成されなかった。

 

キリスト王国時代においては、統一王国時代のすべてのものを、実体的な同時性をもって蕩減復帰しなければならなかったので、この時代の「信仰基台」を蕩減復帰する中心人物は、修道院と法王とのキリスト教理念を実現しなければならない国王であった。したがって、法王は、統一王国時代における預言者の目的を信奉する祭司長の立場におかれていたので、彼は、国王がキリスト教理想を実現していくことのできる霊的な基台を準備し、彼を祝福して、王として立てたのちには、一人の国民の立場から、彼は従わなければならなかったし、また、国王は、法王の理想を奉じて、国民を統治しなければならなかったのである。事実上、このような摂理の目的のために、法王レオ三世は、紀元八〇〇年に、チャールズ大帝を祝福して、金の王冠をかぶらせることにより、彼を第二イスラエル選民の最初の王として立てたのであった。

 

チャールズ大帝は、士師時代四〇〇年を実体的な同時性をもって蕩減復帰した、教区長制キリスト教会時代四〇〇年の基台の上に立っていたので、サウル王のように、「四十日サタン分立基台」の上に立つようになったのであった。したがって、チャールズ大帝が、この基台の上で、キリストのみ言を信奉し、キリスト教理想を実現していったならば、この時代の「信仰基台」は造成されるようになっていたのである。事実、チャールズ大帝は、法王から祝福を受け、王位に上ることによって、この基台をつくったのであった。それゆえに、当時の第二イスラエルが、このような立場にいた国王を、絶対的に信じ、彼に従ったならば、そのときに「実体基台」は立てられたはずであり、したがって「再臨されるメシヤのための基台」も、成就されるはずであったのである。

 

もし、このようになったならば、「メシヤのための霊的基台」の上で、法王を中心として立てられた霊的な王国と、国王を中心とした実体的な王国とが一つとなり、その基台の上にイエスが再び来られて、メシヤ王国をつくることができたはずである。ところが、国王が神のみ旨を信奉し得ず、「実体献祭」をするための位置を離れてしまったので、実体基台は造成されず、したがって、「再臨されるメシヤのための基台」もつくられなかったのである。

 

 

第四節 南北王朝分立時代と東西王朝分立時代

 

サウルによって始まった統一王国時代は、ダビデ王を経て、ソロモン王に至り、その際、彼が王妃たちの信じていた異邦人の神々に香を焚き犠牲をささげた結果(列王上一一・5〜9)、この三代をもって、カインの立場であった十部族を中心とする北朝イスラエルと、アベルの立場であった二部族を中心とする南朝ユダに、分立されてしまった。そして、南北王朝分立時代がくるようになったのである。これと同じように、チャールズ大帝によって始まったキリスト王国も、三代目に至って、孫たち三人の間に紛争が起こり、そのためこの王国は東、西両フランクとイタリアに三分されたのである。しかし、イタリアは東フランクの支配を受けたので、実際においては、東、西フランク王国に両分されたのと同様であった。また、東フランクは、オットー一世によって大いに興隆し、神聖ローマ帝国と呼ばれるようになり、彼はローマ皇帝の名をもって西ヨーロッパを統治し、政教二権を確保しようとしたのであった。このようにして、東フランクは、西フランクに対してアベルの立場に立つようになったのである。

 

ソロモン朝の亡命客であったヤラベアムを中心とした北朝イスラエルは、二六〇年の間に十九王が代わった。彼らは互いに殺害しあい、王室が九度も変革され、列王の中には、善良な王が一人もいなかったのである。したがって、神は南朝ユダから遣わされた預言者エリヤを通して、カルメル山の祭壇に火をおこさせることによって、バアルとアシラの預言者八五〇名を滅ぼされ(列王上一八・1940)、そのほかにも、エリシャ、ヨナ、ホセア、アモスのような預言者たちを遣わされて、命懸けの伝道をするように摂理されたのであった。しかし、北朝イスラエルは依然として邪神を崇拝しつづけて、悔い改めることがなかったので、神は、彼らをアッシリヤに引き渡して滅亡させることにより、永遠に選民としての資格を失うように摂理されたのである(列王下一七・1723)。

 

また、ソロモンの息子であるレハベアムを中心とした南朝ユダは、ダビデよりゼデキアに至るまで、正統一系を通しつづけ、三九四年間にわたる二十人の王の中には、善良な王が多かったのであるが、ヨシヤ王以後は、悪い王たちが続出し、北朝の影響を受けて偶像崇拝にふけるようになったので、これらもまた、バビロニアの捕虜となってしまったのである。

 

このように、南北王朝分立時代において、イスラエル民族が、神殿理想に相反する立場に立つたびに、神は、継続して、四大預言者と十二小預言者を遣わされて、彼らを励まし、内的な刷新運動を起こされたのである。しかし、彼らは、預言者たちの勧告に耳を傾けず、悔い改めなかったので、神は、彼らをエジプト、カルデヤ、シリヤ、アッシリヤ、バビロニアなどの異邦人たちに引き渡して、外的な粛清の摂理をされたのであった。

 

この時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰する東西王朝分立時代においても、同じく、法王庁が腐敗して、トマス・アクィナス、聖フランシスなど、修道院の人物たちが彼らに勧告して、内的な刷新運動を起こしたのである。しかし、彼らもまた悔い改めず、堕落と腐敗に陥ったため、神は彼らを異邦人たちに引き渡して、外的な粛清の摂理をなさったのであり、これがすなわち、十字軍戦争であった。エルサレムの聖地が、カリフ帝国に属していたときには、キリスト教の巡礼者たちが、手厚い待遇を受けたのであるが、カリフ帝国が滅んでのち、セルジュク・トルコがエルサレムを占領したあとには、彼らは巡礼者たちを虐待したので、これに憤慨した歴代の法王たちは、この聖地を回復するために、十字軍戦争を起こしたのである。一〇九六年に起こった十字軍は、その後約二〇〇年間にわたって、七回の遠征を行ったのであるが、彼らは敗戦を繰り返すだけで終わってしまった。

 

南北王朝分立時代において、北朝イスラエル王国と南朝ユダ王国の国民たちが、みな、異邦人の捕虜となって連れていかれたので、イスラエルの君主社会は、崩壊してしまった。これと同じく、東西王朝分立時代においても、十字軍が異教徒に敗れ、法王権が、その権威と信望とを完全に失墜するにつれて、国民精神は、その中心を失ってしまったのである。それだけでなく、封建社会を維持していた領主と騎士たちが、多く戦死してしまったので、彼らは政治的な基盤を失ってしまい、また、度重なる敗戦により、莫大な戦費が消耗されたので、彼らは甚だしい経済的困窮に陥ってしまったのである。ここにおいてキリスト教君主社会は、ついに崩壊しはじめたのである。

 

 

第五節 ユダヤ民族捕虜および帰還時代と法王捕虜および帰還時代

 

ユダヤ民族は不信仰に陥って、一向に悔い改めなかったので、神殿理想を復帰することができず、その結果、神は再びこの目的を成就されるために、ちょうど、アブラハムの献祭失敗を蕩減復帰するために、イスラエルをして、サタン世界であるエジプトに入らせ、そこで苦役をするようにされたと同様に、ユダヤ民族も、サタン世界であるバビロンに捕虜として連れていかれ、苦役をするように摂理されたのである。

 

これと同じく、既に論じたように、神がキリスト王国時代を立てられたのは、法王と国王を中心として、「再臨のメシヤのための基台」を造成され、その基台の上で、メシヤとして再臨なさる王の王に、その国と王位を引き渡すことによって、メシヤ王国を建設するためであった(イザヤ九・6、ルカ一・33)。しかし、国王と、「実体基台」の中心人物として立てるための霊的な基台を造成しなければならなかった法王たちが、あくまで悔い改めなかったので、彼らは「再臨のメシヤのための基台」をつくることができなかったのである。ここにおいて、神は、この基台を復帰するための新しい摂理をされるために、法王が捕虜となって苦役を受けるようにされたのであった。

 

前に、エホヤキム王をはじめダニエルその他の王族、そして、政府の大臣たち、官吏と工匠など、数多くのユダヤ人たちが、バビロニア王ネブカデネザルによって、捕虜として捕らわれていった七十年の期間があり(エレミヤ三九・1〜10、列王下二四、二五)、ペルシャが、バビロニアを滅ぼし、クロス王が詔書を発布して彼らを解放したのち、三次にわたって故郷に帰還し、預言者マラキを中心として、メシヤのために準備する民族として立てられるときまでの一四〇年の期間があったのである。この時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰する、法王捕虜および帰還時代においても、やはりこのような路程を歩まなければならなかったのである。

 

王と僧侶たちは、彼らの不道徳のゆえに、国民の信望を失うようになったので、法王の権威は地に落ちてしまった。また、十字軍戦争以後、封建制度が崩壊して近代国家が成立してからは、王権が伸張していき、法王と国王との衝突が激化していったのである。そして、法王ボニファキウス八世は、フランス王フィリップ四世と衝突して、一時、彼によって禁固されるというところにまで至った。その後、一代を経て、一三〇五年に法王として選出されたクレメンス五世は、一三〇九年に、法王庁をローマから南フランスのアヴィニョンに移し、そこにおいて七十年間、歴代の法王たちはフランス王の拘束を受けながら、捕虜のような生活をするようになったのである。その後、法王グレゴリー十一世は一三七七年に至ってローマに帰還した。

 

彼が死んだのち、枢機卿たちは、イタリアのバリの監督ウルバヌス六世を、法王として選出したのであった。しかし、フランス人が多数であった枢機卿たちは、間もなくウルバヌスを排斥して、別に、クレメンス七世を法王に選出し、南フランスのアヴィニョンに、また一つの法王庁を立てるようになった。この分離は次の世代に入り、改革会議において解決されるときまで継続されたのである。すなわち、一四〇九年に枢機卿たちは、イタリアのピサにおいて会議を開き、分離されてきた二人の法王をみな廃位させ、アレクサンドリア五世を正当な法王として任命したのである。しかし廃位された二人の法王がこれに服さなかったので、一時は、三人の法王が鼎立するようになった。その後、再び監督と大監督のほかに、神学者、王侯、使節など、多くの参席者をもって、コンスタンツ大会を開催、三人の法王を一斉に廃位させ、再び、マルチヌス五世を法王に選出したのである。

 

このようにして、法王選出の権限を枢機卿たちから奪い、ローマ教会の至上権を主張してきたこの会議にその権限が移されてしまったのである(一四一八年)。この会議は、その後、スイスのバーゼルにおいて、ローマ教会の機構を立憲君主体にする目的をもって開催された。ところが、法王は、会衆がこのように会議を牛耳るのを

 

く思わず、この会議に参席しなかったばかりでなく、それを流会させようとまでたくらんだのである。これに対し法王党以外の議員たちは開会を強行したのであるが、結局一四四九年に至って、自ら解散してしまった。このようにして、ローマ教会内に立憲君主体を樹立しようとした計画は、水泡に帰してしまい、その結果一三〇九年以来、失った法王専制の機能を回復したのである。十四世紀の諸会議の指導者たちは、平信徒たちを代表として立て、この会議に最高の権限を与えることによって、腐敗した法王と僧侶たちを除去しようとした。ところが、法王権は彼らを幽閉してしまったので、前回と同じ立場に立ち戻ってしまったばかりでなく、ウィクリフとフスのような改革精神を抱いていた指導者を、極刑に処するようにまでなったので、このときからプロテスタントの宗教改革運動が芽を吹きだしはじめたのである。このように法王が一三〇九年から七十年間、南フランスのアヴィニョンに幽閉されたのち、三人の法王に分立される路程を経て、再び、ローマ教会を中心とする法王専制に復帰し、その後一五一七年にルターを中心として宗教改革が起こるときまでの約二一〇年間は、ユダヤ民族がバビロンに七十年間捕虜として連行されたのち、三次にわたってエルサレムに帰還し、その後マラキを中心として政教の刷新を起こすようになったときまでの二一〇年間を実体的な同時性をもって蕩減復帰する期間であったのである。

 

 

第六節 メシヤ降臨準備時代とメシヤ再降臨準備時代

 

イスラエル民族は、バビロンの捕虜の立場から、エルサレムに戻ってのち、メシヤ降臨準備時代の四〇〇年を経て、イエスを迎えたのであった。ゆえに、これを蕩減復帰するためには、キリスト教信徒たちも、法王がアヴィニョン捕虜生活からローマに帰還してのち、メシヤ再降臨準備時代の四〇〇年を経て、初めて再臨なさるイエスを迎え得るようになっているのである。

 

四十日サタン分立期間をもって「信仰基台」を復帰するための摂理が、継続的なサタンの侵入によって延長を重ねてきた、アダム以後四〇〇〇年の復帰摂理歴史の縦的な蕩減条件を、この歴史の最終的な一時代において、横的に蕩減復帰するために、メシヤ降臨準備時代があったのである。

 

それゆえに、この時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰するためには、アダムから始まる六〇〇〇年の復帰摂理歴史の縦的な全蕩減条件を、この歴史の最終的な一時代において、横的に蕩減復帰するためのメシヤ再降臨準備時代がなければならない。

 

バビロンの捕虜生活から帰還してきたイスラエル民族は、ネブカデネザル王によって破壊された神殿を新築し、また、マラキ預言者の指導によって、邪神を崇拝してきた過去の罪を悔い改めながら、律法を研究し、信仰の刷新運動を起こすことによって「信仰基台」を復帰してきたのである。これと同じく、法王がローマに帰還したのちの中世におけるキリスト教信徒たちは、ルターなどを中心として、宗教の改革運動を起こし、中世暗黒時代の暗雲を貫いて、新しい福音の光に従い、信仰の新しい道を開拓することによって、「信仰基台」を復帰してきたのであった。

 

ヤコブがハランからカナンに帰還し、エジプトに入るまでの約四十年の準備期間を、形象的な同時性をもって蕩減復帰する時代が、メシヤ降臨準備時代であった。そして、この時代を再び実体的な同時性をもって蕩減復帰する時代が、メシヤ再降臨準備時代となるのである。したがって、この時代のすべてのキリスト教信徒たちは、あたかも、エジプトでヨセフに会うときまでのヤコブの家庭、または、イエスを迎えるときまでのイスラエル民族のように、あらゆる波乱と苦難の道を歩まなければならないのである。復帰摂理時代は、律法と祭典などの外的な条件をもって、神に対する信仰を立ててきた時代であったので、メシヤ降臨準備時代における第一イスラエルは、ペルシャ、ギリシャ、エジプト、シリヤ、ローマなどの異邦の属国とされて、外的な苦難の道を歩まなければならなかった。しかし、復帰摂理延長時代はイエスのみ言を中心として、祈りと信仰の内的条件をもって、神に対する信仰を立ててきた時代であるがゆえに、メシヤ再降臨準備時代における第二イスラエルは、内的な受難の道を歩まなければならないのである。すなわち、この時代においては、文芸復興の主導理念である人文主義と、これに続いて起こる啓蒙思想、そして、宗教改革によって叫ばれるようになった、信仰の自由などによる影響のために、宗教と思想に一大混乱をきたすようになり、キリスト教信徒たちは、言語に絶するほどの内的な試練を受けるようになるのである。

 

このように、イエス降臨のための四〇〇年の準備時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰するために、彼の再臨のための四〇〇年の準備期間があったのであるが、我々は、ここで、メシヤを迎えるための準備期間であるこの二つの時代において、その時代的な背景と環境とが、各々どのようなかたちで造成されてきたかということについて、調べてみることにしよう。

 

初臨のときには、神がその選民のために、メシヤが降臨される四三〇年前に、預言者マラキを遣わされて、メシヤが降臨されることを預言なさるとともに、一方においては、ユダヤ教を刷新して、メシヤを迎え得る選民としての準備をするようにされたのであった。また、異邦人たちに対しては、これとほとんど同時代に、インドの釈迦牟尼(前五六五〜四八五)によって印度教を発展せしめ、仏道の新しい土台を開拓するように道を運ばれたし、ギリシャでは、ソクラテス(前四七〇〜三九九)の手でギリシャ文化時代を開拓せしめ、また、東洋においては、孔子(前五五二〜四七九)によって儒教をもって人倫道徳を立てるようにされるなど、各々、その地方とその民族に適応する文化と宗教を立てられ、将来来られるメシヤを迎えるために必要な、心霊的準備をするように摂理されたのである。それゆえに、イエスはこのように準備された基台の上に来られ、キリスト教を中心としてユダヤ教(Hebraism)を整理し、ギリシャ文化(Hellenism)、および、仏教(Buddhism)と儒教(Confucianism)などの宗教を包摂することによって、その宗教と文化の全域を、一つのキリスト教文化圏内に統合しようとされたのである。

 

イエスの初臨を前にして、メシヤ降臨に対する準備をするために摂理されたその環境造成の時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰するためにきた時代が、文芸復興時代であった。それゆえに、文芸復興時代は、メシヤ再降臨のためのその時代的な背景と環境とを造成するための時代であったのである。したがって、今日において、我々が見ているような、政治、経済、文化、科学など、あらゆる面における飛躍的な発展は、みなこの文芸復興時代から急激に始まって、再臨されるイエスを迎えることができる今日の時代的な背景と環境とを、成熟させてきたのである。すなわち、イエスのときには、ローマ帝国の勃興により、地中海を中心として形成された広大な政治的版図と、四方八方に発達した交通の便、そして、ギリシャ語を中心として形成された広範なる文化的版図などによって、キリストを中心とするイスラエル、イスラエルを中心とするローマ、ローマを中心とする世界へと、メシヤ思想が急速に拡張し得る平面的な基台が、既に造成されていたのであった。これと同じく、彼の再臨のときに当たる今日においても、列強の興隆により、自由を基盤とした民主主義の政治的版図が全世界的に広められているのであり、交通および通信の飛躍的な発達によって、東西の距離は極度に短縮され、また、言語と文化とが世界的に交流しあい、メシヤ再降臨のための思潮が、自由にかつ迅速に、全人類の胸底に流れこむことができるように、既に、その平面的版図が完全に造成されているのである。したがって、メシヤが再臨されれば、彼の真理と思想を急速度に伝播して、短時日の内に世界化することによって、これがそのまま適切な平面的基台になるであろうということはいうまでもない。

 

メシヤ再降臨準備時代

第五章 メシヤ再降臨準備時代

 

第一節 宗教改革期

第二節 宗教および思想の闘争期

第三節 政治、経済および思想の成熟期

第四節 世界大戦

 

 

メシヤ再降臨準備時代とは、西暦一五一七年の宗教改革が始まったときから、一九一八年第一次世界大戦が終わるまでの四〇〇年間をいう。この時代の性格に関する大綱は、同時性から見たメシヤ降臨準備時代との対照において既に論述したが、ここで、もう少し詳細に調べてみることにしよう。復帰摂理から見て、更に、この期間は宗教改革期、宗教および思想の闘争期、政治と経済および思想の成熟期などの三期間に区分される。

 

 

第一節 宗教改革期(15171648

 

西暦一五一七年、ドイツでルターが宗教改革の旗を揚げたときから、一六四八年、ウェストファリア条約によって新旧両教徒間の闘争が終わるまでの一三〇年の期間を、宗教改革期と称する。この期間の性格は、中世封建社会の所産である文芸復興と、宗教改革とによって形作られる。神が中世社会を通して成し遂げようとされた摂理の目的を成就できなくなったとき、これを新しい摂理歴史の方向へ転換させて、「再臨のメシヤのための基台」を造成していくに当たって中枢的な使命を果たしたのが、正に文芸復興(Renaissance)と宗教改革(Reformation)であった。したがって、これらに関することを知らなければ、この時代に関する性格を知ることができない。文芸復興と宗教改革が中世封建社会の所産であるとするならば、この社会が中世の人間の本性に、いかなる影響を与えてこれらのものを生みだすようになったのであろうか。

中世は、封建制度とローマ・カトリックの世俗的な堕落からくる社会環境によって、人間の本性が抑圧され、自由な発展を期待することができない時代であった。元来、信仰は、各自が神を探し求めていく道であるので、それは個人と神との間に直接に結ばれる縦的な関係によってなされるのである。それにもかかわらず、法王と僧侶の干渉と形式的な宗教儀式とその規範は、当時の人間の信仰生活の自由を拘束し、その厳格な封建階級制度は、人間の自由な信仰活動を束縛したのであった。そればかりでなく、僧侶の僧官売買と人民に対する搾取によって、彼らの生活は一層奢侈と享楽に流れた。したがって、法王権は一般社会の権力機関と何ら変わりない非信仰的な立場に立つようになり、彼らは国民の信仰生活を指導することができなくなったのである。このように、中世封建時代の社会環境は、人間の創造本性を復帰する道を遮っていた。ゆえに、このような環境の中に束縛されていた中世の人たちは、本性的にその環境を打ち破って、創造本性を復帰しようとする方向へ向かって動かざるを得なかったのである。このようにして、人間の本性は明らかに内外両面の性向をもって現れたのであるが、その創造原理的根拠はどこにあるかを調べてみることにしよう。

創造原理によれば、人間は神の二性性相に対する形象的な実体対象としてつくられたのであるから、神の本性相と本形状に似ている。また、その性相と形状は、内的なものと外的なものとの関係をもっている。人間は、このような内的な性相と外的な形状との授受作用によって生存するように創造されたので、このように創造された人間の本性も、内外両面の欲望を追求するようになる。それゆえに、神がこのような人間に対して復帰摂理をなさるときも、人間本性の両面の追求に対応する摂理をせざるを得ないのである。ところで、神は元来、人間の外的な肉身を先に創造され、その次に内的な霊人体を創造されたので(創二・7)、再創造のための復帰摂理も、外的なものから、内的なものへと復帰していく摂理をされるのである。既に、後編第一章で論述したように、堕落人間は、外的な「象徴献祭」をささげた基台の上においてのみ内的な「実体献祭」をささげることができ、ここで成功することによってのみ、更に内的な「メシヤのための基台」をつくり得るのであるが、その理由はここにあるのである。したがって、堕落人間を復帰されるに当たっても、旧約前時代には献祭により「僕の僕」としての立場(創九・25)を、旧約時代には律法により僕の立場(レビ二五・55)を、そして新約時代には信仰によって養子の立場(ロマ八・23)を、成約時代には心情によって真の子女の立場を復帰する、という順序で摂理を運ばれたのである(後編第二章第三節(三)(2))。また科学によって先に外的な社会環境を復帰しながら、続いて宗教を立てて内的な人間の心霊を復帰する摂理をなさる理由もここにある。天使と人間とが創造された順序を見ても、外的な天使長が先で、内的な人間があとであった。したがって、天使と堕落人間を復帰するに当たっても、先に外的な天使世界を立てて摂理なさることによって、人間の肉身を中心とした外的な実体世界を復帰なさり、その後続いて、霊人体を中心とした内的な無形世界を復帰するという順序で摂理をなさるのである。

「信仰基台」を復帰する、内的な使命を果たすべきであった法王たちの淪落によって、侵入したサタンを分立して、創造本性を復帰しようとした中世の人々は、その本性の内外両面の追求によって、中世的指導精神をカインとアベルの二つの型の思想の復古運動として分立させたのであった。その第一は、カイン型思想であるヘレニズムの復古運動であり、第二は、アベル型思想であるヘブライズムの復古運動である。ヘレニズムの復古運動は、人本主義の発現である文芸復興を引き起こし、ヘブライズムの復古運動は、神本主義の復活のための宗教改革を引き起こしたのである。では、ヘレニズムとヘブライズムの流れが、どのようにして歴史的に交流され、この時代に至ったのかということを先に調べてみることにしよう。

紀元前二〇〇〇年代に、エーゲ海のクレタ島を中心としてミノア文明が形成された。この文明はギリシャへ流入し、紀元前十一世紀に至っては、人本主義のヘレニズム(Hellenism)を指導精神とする、カイン型のギリシャ文明圏を形成したのである。これとほぼ同時代に、神本主義のヘブライズム(Hebraism)を指導精神とする、アベル型のヘブライ文明圏を形成したのであるが、このときが、すなわち統一王国時代であった。当時のイスラエルの王が「信仰基台」を立て、人民と共に神殿を奉ずることによってつくられる「実体基台」の上で「メシヤのための基台」を造成し、メシヤを迎えたならば、そのときにヘブライ文明圏はギリシャ文明圏を吸収して、一つの世界的な文明圏を形成したはずであった。しかし、彼らが神のみ意のとおりにその責任分担を遂行しなかったので、このみ旨は成就されなかったのである。それゆえに、彼らはバビロンに捕虜として捕らえられていったが、帰還したのち、紀元前三三三年ギリシャに属国とされたときから、紀元前六三年ギリシャ文明圏にあったローマの属国となり、イエスが降臨なさるまでの期間は、ヘブライズムがヘレニズムの支配を受ける立場にあった時代である。

前章で既に論述したように、ユダヤ人がイエスを信奉して、彼を中心として一つになったとすれば、当時のローマ帝国は、イエスを中心とするメシヤ王国を実現したはずであった。もし、そのようになったならば、そのときにヘブライズムはヘレニズムを吸収して、一つの世界的なヘブライ文明圏が形成されたはずであった。しかし、ユダヤ人がイエスに反逆してこの目的が成就されなかったので、ヘブライズムはそのままヘレニズムの支配下にとどまっていたのである。しかし、西暦三一三年に至り、コンスタンチヌス大帝がミラノ勅令を下してキリスト教を公認してからは、次第にヘレニズムを克服しはじめ、西暦七〇〇年代に至っては、ギリシャ正教文明圏と西欧文明圏を形成するようになったのである。

中世社会において、「信仰基台」を復帰すべき中心人物であった法王と国王たちが、もし堕落しなかったとすれば、そのときに「再臨のメシヤのための基台」がつくられ、ヘブライズムはヘレニズムを完全に吸収融合して、世界は一つの文明圏を形成したはずであった。しかし、既に論じたように、彼らの淪落によってヘブライズムを中心とする中世的指導精神がサタンの侵入を受けたので、神はサタン分立の摂理をなさらなければならなかったのである。ゆえに神は、あたかもアダムに侵入したサタンを分立なさるために、アダムをカインとアベルに分立されたように、このときにもその指導精神を二つの思想に再分立する摂理をされたのである。それがすなわち、カイン型のヘレニズムの復古運動と、アベル型のヘブライズムの復古運動であった。そしてこれらはついに、各々文芸復興と宗教改革として現れたのである。それゆえこの時代は、人本主義を主導理念とする文芸復興が起こるに従って、ヘレニズムがヘブライズムを支配する立場に立つようになったのである。そして、この時代は、メシヤ降臨準備時代において、ユダヤ民族がギリシャの属領となることにより、ヘレニズムがヘブライズムを支配した時代を、実体的な同時性として蕩減復帰する時代となるのである。あたかもカインがアベルに屈伏して、初めてアダムに侵入したサタンを分立させ、メシヤを迎えるための「実体基台」が造成できるように、カイン型であるヘレニズムがアベル型であるヘブライズムに完全に屈伏することによって、初めて中世的指導精神に侵入したサタンを分立させ、再臨主を迎えるための「実体基台」が世界的に造成されるのである。

 

(一) 文 芸 復 興(Renaissance

 

中世社会の人々の本性から生ずる外的な追求は、ヘレニズムの復古運動を起こし、この運動によって文芸復興が勃興してきたことについては既に論述した。それでは、その本性の外的な追求は何であり、また、どのようにして人間がそれを追求するようになったかを調べてみることにしよう。

創造原理によれば、人間は、神も干渉できない人間自身の責任分担を、自由意志によって完遂することにより初めて完成されるように創造されたので、人間は本性的に自由を追求するようになる。また、人間は、自由意志によって自分の責任分担を完遂し、神と一体となって個性を完成することにより、人格の絶対的な自主性をもつように創造された。ゆえに、人間は、本性的にその人格の自主性を追求するようになっている。そして、個性を完成した人間は、神から何か特別の啓示を受けなくても、理知と理性によって神のみ旨を悟り、生活するように創造されているので、人間は本性的に理知と理性を追求するようになる。人間はまた、自然界を主管するように創造されたので、科学により、その中に潜んでいる原理を探求して、現実生活の環境を自ら開拓しなければならない。したがって、人間は本性的に自然と現実と科学とを追求するようになるのである。

それゆえ、中世社会の人々は、その封建制度による社会環境によって彼らの本性が抑圧されていたために、その本性の外的な欲望によって、上に見たような事柄を更に強く追求するようになったのである。また上述のように、中世の人々は十字軍戦争以来、東方から流入してきたヘレニズムの古典を研究するようになったが、ギリシャの古代精神が、すなわち、人間の自由、人格の自主性、理知と理性の尊厳性と、自然を崇拝し、現実に重きをおいて科学を探求することなど、人間の本性の外的な追求によるものであったので、これらがそのまま中世の人々の本性的な欲望に合致して、ヘレニズムの復古運動は激しく勃興し、ついには人本主義が台頭するようになったのである。「ルネッサンス」とは、フランス語で、「再生」または「復興」という意味である。このルネッサンスは、十四世紀ごろから、ヘレニズムに関する古典研究の本場であるイタリアにおいて胎動しはじめた。この人本主義運動は、初めは中世の人々をギリシャの古代に帰らせ、その精神を模倣させようとする運動から始まったが、それが進むにつれて、この運動は古典文化を再生し、中世的社会生活に対しての改革運動に変わり、また、これは単に文化の方面だけにとどまったのではなく、政治、経済、宗教など、社会全般にわたる革新運動へと拡大され、事実上、近代社会を形成する外的な原動力となったのである。このように、人間本性の外的な欲望を追求する時代的な思潮であった人本主義(あるいは人文主義)が、封建社会全般に対する外的な革新運動として展開された現象をルネッサンス(文芸復興)と呼ぶのである。

 

(二) 宗 教 改 革(Reformation

 

中世社会における法王を中心とする復帰摂理は、法王と僧侶の世俗的な堕落によって成就することができなかった。そして上述のように、中世の人々が人本主義を唱えるにつれて、人々は人間の自由を束縛する形式的な宗教儀式と規範とに反抗し、人間の自主性を蹂躙する封建階級制度と法王権に対抗するようになったのである。さらにまた、彼らは人間の理性と理知を無視して、何事でも法王に隷属させなければ解決できないと考える固陋な信仰生活に反発し、自然と現実と科学を無視する遁世的、他界的、禁欲的な信仰態度を排撃するようになった。こうしてついに、中世のキリスト教信徒は法王政治に反抗するようになったのである。

このようにして、中世社会の人々がその本性の外的な欲望を追求するにつれて、その反面、抑圧されていた本性の内的な欲望をも追求するようになり、ついには、使徒たちを中心として神のみ旨のみに従った熱烈な初代キリスト教精神への復古を唱えるようになった。これがすなわち、中世におけるヘブライズムの復古運動である。そうして、十四世紀に、英国のオックスフォード大学の神学教授ウィクリフ(Wycliffe 13241384)は聖書を英訳して、信仰の基準を法王や僧侶におくべきでなく、聖書自体におくべきであると主張すると同時に、教会の制度や儀式や規範は聖書に何らの根拠をおくものでもないことを証言して、僧侶の淪落と、その民衆に対する搾取および権力の濫用を痛撃した。

このように宗教改革運動は、十字軍戦争によって法王の権威が落ちたのち、十四世紀から既に英国で胎動しはじめ、十五世紀にはイタリアでもこの運動が起こったのであるが、それらはみな失敗に終わり、その中心人物たちは処刑されてしまったのである。その後一五一七年、法王レオ十世が、聖ペテロ寺院の建築基金を募集するために、死後に救いを受ける贖罪の札であると宣伝して免罪符を売るようになると、この弊害に対する反対運動が導火線となって、結局ドイツにおいてウィッテンベルク大学の神学教授であったマルティン・ルター(Martin Luther 14831546)を中心として宗教改革運動が爆発したのであった。この改革運動ののろしは次第に拡大され、フランスではカルヴィン(Calvin 15091564)、スイスではツウィングリ(Zwingli 14841531)を中心として活発に伸展し、イギリス、オランダなどの諸国へと拡大されていったのである。

このように、新教運動を中心として起こった国際間の戦いは百余年間も継続してきたが、ドイツを中心として起こった三十年戦争が一六四八年ウェストファリア条約によってついに終結し、ここにおいて新旧両教徒間の戦いに一段落がついたのである。その結果、北欧はゲルマン民族を中心として新教が勝利を得、南欧はラテン民族を中心とする旧教の版図として残るようになったのである。

この三十年戦争は、ドイツを中心とするプロテスタントとカトリック教徒間に起こった戦いであった。しかし、この戦争は単なる宗教戦争にとどまったのではなく、ドイツ帝国の存廃を決する政治的な内乱でもあった。したがって、この戦争を終結させたウェストファリア講和会議は、新旧両教派に同等の権限を与える宗教会議であると同時に、ドイツ、フランス、スペイン、スウェーデン諸国間の領土問題を解決する政治的な国際会議でもあったのである。

 

 

第二節 宗教および思想の闘争期(16481789

 

この期間は、西暦一六四八年ウェストファリア条約によって新教運動が成功して以後、一七八九年フランス革命が起こるまでの一四〇年期間をいう。文芸復興と宗教改革によって人間本性の内外両面の欲望を追求する道を開拓するようになった近世の人々は、信教と思想の自由から起こる神学および教理の分裂と、哲学の戦いを免れることができなくなっていた。

ところで、今まで後編で述べてきたように、復帰摂理は、長い歴史の期間を通じて、個人から世界に至るまでカインとアベルの二つの型の分立摂理によって成し遂げられてきた。したがって、歴史の終末においても、この堕落世界は、カイン型の共産主義世界と、アベル型の民主主義世界に分立されるのである。そして、ちょうど、カインがアベルに従順に屈伏して初めて「実体基台」が成し遂げられるように、このときにもカイン型の世界がアベル型の世界に屈伏して初めて、再臨主を迎えるための世界的な「実体基台」が成就されて、一つの世界を復帰するようになるのである。このように、カインとアベルの二つの型の世界が成り立つには、そのための二つの型の人生観が確立されなければならないが、この二つの型の人生観は、実にこの期間に確立されたのであった。

(一) カイン型の人生観

 

人間本性の外的な追求は、ヘレニズムの復古運動を起こして人本主義を生みだした。そして、この人本主義を基盤にして起こった反中世的な文芸復興運動は、神への帰依と宗教的な献身を軽んじ、すべてのことを自然と人間本位のものに代置させたのである。すなわち、神に偏りすぎて自然や人間の肉身を軽視し、それらを罪悪視するまでに至った中世的な人生観から、理性と経験による合理的な批判と実証的な分析を通じて人間と自然を認識することにより、彼らの価値を高める人生観を確立したのである。このような人生観は、自然科学の発達からくる刺激により、人生に対する認識と思惟の方法論において二つの形式をたどるようになった。そしてこれらが近世哲学の二大潮流をつくったのであるが、その一つは演繹法による理性論であり、もう一つは帰納法による経験論である。

フランスのデカルト(Descartes 15961650)を祖とする理性論は、すべての真理は人間が生まれながらにもっている理性によってのみ探求されると主張した。彼らは歴史性や伝統を打破して演繹法を根拠とし、「我思う、ゆえに我あり」という命題を立てて、これから演繹することによって初めて外界を肯定しようとしたのである。したがって、彼らは神や世界や自分までも否定する立場に立とうとしたのである。これに対して、イギリスのベーコン(Francis Bacon 15611626)を祖とする経験論は、すべての真理は経験によってのみ探求されると主張した。人間の心はちょうど白紙のようなもので、新しい真理を体得するには、すべての先入観を捨てて実験と観察によって認識しなければならないとしたのである。このように、神から離れて理性を重要視する合理主義思想と、経験に基盤をおく人間中心の現実主義思想は、共に神秘と空想を排撃して、人間生活を合理化しながら現実化し、自然と人間とを神から分離させたのである。

このような文芸復興は、人文主義から流れてきた二つの思潮に乗って、人間がその内的な性相に従って神の国を復帰しようとするその道を遮り、外的な性向のみに従ってサタンの側に偏る道を開く人生観を生みだした。これが正にカイン型の人生観であった。このカイン型の人生観は、十八世紀に至っては、歴史と伝統を打破して人生のすべてを理性的または現実的にのみ判断し、不合理なもの、非現実的なものを徹底的に排撃し、神を否定する合理的な現実にのみ重きをおくようになったのである。これがすなわち啓蒙思想であった。このような経験論と理性論を主流として発展した啓蒙思想がフランス革命の原動力となったのである。

このようなカイン型の人生観の影響を受けて、イギリスではハーバート(Herbert 15831648)を祖とする超越神教(Deism=理神論)が起こった。トマス・アクィナス(Thomas Aquinas 12241274)以来、天啓と理性の調和に基礎をおいて発展した神学に対し、超越神教は単純に、理性を基礎とした神学を立てようとしたのである。彼らの神観は、単純に、神を、人間と宇宙を創造したという一つの意義にのみ局限させようとし、人間において神の啓示や奇跡は必要ないと主張した。

十九世紀の初め、ドイツのヘーゲル(Hegel 17701831)は十八世紀以後に起こった観念論哲学を大成した。しかし、このヘーゲル哲学も、啓蒙思想を土台としてフランスで起こった無神論と唯物論の影響を受けて、彼に反対するヘーゲル左派の派生をもたらした。このヘーゲル左派は、ヘーゲルの論理を  し、今日の共産世界をつくった弁証法的唯物論の哲学を体系化したのである。ヘーゲル左派であるシュトラウス(D.F.Strauss 18081874)は『イエス伝』を著述して、聖書に現れた奇跡は後世の捏造であるとして否定し、フォイエルバッハ(Feuerbach 18041872)は彼の『キリスト教の本質』の中で、社会的または経済的与件が宗教発生の原因になると説明した。このような学説が唯物論の基礎を形成したのである。

マルクス(Marx 18181883)とエンゲルス(Engels 18201895)は、シュトラウスやフォイエルバッハの影響を受けたが、それよりもフランスの社会主義思想から大きな影響を受けて弁証法的唯物論を提唱し、文芸復興以後に芽生えはじめて、啓蒙思潮として発展してきた無神論と唯物論とを集大成するに至った。その後、カイン型の人生観は一層成熟して、今日の共産主義世界をつくるようになったのである。

 

(二) アベル型の人生観

 

我々は、中世社会から近代社会への歴史の流れを見るとき、それが神や宗教から人間を分離、あるいは独立させる過程であるとのみ考えがちである。これは、どこまでも中世社会人の本性の外的な追求によって起こったカイン型の人生観にのみ立脚して見たからである。しかし、中世の人々の本性的な追求は、このような外的なものにばかりとどまったのではなく、より深く内的なものをも追求するようになったのである。彼らの本性の内的な追求が、ヘブライズムの復古運動を発生せしめることによって宗教改革運動を起こし、この運動によって哲学と宗教は創造本性を指向する立体的な人生観を樹立したのであった。これを我々は、アベル型の人生観という。したがって、カイン型の人生観は、中世の人々を神と信仰から分離、あるいは独立させる方向へ傾かせたが、このアベル型人生観は、彼らをして一層高次的に神の側へ指向するように導いてくれたのである。

ドイツのカント(Kant 17241804)は、お互いに対立してきた経験論と理性論を吸収して新たに批判哲学を打ち立て、内外両面を追求する人間本性の欲望を哲学的に分析して、哲学的な面でアベル型の人生観を開拓した。すなわち、我々の多様な感覚は対象の触発によって生ずるが、これだけでは認識の内容を与えるだけで、認識自体は成立し得ない。この認識が成立するためには、多様な内容(これは後天的であり経験的なものである)を一定の関係によって統一する形式がなければならない。その形式がまさしく自分の主観である。ゆえに、思惟する能力、すなわち自己の悟性の自発的な作用により、自己の主観的な形式(これは先天的であり超経験的である)をもって、対象からくる多様な感覚を統合、統一するところに認識が成立するとした。このようにカントは、対象により主観を形成するという従来の模写説を  して、主観が対象を構成するという学説を提唱したのである。こうしたカントの学説を受け、彼の第一後継者であるフィヒテ(Fichte 17621814)をはじめ、シェリング(Schelling 17751854)、ヘーゲルなどが輩出したが、特にヘーゲルはその弁証法で哲学の新しい面を開拓した。彼らのこのような観念論は、哲学的な面におけるアベル型の人生観を形成したのである。

宗教界においては、当時の思潮であった合理主義の影響下の宗教界の傾向に反対して、宗教的情熱と内的生命を重要視し、教理と形式よりも神秘的体験に重きをおく、新しい運動が起こるようになった。その代表的なものは第一に敬虔主義(Pietism)で、これはドイツのシュペーネル(Spener 16351705)を中心として起こったが、正統的信仰に従おうとする保守的な傾向が強く、神秘的な体験に重きをおいたのであった。また、この敬虔派の運動がイギリスに波及し、英国民の生活の中に染みこんでいた宗教心と融和して、ウェスレイ(J. Wesley 17031791)兄弟を中心とするメソジスト派(Methodists)を起こすようになったのである。この教派は、沈滞状態に陥っていた当時の英国教会に大きな復興の気運を起こしたのであった。

また英国には、神秘主義者フォックス(Fox 16241691)を祖とするクェーカー派(Quakers)が生じた。フォックスは、キリストは信徒の霊魂を照らす内的な光である、と主張して、聖霊を受けてキリストと神秘的に結合し、内的光明を体験しなければ聖書の真意を知ることができないと主張した。この教派は、アメリカ大陸でも多くの迫害を受けながら布教を行ったのである。つぎに、スウェーデンボルグ(Swedenborg 16881772)は著名な科学者でありながら霊眼が開け天界の多くの秘密を発表した。彼の発表は、長い間神学界で無視されてきたが、最近に至って霊界に通ずる人が増加するにつれて、次第にその価値が再認識されるようになってきた。このように、アベル型の人生観は成熟して、今日の民主主義世界をつくるようになったのである。

 

第三節 政治、経済および思想の成熟期(17891918

 

前の時期において、宗教および思想の闘争はカイン、アベル二つの型の人生観を樹立してきたが、この時期に至ると、この二つの人生観はそれぞれの方向に従って成熟するようになった。そして、それらの思想の成熟につれて、カイン、アベルの二つの世界が形成されていったのである。社会の構造もこの二つの人生観に立脚した社会形態へと整理されて、政治、経済、思想も理想社会へと転換され得る前段階にまで進展した。フランス革命とイギリスの産業革命以後、第一次世界大戦が終わるころまでがこのような摂理期間であったのである。

 

(一) 民 主 主 義

 

歴史発展の観点から見た民主主義に関しては既に前章で論述した。しかし、それはどこまでも民主主義が出てくるまでの外的な経緯であった。我々はこのような歴史の発展の中で、いかなる思想の流れに乗って今日の民主主義が出てくるようになったのか、その内的な経緯を調べてみることにしよう。

既に後編第四章第七節(二)で論じたように、キリスト王国時代において、法王を中心とした霊的な王国と、国王を中心とした実体の王国とが一つとなり、メシヤ王国のための君主社会をつくって「メシヤのための基台」をつくったならば、そのときに封建時代は終わったはずであった。しかし、この摂理が成し遂げられなかったので、この時代は延長され、政治史と宗教史と経済史とが互いに分立された路程に従って発展するようになったのである。中世封建時代において地方の諸侯たちに分散されていた政治権力は、十字軍戦争以後衰えはじめ、文芸復興と宗教改革を経て、啓蒙期に至っては一層衰微したのであった。十七世紀中葉に至ると、諸侯たちは民族を単位とする統一国家を立てて国王のもとに集中し、中央集権による絶対主義国家(専制主義国家)を形成するようになったのである。この時代は、王権神授説などの影響で、国王に絶対的な権限が賦与されていた専制君主時代であった。この時代が到来するようになった原因を社会的な面から見るならば、それは、第一に、市民階級が国王と結合して、封建階級と対抗するためであり、第二には、経済的な活動において、貿易経済が支配的なものとなったために、封建制度から抜けだした強力な国家の背景を必要とし、また、国民の全体的な福利のために、強力な国家の保護と監督による、重商主義経済政策が要望されるところにあったのである。また、復帰摂理から歴史発展を考えてみると、封建時代以後には、天の側の君主社会が成就されなければならなかったのであるが、この時代には法王と国王とが一つになれなかったので、この社会は完成されず、法王を中心とする社会は(次になさんとする神の側の摂理を)サタンが先に成し遂げていくという型どおりの路程に従って、サタン側の専制君主社会へと転化されたのである。

カイン型の人生観を中心とする共産世界と、アベル型の人生観を中心とする民主世界を成し遂げていく復帰摂理の立場から、専制君主社会の帰趨を考察してみることにしよう。中世封建時代は、ヘブライズムとも、ヘレニズムとも、同様に相いれぬ社会であったので、この二つの思想は共同でそれを打ち破り、カイン、アベル二つの型の人生観に立脚した二つの型の社会を樹立したのであった。そのように、専制君主社会も、やはり、宗教改革以後のキリスト教民主主義による信教の自由を束縛したので、それはアベル型人生観の目的達成に反する社会であるとともに、またこの社会は、その中に依然として残っていた封建制度が、無神論者と唯物論者たちが指導する市民階級の発展を遮るものであったので、カイン型人生観の目的達成に反する社会でもあった。ゆえにこの二つの型の人生観は共に、この社会を打破する方向に進み、ついには、カイン、アベル二つの型の民主主義に立脚した共産と民主の二つの型の社会を形成したのである。

 

1) カイン型の民主主義

カイン型の民主主義は、フランス革命によって形成された。したがって、この問題を論ずるためには、まずフランス革命について論じなければならない。当時フランスは、カイン型の人生観の影響によって、無神論と唯物論の道へと流れこんだ啓蒙思想が、怒濤のように押し寄せた時代であった。したがって、このような啓蒙思想に染まっていた市民階級は、絶対主義に対する矛盾を自覚するようになり、それに従って、絶対主義社会内にまだ深く根を下ろしている旧制度の残骸を、打破しようとする意識が潮のように高まっていたのである。

そこで市民たちが、一七八九年、啓蒙思想の横溢により絶対主義社会の封建的支配階級を打破すると同時に、第三階級(市民)の自由、平等と解放のために、民主主義を唱えながら起こった革命が、すなわち、フランス革命であった。この革命により、「人権宣言」が公表されることによって、フランスの民主主義は樹立されたのである。しかし、フランス革命による民主主義は、あくまでもカイン型の人生観を立てるために、唯物思想に流れこんだ啓蒙思想が、絶対主義社会を打破しながら出現したものであるから、これをカイン型の民主主義というのである。ゆえに、啓蒙思想の主要人物たちもそうであったが、フランス革命の思想家ディドロ(Diderot 17131784)や、ダランベール(DAlembert 17171783)なども無神論、または唯物論系の学者たちであった。この革命のいきさつを見ても分かるように、フランスの民主主義は、個性の自由と平等よりも、全体主義へと転化される傾向性を内包していたのである。このようにカイン型の人生観は啓蒙思想を立ててフランス革命を起こし、カイン型の民主主義を形成した。これが神の側に復帰しようとする人間本性の内的な追求の道を完全に遮り、外的にばかりますます発展し、ドイツでのマルクス主義とロシアでのレーニン主義として体系化されることにより、ついには共産主義世界を形成するに至ったのである。

 

2) アベル型の民主主義

イギリスやアメリカで実現された民主主義は、フランス大革命によって実現された民主主義とはその発端から異なっている。後者はカイン型人生観の所産である無神論および唯物論の主唱者たちが、絶対主義社会を打破することによって実現したカイン型の民主主義である。これに対して前者は、アベル型人生観の結実体である熱狂的なキリスト教信徒たちが信教の自由を求めるために絶対主義と戦い、勝利して実現したアベル型の民主主義であったのである。

それでは、イギリスやアメリカでは、どのようにしてアベル型の民主主義を樹立したかということを調べてみることにしよう。イギリスでは、チャールズ一世が専制主義と国教を強化することによって、多くの清教徒たちが圧迫を受け、信仰の自由を求めて、ヨーロッパ内の他国、または、新大陸へ移動したのであった。かつてスコットランドでは、宗教的な圧迫を受けた一部の清教徒が国民盟約を決議して国王に反抗した(一六四〇年)。そののちイングランドでは、議会の核心であった清教徒が、クロムウェル(Cromwell 15991658)を中心として清教徒革命を起こしたのである(一六四二年)。そればかりでなく、ジェームズ二世の専制と国教強化が激しくなるに従って、オランダの総督であった彼の婿オレンジ公ウイリアム(William III 16501702)は、一六八八年に軍隊を率い、信仰の自由と民権の擁護のためイギリスに上陸し、無血で王位に上ったのであった。ウイリアムが王位につくや否や、彼は仮議会に上申された「権利の宣言」を承認し、議会の独立的な権利を認定し、のち、この宣言は「権利の章典」として公布され、英国憲法の基本となったのである。この革命は無血で成功したのでこれを名誉革命という。このように、イギリスにおけるこの革命は、外的に見ればもちろん市民階級が貴族、僧侶など大地主階級から政治的な自由と解放を獲得しようとするところにその原因があったけれども、それよりももっと主要な原因は、そのような革命を通じて内的な信仰の自由と解放を求めようとするところにあったのである。

また、イギリスの専制主義王制のもとで弾圧を受けていた清教徒たちが、信仰の自由を得るためにアメリカの新大陸へ行き、一七七六年に独立国家を設立してアメリカの民主主義を樹立したのであった。このように、英米で樹立された民主主義は、アベル型の人生観を中心として、信仰の自由を求めるために、絶対主義社会を改革しようとする革命によって樹立されたので、これをアベル型の民主主義という。このようにしてアベル型の民主主義は今日の民主主義世界を形成するようになったのである。

 

(二) 三権分立の原理的意義

 

三権分立思想は、絶対主義の政治体制によって、国家の権力が特定の個人や機関に集中するのを分散させるために、啓蒙思想派の重鎮であったモンテスキュー(Montesquieu 16891755)によって提唱されたが、これはフランス革命のとき「人権宣言」の宣布によって実現された。しかし元来、この三権分立は、天の側で成し遂げようとした理想社会の構造であって、復帰摂理の全路程がそうであるように、これもまたサタン側で、先に非原理的な原理型として成し遂げたのである。それでは、我々はここで、理想社会の構造がどのようなものであるかを調べてみることにしよう。

創造原理で明らかにしたように、被造世界は完成した人間一人の構造を基本として創造された。そればかりでなく、完成した人間によって実現される理想社会も、やはり完成した人間一人の構造と機能に似ているようになっているのである。人体のすべての器官が頭脳の命令によって起動するように、理想社会のすべての機関も神からの命令によってのみ営為されなければならない。また、頭脳からくるすべての命令が、脊髄を中心として末梢神経を通じて四肢五体に伝達されるように、神からの命令は、脊髄に該当するキリストと、キリストを中心とする末梢神経に該当する聖徒たちを通じて、社会全体に漏れなく及ばなければならない。そして人体における、脊髄を中心とする末梢神経は、一つの国家の政党に該当するので、理想社会における、政党に該当する役割は、キリストを中心とする聖徒たちが果たすようになっているのである。

肺臓と心臓と胃腸が、末梢神経を通じて伝達される頭脳の命令に従って、お互いに衝突することなく円満な授受の作用を維持しているように、この三臓器に該当する理想社会の立法、司法、行政の三機関も、政党に該当するキリストを中心とする信徒たちを通じて伝達される神の命令によって、お互いに原理的な授受の関係を結ばなければならない。人間の四肢が頭脳の命令に従い、人間の生活目的のために活動しているように、四肢に該当する経済機構は、神の命令に従い、理想社会の目的を達成するために実践する方向へと動かなければならない。また、人体において、肝臓が全身のために栄養を貯蔵するように、理想社会においても、常に全体的目的達成のために必要な貯蓄をしなければならないのである。

しかしまた、人間の四肢五体が、頭脳と縦的な関係をもち、肢体の間で自動的に横的な関係を結びながら、不可分の有機体をつくっているように、理想社会においても、あらゆる社会の人々が神と縦的な関係を結ぶことによって横的な関係をも結ぶようになるので、喜怒哀楽を共にする一つの有機体をつくるようになるのである。それゆえに、この社会においては、他人を害することが、すなわち自分を害する結果をもたらすことになるので、罪を犯すことができないのである。

我々はまた、復帰摂理がこの社会構造をどのようなかたちで復帰してきたかということを調べてみよう。西欧における歴史発展の過程を見れば、立法、司法、行政の三権と政党の機能を国王一人が全部担当してきた時代があった。しかし、これが変遷して国王が三権を掌握し、法王を中心とする教会が政党のような使命を担当する時代に変わったのである。この時代の政治制度は、再びフランス革命により、立法、司法、行政の三権に分立され、政党が明白な政治的使命をもつようになり、民主主義立憲政治体制を樹立して、理想社会の制度の形態だけは備えるようになったのである。

このように、長い歴史の期間を通じて政治体制が変遷してきたのは、堕落した人間社会が、復帰摂理によって、完成した人間一人の構造と機能に似た理想社会へと復帰されていくからである。このようにして今日の民主主義政体は、三権に分立され、また政党が組織されることによって、ついに人間一人の構造に相似するようになったが、それはあくまでも、復帰されていない堕落人間と同じように、創造本然の機能がまだ発揮されずにいるのである。すなわち、政党は神のみ旨を知っていないのであるから、それは頭脳の命令を伝達することができなくなった脊髄と、それを中心とする末梢神経と同様のものであるといえるのである。すなわち、憲法が神のみ言から成り立っていないので、立法、司法、行政の三機関は、あたかも神経系統が切れて、頭脳からくる命令に感応できなくなった三臓器のように、それらは相互間の調和と秩序を失って、常に対立し、衝突するほかはないのである。

ゆえに、再臨理想の目的は、イエスが降臨することにより、堕落人間一人の構造に似ている現在の政治体制に完全な中枢神経を結んでやることによって、神のみ旨を中心とした本然の機能を完全に発揮させようとするところにあるのである。

 

(三) 産業革命の意義

 

 神の創造理想は、単に罪のない社会をつくることだけで成し遂げられるのではない。人間は、万物を主管せよと言われた神の祝福のみ言どおり(創一・28)、被造世界に秘められている原理を探求し、科学を発達させて、幸福な社会環境をつくっていかなければならないのである。既に前編で論じたように、堕落人間の霊肉両面の無知に対する克服は、宗教と科学が各々担当して理想社会を復帰してきたので、歴史の終末には、霊的な無知を完全に除去できるみ言が出なければならないとともに、肉的な無知を完全に除去できる科学が発達して、理想社会を成し遂げ得る前段階の科学社会を建設しなければならないのである。このような神の摂理から見ても英国の産業革命は、どこまでも理想社会の生活環境を復帰するための摂理から起こったものだ、ということを知ることができる。

理想社会の経済機構も、完成された人体の構造と同様でなければならないのであるから、前にも述べたとおり、生産と分配と消費は、人体における胃腸と心臓と肺臓のように、有機的な授受の関係をもたなければならない。したがって、生産過剰による破壊的な販路競争とか、偏った分配によって全体的な生活目的を害する蓄積や消費をしてはならないのである。ゆえに、必要かつ十分な生産と、公平にしてしかも過不足のない分配と、全体的な目的のための合理的な消費をしなければならない。

ところで、産業革命による大量生産は、イギリスをして商品市場と原料供給地としての広大な植民地を急速度に開拓せしめた。そして、産業革命は理想社会のための外的な環境復帰ばかりでなく、福音伝播のための広範囲な版図をつくって内的な復帰摂理の使命をも果たしたのである。

 

(四) 列国の強化と植民地の分割

 

文芸復興以後、カイン、アベルの二つの型に分かれて成熟してきた人生観は、各々二つの型の政治革命を起こし、二つの型の民主主義を樹立した。この二つの型の民主主義は、みなイギリスの産業革命の影響を受けながら急速度に強化され、民主と共産二つの系列の世界を形成していくようになった。

すなわち、産業革命に引き続き、飛躍的な科学の発達につれて起こった工業の発達は、生産過剰の経済社会を招来した。そして、過剰な生産品の販路と工業原料の獲得のための新地域の開拓を必要とするようになり、ついに世界列強は、植民地争奪戦を続けながら、急速度に強化されていったのである。このように、カイン、アベル二つの型の人生観の流れと、科学の発展に従って、経済発展は政治的にこの世界を、民主と共産の二つの世界に分立させたのである。

 

(五) 文芸復興に伴う宗教、政治および産業革命

 

カイン型であるヘレニズムの反中世的復古運動は、人本主義(Humanism)を生み、文芸復興(Renaissance)を引き起こした。これが、更にサタンの側に発展して、第二の文芸復興思潮といえる啓蒙思想を起こすようになった。この啓蒙思想が一層サタンの側に成熟して、第三の文芸復興思潮といえる唯物史観を生み、共産主義思想を成熟させたのである。

このように、サタンの側で天の摂理を先に成し遂げていくに従って、宗教、政治、産業各方面においても三次の革命が引き続き生ずるようになった。すなわち、第一次文芸復興に続いて、ルターを中心とする第一次宗教改革があった。第二次文芸復興に続いて、宗教界では、ウェスレイ、フォックス、スウェーデンボルグなどを中心とした新しい霊的運動が、激しい迫害の中で起こったが、これが第二次宗教改革運動であった。ゆえに、第三次文芸復興に続いて、第三次宗教改革運動が起こるということは、歴史発展過程から見て、必至の事実であるといえる。事実、今日のキリスト教の現実は、その改革を切実に要求しているのである。

また、政治的な面においても三段階の変革過程があったことを看破することができる。すなわち、第一次文芸復興と第一次宗教改革の影響により、中世封建社会は崩壊に導かれた。第二次文芸復興と第二次宗教改革の影響により、続いて専制君主社会が崩壊に導かれたのである。そして第三次文芸復興による政治革命によって、共産主義社会が成立するに至った。今後は、将来、第三次宗教改革により、天の側の民主世界が理念的にサタンの側の共産世界を屈伏させて、この二つの世界が、必然的に神を中心とする一つの地上天国に統一されなければならないのである。

一方我々は、宗教と政治の変革に従うところの経済改革も、三段階の過程を経て発展してきたという事実を知ることができる。すなわち、蒸気による工業発達によって第一次産業革命がイギリスにおいて起こり、つづいて、電気とガソリンによる第二次産業革命が先進諸国で起こった。今後は、原子力による第三次産業革命が起こり、これによって理想世界の幸福な社会環境が世界的に建設されるであろう。このメシヤ再降臨準備時代における三次の文芸復興に伴う宗教、政治および産業など三分野にわたる三次の革命は、三段階の発展法則による理想社会実現への必然的過程なのである。

 

再臨論

第六章 再  臨  論

 

第一節 イエスはいつ再臨されるか

第二節 イエスはいかに再臨されるか

第三節 イエスはどこに再臨されるか

第四節 同時性から見たイエス当時と今日

第五節 言語混乱の原因とその統一の必要性

 

 

イエスは、再臨するということを明確に言われた(マタイ一六・27)。しかし、その日とそのときは、天使もイエスもだれも知らないと言われた(マタイ二四・36)。それゆえ、今までイエスがいつ、どのようにして、どこに来られるかということに関しては、それについて知ろうとすることそれ自体が無謀なことのように考えられてきた。

しかしながら、イエスが繰り返し、「ただ父だけが知っておられる」と言われた事実や、アモス書三章7節において、「まことに主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない」と言われたみ言などを総合して考えると、その日、そのときを知っておられる神は、イエスの再臨に関するあらゆる秘密を、必ず、ある預言者に知らせてから摂理されるであろうということを、知ることができる。

それゆえ、イエスは、一方では、「もし目をさましていないなら、わたしは盗人のように来るであろう」(黙三・3)と言われながら、その反面においては、テサロニケT五章4節にあるごとく、光の中にいる人には、盗人のように不意に襲うことはないであろうとも言われているのである。イエスの初臨の際に起こったことを見ても、イエスは、暗闇の中にいた祭司長たちや律法学者たちに対しては、事実、盗人のように来られたが、光の中にいた洗礼ヨハネの家庭には、イエスの誕生に関することが前もって知らされたし、また、彼が誕生したときには、東方の博士たち(マタイ二・1、2)、シメオン、アンナ、羊飼いたちには、その事実を知らせてくださったのである。そしてまた、ルカ福音書二一章34節から36節にかけて、その再臨の日が、不意にわなのようにあなた方を捕らえるであろうから、絶えず祈りをもってその惑わしを避け、主の前に立つことができるようにしなさいと言われていることを見ても、光の中にいる信徒たちには、その再臨の日のために準備することができるように、あらかじめそのことを知らせてくださることは明らかである。

復帰摂理路程に現れた例から見ても、神はノアの審判のときや、ソドムとゴモラを滅ぼされるとき、あるいは、メシヤの降臨のときにおいても、常にその事実を預言者たちにあらかじめ知らせてから摂理されたのであった。したがって、神は、イエスの再臨に関しても、終末のときには神の霊をすべての人に注ぐと約束されたように(使徒二・17)、光の中にいるすべての信徒たちを通じて、耳と目とをもっている人たちには、必ず見ることができ、聞くことができるように、啓示してくださることは明らかである。

 

第一節 イエスはいつ再臨されるか

 

イエスが再臨されるときのことを、我々は終末という。ところで、現代がすなわち終末であるということに関しては、既に前編の人類歴史の終末論において明らかにした。したがって、我々は、現代がとりもなおさず、イエスの再臨なさるときであるということを知ることができるのである。ところで、復帰摂理歴史から見れば、イエスは、蕩減復帰摂理時代(旧約時代)の二〇〇〇年を経たのちに降臨されたのである。それゆえ、蕩減復帰の原則から見れば、前時代を実体的な同時性をもって蕩減復帰する再蕩減復帰摂理時代(新約時代)の二〇〇〇年が終わるころに、イエスが再臨されるであろうということを、我々は知ることができるのである。

さらに、第一次世界大戦に関する項目のところで詳しく説明したように、第一次大戦でドイツが敗戦することにより、サタン側のアダム型の人物であるカイゼルが滅び、サタン側の再臨主型の人物であるスターリンが共産主義世界をつくったということは、イエスが再臨されて共生共栄共義主義を蕩減復帰されるということを、前もって見せてくださったのである。したがって、我々は、第一次世界大戦が終了したあとから再臨期が始まったと見なければならないのである。

 

 

第二節 イエスはいかに再臨されるか

 

(一) 聖書を見る観点

 

神は、時ならぬ時に、時のことを暗示して、いかなる時代のいかなる環境にある人でも、自由にその知能と心霊の程度に応じて、神の摂理に対応する時代的な要求を悟るようにさせるため、すべての天倫に関する重要な問題を、象徴と比喩とをもって教示してこられたのである(ヨハネ一六・25)。それゆえ、聖書は、各々その程度の差はあるが、それを解釈する者に、みな相異なる観点を立てさせるような結果をもたらすのである。教派が分裂していくその主要な原因は、実にここにある。ゆえに、聖書を解釈するに当たっては、その観点をどこにおくかということが、最も重要な問題であるといわなければならない。

洗礼ヨハネに関する問題が、その一つの良い例となるのであるが、我々は、イエス以後二〇〇〇年間も、洗礼ヨハネがその責任を完遂したという先入観をもって聖書を読んできたので、聖書もそのように見えたのであった。ところが、それと反対の立場から聖書を再び詳しく調べてみることによって、洗礼ヨハネは、その責任を完遂できなかったという事実が明らかにされたのである(前編第四章第二節(三))。このように、我々は今日に至るまで、聖書の文字のみにとらわれ、イエスが雲に乗って来られると断定する立場から聖書を読んできたので、聖書もそのように見えたのである。しかし、イエスが雲に乗って来られるということは、現代人の知性をもってしては、到底理解できない事実であるから、我々は、聖書の文字が物語っている、その真の意味を把握するために、従来とは異なる角度で、もう一度、聖書を詳しく調べてみる必要があるのである。

我々は、聖書の洗礼ヨハネに関する部分から、また一つの新しい観点を発見した。預言者マラキは、メシヤ降臨に先立って、既に昇天したエリヤがまず来るであろうと預言したのであった(マラキ四・5)。したがって、イエス当時のユダヤ人たちは、昇天したエリヤその人が再臨するものと思っていたから、当然エリヤは天より降りてくるであろうと信じ、その日を切望していたのである。ところが、意外にもザカリヤの息子として生まれてきた(ルカ一・13)洗礼ヨハネを指して、イエスは、彼こそがエリヤであると、明らかに言われたのである(マタイ一一・14)。我々はここにおいて、エリヤの再臨が、当時のユダヤ人たちが信じていたように、彼が天から降りてくることによってなされたのではなく、地上で洗礼ヨハネとして生まれてくることによってなされたという事実を、イエスの証言によって知ることができるのである。これと同様に、今日に至るまで、数多くの信徒たちは、イエスが雲に乗って再び来られるであろうと信じてきたのであるが、その昔、エリヤの再臨の実際が、我々に見せてくれたように、再臨のときも初臨のときと同様、彼が地上で肉体をもって誕生されるかもしれないということを、否定し得る何らの根拠もないのである。それでは、今我々はここにおいて、イエスが地上に肉身をもっての誕生というかたちで再臨される可能性があるという観点から、これに関する聖書の多くの記録を、もう一度詳しく調べてみることにしよう。

イエスの初臨のときにも、多くの学者たちは、メシヤがユダヤのベツレヘムで、ダビデの子孫として生まれるということを知っていたのである(マタイ二・5、6)。しかし一方、ダニエル書に「わたしはまた夜の  のうちに見ていると、見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて」(ダニエル七・13)と記録されているみ言により、メシヤが雲に乗って降臨されるかもしれないと信ずる信徒たちもいたであろうということは、推測するに難くないのである。それゆえに、イエスが十字架で亡くなられたのちにおいても、ユダヤ人たちの中には、地上で肉身をもって生まれたイエスがメシヤになり得るはずはないと言って、反キリスト教運動を起こした者たちもいたのであった。それゆえに、使徒ヨハネは彼らを警告するために、「イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白しないで人を惑わす者が、多く世にはいってきたからである。そういう者は、惑わす者であり、反キリストである」(ヨハネU7)と言って、肉身誕生をもって現れたイエスを否認する者たちを、反キリストと規定したのである。ダニエル書七章13節のみ言は、イエスの再臨のときに起こることを預言したものであると主張する学者たちもいる。しかし、「すべての預言者と律法とが預言したのは、ヨハネの時までである」(マタイ一一・13)というみ言、あるいは、「キリストは、すべて信じる者に義を得させるために、律法の終りとなられたのである」(ロマ一〇・4)と記録されているみ言を見ても分かるように、旧約時代には、メシヤの降臨をもって復帰摂理の全目的を完成しようとする摂理をしてこられたので、イエス御自身が、自ら再臨されることを言われるその前までは、一度来られたメシヤがまた再臨されるであろうなどとは、だれも想像することができなかったはずである。したがって、イエス当時のユダヤ人たちには、ダニエル書七章13節のみ言がメシヤの再臨に関する預言であるなどとは、だれも考えも及ばなかったことなのである。それゆえに、当時のユダヤ人たちは、この預言のみ言をイエスの初臨のときに現れる現象として、認識していたのであった。このようにイエスの初臨のときにも、聖書的根拠によって、メシヤは雲に乗って来られるであろうと、信じていた信徒たちは少なくなかったのである。しかしイエスは、実際には地上に肉身をもって誕生されたのであるから、再臨なさるときにもまた、そのようになるかもしれないという立場から、我々はもう一度、聖書を詳しく調べてみなければならないのである。

 

(二) イエスの再臨は地上誕生をもってなされる

 

ルカ福音書一七章24節から25節を見ると、イエスは将来、彼が再臨されるときに起こる事柄を予想されながら、「人の子もその日には同じようであるだろう。しかし、彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない」と言われたのであった。もしイエスが、聖書の文字どおりに雲に乗って、天使長のラッパの音と共に、神の栄光の中に再臨されるとするならば(マタイ二四・3031)、いかに罪悪が満ちあふれている時代であろうとも、このような姿をもって来られるイエスを信奉しない人がいるであろうか。それゆえに、イエスがもし雲に乗って来られるとするならば、苦しみを受けられるとか、この時代の人々から捨てられるとかいうようなことは、絶対にあり得ないことといわなければならない。

それではイエスは、なぜ、再臨されるとき、そのように不幸になると言われたのであろうか。イエス当時のユダヤ人たちは、預言者マラキが預言したように(マラキ四・5)、メシヤに先んじてエリヤが天から再臨し、メシヤの降臨に関して教示してくれることを待ち望んでいたのである。ところがユダヤ人たちは、まだエリヤが来たという知らせさえも聞かない先に、イエスが微々たる存在のまま、盗人のように突如メシヤを名乗って現れたために、彼らはイエスを軽んじ、冷遇したのであった(前編第四章第二節(二))。イエスは、このような御自身を顧みられるとき、再臨なさるときにもまた、初臨のときと同様、天だけを仰ぎ見ながらメシヤを待ち焦がれるであろうところのキリスト教信徒たちの前に、地上から誕生された身をもって、盗人のように現れるなら(黙三・3)、再び彼らに異端者として追われ、苦しみを受けることが予想されたので、そのようにこの時代の人々から捨てられなければならないと言われたのであった。したがって、この聖句はイエスが肉身をもって再臨されることによってのみ、摂理の目的が成就されるのであり、そうせずに、雲に乗って来られるのでは、決してその目的は成就されないことを示したものだということを、我々は知らなければならない。

さらに、ルカ福音書一八章8節を見ると、イエスが、「あなたがたに言っておくが、神はすみやかにさばいてくださるであろう。しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」と言われたみ言がある。終末に近づけば近づくほど、篤い信仰を立てようと努力する信徒たちが次第に増えてきつつあり、しかも、雲に乗って、天使のラッパの音と共に、神の栄光のうちに主が現れるというのに、そのときなぜ信仰する人はおろか信仰という言葉さえも見ることができないほどに、信徒たちが不信に陥るはずがあろうか。このみ言もまた同じく、イエスが雲に乗って再臨されるとするならば、決してそのようになるはずがないことなのである。我々が今、イエス当時のあらゆる事情を回想してみると、ユダヤ人たちは、将来エリヤが天から降りてきたのちに、メシヤがベツレヘムに、ユダヤ人の王として誕生されるであろうと信じてきたのである(マタイ二・6)。ところがまだエリヤさえも現れていないというのに、不意に、ナザレで大工の息子として成長してきた一人の青年が、メシヤを名乗って出てきたのであるから、彼らユダヤ人の中からは、死を覚悟してまでも彼に従おうとするような、篤実な信仰を見ることができなかったのである。イエスはこのような事情を悲しまれながら、将来再臨されるときにおいても、すべての信徒たちが、イエスが雲に乗って再臨されるものと信じ、天だけを眺めるであろうから、御自分が再び地上に肉身をもって現れるなら、彼らも必ずこのユダヤ人たちと同じく、信仰という言葉さえも見られないほどに不信仰に陥るであろうということを予想されて、そのように嘆かれたのであった。それゆえに、この聖句について見ても、イエスが地上で誕生されない限り、決してそこに書かれたとおりのことは起こり得るはずがないといえるのである。

また、この聖句を、終末における信徒たちの受ける艱難が、あまりにも大きいために、彼らがみな不信に陥ってそのようになるのであると解釈する学者たちもいる。しかし、過去の復帰過程において、艱難が信徒たちの信仰の妨げとなったことはなかった。まして、信徒たちが信仰の最後の関門に突入する終末において、そのようなことがあり得るであろうか。艱難や苦痛が激しくなればなるほど、天からの救いの手をより強く熱望し、神を探し求めるようになるのが、万人共通の信仰生活の実態だということを我々は知らなければならない。

そこで再び我々は、イエスが、マタイ福音書七章22節から23節にかけて、「その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』」と言われたみ言のあるのを見いだす。イエスの名によって奇跡を行うほど信仰の篤い信徒であるならば、栄光のうちに雲に乗って来られるイエスを、だれよりも固く信じ、忠実に従わないはずがあろうか。にもかかわらず、なぜそのような彼らが、その日イエスによって、かくまで厳しい排斥を受けるようになると言われたのであろうか。もし、そのような信仰の篤い信徒たちさえも、イエスによって見捨てられるとするならば、終末において救いを受け得る信徒は、一人もいないということになる。したがって、このみ言もまた、もしイエスが雲に乗って来られるとすれば、決して、そのようなことが生ずる道理はないのである。

イエス当時においても、奇跡を行うほど信仰の篤い信徒たちが、相当にいたはずである。しかし、メシヤに先立ってエリヤが天から降りてくると信じていた彼らは、洗礼ヨハネこそ、ほかでもない、彼らが切に待望していたエリヤであったということを知らなかったのであり(ヨハネ一・21)、したがって、来たり給うたメシヤまでも排斥してしまったので、イエスもまた涙をのんで彼らを見捨てなければならなくなったのである。これと同様に、彼が再臨されるときにも、地上から誕生されるならば、イエスが雲に乗って来られるものと信じている信徒たちは、必ず彼を排斥するに相違ないので、いかに信仰の篤い信徒たちであろうと、彼らは不法を行う者として、イエスから見捨てられざるを得ないであろうというのがこのみ言の真意なのである。

ルカ福音書一七章20節以下に記録されている終末観も、もし、イエスが雲に乗って再臨されるとすれば、このとおりのことが起こるということはあり得ない。したがって、イエスが地上から誕生されるという前提に立って初めて、この聖句は完全に解かれるのである。では我々はここで、これらの聖句を一つ一つ取りあげて、その内容を更に詳しく調べてみることにしよう。

「神の国は、見られるかたちで来るものではない」(ルカ一七・20)。もしイエスが、雲に乗って来られるとするならば、神の国はだれもがみな見ることができるようなかたちでくるはずである。ところが初臨のときにも、イエスが誕生されることによって、既に神の国はきていたにもかかわらず、エリヤが空中から再臨するのだと信じ、それのみを待望していたユダヤ人たちは、イエスを信ずることができず、それほどまでに待ち望んできた神の国を見ることができなかったのである。このように再臨のときにも、イエスが地上に誕生されることにより、そのときから神の国がくるわけであるが、雲に乗って再臨するとばかり信じている信徒たちは、地上に再臨された主を信ずることができず、待望の神の国を見ることができないようになるので、そのように言われたのである。

 「神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」(ルカ一七・21)。イエスの初臨のときにも、まず初めに彼をメシヤと信じ、彼に従い、彼に侍った人たちにとっては、既にその心のうちに天国がつくられていたのであった。そのように再臨されるときにも、彼は地上で誕生されるのであるから、彼を先に知って、彼に侍る信徒たちを中心として見るならば、天国は先に彼らの心のうちにつくられるのであり、このような個人が漸次集まって、社会をつくり、国家を形成するようになれば、その天国は次第に見ることができる世界として現れるはずなのである。したがって、イエスが雲に乗って来られて、一瞬にして、見ることのできる天国をつくられるのではないということを、我々は知らなければならない。

「人の子の日を一日でも見たいと願っても見ることができない時が来るであろう」(ルカ一七・22)。もし、イエスが天使長のラッパの音と共に、雲に乗って再臨されるとするならば、だれもがみな一度に彼を見ることになるので、その人の子の日を見ることができないはずはないのである。それでは、イエスはどうして人の子の日を見ることができないと言われたのであろうか。初臨のときも、イエスが地上で誕生されると同時に、人の子の日は既にそのときにきていたのであったが、不信仰に陥ったユダヤ人たちは、この日を見ることができなかった。これと同様に、再臨のときにおいても、イエスが地上に誕生される日をもって、人の子の日はくるのであるが、イエスが雲に乗って来られると信ずる信徒たちは、イエスを見ても、彼をメシヤとして信ずることができないので、人の子の日が既にきているにもかかわらず、彼らはそれをそのような日として見ることができないようになるということなのである。

「人々はあなたがたに、『見よ、あそこに』『見よ、ここに』と言うだろう。しかし、そちらへ行くな、彼らのあとを追うな」(ルカ一七・23)。既に復活論で論じたごとく、終末においては、心霊がある基準に達した信徒たちは「汝は主なり」という啓示を受けるようになるのであるが、そのとき、彼らがこのような啓示を受けるようになる原理を知らなければ、自らを再臨主と自称するようになり、来たり給う主の前に、偽キリストとなるのである。それゆえに、このような人々に惑わされることを心配されて、そのような警告のみ言を下さったのである。

「いなずまが天の端からひかり出て天の端へとひらめき渡るように、人の子もその日には同じようであるだろう」(ルカ一七・24)。イエスが誕生されたとき、ユダヤ人の王が生まれたという知らせが、サタン世界のヘロデ王のところにまで聞こえ、エルサレムの人々の間で騒動が起こったと記録されている(マタイ二・2、3)。ましてや、再臨のときにおいては、交通と通信機関が極度に発達しているはずであるから、再臨に関する知らせは、あたかも、稲妻のように、一瞬のうちに東西間を往来することであろう。

ルカ福音書一七章25節に関しては、既に論じたので、ここでは省くことにする。

「ノアの時にあったように、人の子の時にも同様なことが起るであろう」(ルカ一七・26)。ノアは、洪水審判があるということを知って、人々に箱舟の中に入るようにと呼びかけたのであるが、彼らはそれに耳を傾けず、みな滅んでしまったのである。これと同様に、イエスも地上に再臨されて、真理の箱舟の中に入るようにと人々に呼びかけるであろう。しかし、主が雲に乗って再臨するであろうと信じ、天だけを眺め入っている信徒たちは、地上から聞こえてくるそのみ言には一向耳を傾けず、かえって彼を異端者であると排斥するようになり、ノアのときと同様、彼らはみな、摂理のみ旨を信ずることができない立場に陥ってしまうであろう。

 「自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである」(ルカ一七・33)。雲に乗って、天使長のラッパの音と共に、栄光の中で再臨される主を信ずるのであれば、死を覚悟しなければならないようなことが生ずるはずはない。ところが、イエスは地上誕生をもって再臨されるので、雲に乗って再臨されるものと固く信じている信徒たちには、彼は異端者としてしか見えず、ゆえに、彼を信じ、彼に従うためには、死を覚悟しなければならないのである。しかし、そのような覚悟をしてまで彼を信じ、彼に従うならば、その結果はかえって生きるようになるけれども、これに反し、現実的な環境に迎合して、彼を異端として排斥して生きのびようと後ずさりをするようになれば、その結果はむしろ死に陥らざるを得ないのである。

 「死体のある所には、またはげたかが集まるものである」(ルカ一七・37)。イエスは弟子たちが彼の再臨される場所を問うたとき、このように答えられた。ところで我々は、アブラハムの祭壇に供えられた、裂かなかった鳩の死体の上に荒い鳥が降りてきたという事実を知っている(創一五・11)。これは、聖別されていないものがある所には、それを取るためにサタンが付きまとうということを表示するのである。それゆえに、イエスのこの最後の答えは、死体のある所に、その死体を取ろうとしてサタンが集まるように、命の根源であられる主は、命のある所に来られるということを意味するのである。結局このみ言は、主は信仰の篤い信徒たちの中に現れるということを意味するのである。既に、復活論で述べたように、イエスの再臨期には、多くの霊人たちの協助によって、篤実な信徒たちが一つの所に集まるようになるのであるが、ここが、いわば命のある所であり、主が顕現される所となるのである。イエスは初臨のときにも、神を最も熱心に信奉してきた選民の中で誕生されたのであり、選民の中でも彼を信じ、彼に従う弟子たちの中に、メシヤとして現れ給うたのであった。

このように、イエスが再臨されるときには、彼は地上で誕生されるので、黙示録一二章5節に、「女は男の子を産んだが、彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。この子は、神のみもとに、その御座のところに、引き上げられた」と記録されているのである。ここで言っている鉄の杖とは、罪悪世界を審判して、地上天国を復帰する神のみ言を意味する。人類歴史の終末論で詳しく述べたように、火の審判は舌の審判であり、すなわち、これはみ言の審判をいうのである(ヤコブ三・6)。それゆえに、イエスが語られたそのみ言が、彼らを裁くと言われたのであり(ヨハネ一二・48)、不信仰な人々が裁かれ、滅ぼされるべき日に火で焼かれる(ペテロU三・7)とも言われ、また主は、口の息をもって不法の者を殺すとも言われたのである(テサロニケU二・8)。ゆえに、世を裁かれるイエスの口のむち、舌と口の息、すなわち彼のみ言こそが、その鉄の杖なのである(イザヤ一一・4)。ゆえに黙示録二章27節に、「鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように、彼らを治めるであろう」と記録されているのである。ところがこの男の子は明らかに女の体から生まれたといわれているのであり、また彼は神のみもとに、そのみ座の所にまで引きあげられたと記録されているのである。それでは、女の体から神のみ座に座られるお方として誕生され、神のみ言をもって万国を治めるその男子とは、いったいだれであろうか。彼こそほかならぬ地上での王の王として誕生され、地上天国を成就される、再臨のイエスでなければならないのである。マタイ福音書の冒頭を見れば、イエスの先祖には四人の淫婦があったということを知ることができる。これは万民の救い主が、罪悪の血統を通じて、罪のない人間として来られてから、罪悪の血統を受け継いだ子孫たちを救われるということを見せてくださるために記録されたのである。

今までは上述の聖句の中の「女」を、教会として解釈していた信徒たちが多かった。しかし、これはイエスが雲に乗って来られるという前提のもとで、この聖句を解釈したので、教会と解する以外に意味の取りようがなかったためにすぎない。その他、黙示録一二章17節に記録されている「女の残りの子ら」というのも、その次に記録されているように、イエスを信ずることによって、その証をもっている者たちであり、神の養子としての位置に(ロマ八・23)立っている信徒たちを意味するのである。

イエスの再臨に関し、ある学者たちは、聖霊の降臨によって(使徒八・16)、イエスが各自の心の内に内在するようになることが(ヨハネ一四・20)、すなわち彼の再臨であると信じている。しかし、イエスは彼が十字架で亡くなられた直後、五旬節に聖霊が降臨されたときから(使徒二・4)今日に至るまで、だれでも彼を信ずる人の心の内に常に内在されるようになったのであり、もし、これをもって再臨であるとするならば、彼の再臨は既に二〇〇〇年前になされたのであると見なければならない。

またある教派では、イエスが霊体をもって再臨されると信じている。しかしイエスはその昔、墓から三日後に復活された直後、生きておられたときと少しも変わらない姿をもって弟子たちを訪ねられたのであり(マタイ二八・9)、そのときから今日に至るまで、心霊基準の高い信徒たちのもとには、いつでも自由に訪ねてこられて、あらゆる事柄を指示されたのであった。したがって、このような再臨は既に二〇〇〇年前になされたのであると見なければならないし、もし、そうであるとするなら、今日の我々が、彼の再臨の日を、歴史的な日として、かくも望みをかけ、待ち焦がれる必要はなかったのである。

イエスの弟子たちは、イエスの霊体とは随時会っていたにもかかわらず、その再臨の日を待望している事実から見ても、弟子たちが待っていたのは、霊体としての再臨ではなかったということを知ることができるのである。そればかりでなく、黙示録二二章20節に、イエスは、霊的にいつも会っておられた使徒ヨハネに向かって、「しかり、わたしはすぐに来る」と言われたのであり、また、このみ言を聞いたヨハネは、「主イエスよ、きたりませ」と答えたのであった。これによれば、イエス御自身も、霊体をもって地上に来られるのが再臨ではないということを既に言い表されたのであり、また使徒ヨハネも、イエスが霊体で現れることをもって彼の再臨であるとは見なしていなかったということを、我々は知ることができるのである。このように、イエスが霊体をもって再臨されるのでないとすれば、彼が初臨のときと同様、肉身をもって再臨される以外にはないということは極めて自明のことであろう。

創造原理において詳しく述べたように、神は無形、有形の二つの世界を創造されたのち、その祝福のみ言のとおりに、二つの世界を主管させるために、人間を霊人体と肉身との二つの部分をもって創造されたのであった。しかしながら、アダムが堕落し、人間はこの二つの世界の主管者として立つことができなくなったので、主管者を失った被造物は嘆息しながら、自分たちを主管してくれる神の子たちが現れることを待ち望むようになったのである(ロマ八・1922)。それゆえに、イエスは、完成されたアダムの位置において、この二つの世界の完全な主管者として来られ(コリントT一五・27)、あらゆる信徒たちを御自分に接がせ(ロマ一一・17)、一体とならしめることによって、彼らをもみな被造世界の主管者として立たしめようとされたのである。そうであるのに、ユダヤ民族がイエスに逆らうようになったので、彼らと全人類とを神の前に復帰させるための代贖の条件として、イエスの体をサタンに引き渡され、その肉身はサタンの侵入を受けるようになったのである。したがって、肉的な救いは成就されず、後日再臨されて、それを成就すると約束されてから、この世を去られたのであった(前編第四章第一節(四))。それゆえに、今まで地上において霊肉共に完成し、無形、有形二つの世界を主管することによって、それらを一つに和動し得た人間は、一人もいなかったのである。したがって、このような基準の完成実体として再臨されるイエスは、霊体であってはならないのである。初臨のときと同様、霊肉共に完成した存在として来られ、全人類を霊肉併せて彼に接がせて、一つの肢体となるようにすることによって(ロマ一一・17)、彼らが霊肉共に完成し、無形、有形二つの世界を主管するようになさしめなくてはならないのである。

イエスは、地上天国を復帰されて、その復帰された全人類の真の親となられ、その国の王となるべきであった(イザヤ九・6、ルカ一・3133)。ところが、ユダヤ人たちの不信仰によって、その目的を成就することができなかったので、将来、再臨されて成就なさることを約束されてから、十字架で亡くなられたのである。したがって、彼が再臨されても、初臨のときと同様、地上天国をつくられ、そこで全人類の真の親となられ、また王とならなければならないのである。それゆえに、イエスは再臨されるときにも、初臨のときと同様、肉身をもって地上に誕生されなければならないのである。

また、人間の贖罪は、彼が地上で肉身をつけている場合にのみ可能なのである(前編第一章第六節(三)B)。それゆえに、イエスは、この目的を達成するため、肉身をもって降臨されなければならなかったのである。しかしながら、イエスの十字架による救いは、あくまでも霊的な救いのみにとどまり、我々の肉身を通して遺伝されてきたすべての原罪は依然としてそのまま残っているので、イエスはこれらを贖罪し、人間の肉的救いまで完全に成就するために、再臨されなければならないのである。したがって、そのイエスの再臨も、霊体をもってなされるのでは、この目的を達成することができないので、初臨のときと同じく、肉身をもって来られなければならないのである。我々は既に、イエスの再臨は霊体の再臨ではなくして、初臨のときと同様、肉身の再臨であるということを、あらゆる角度から明らかにした。ところがもし、イエスが霊体をもって再臨されるとしても、時間と空間を超越して、霊眼によってしか見ることのできない霊体が、物質でできている雲に乗って来られるということは、どう考えても、不合理なことといわなければならない。しかも、彼の再臨が霊体でなされるのでなく、肉身をもってなされるということが事実であるとすれば、その肉身をもって空中のいずこにおられ、いかにして雲に乗って来られるのであろうか。これに対しては、全能なる神であるなら、どうしてそのような奇跡を行い得ないはずがあろうかと、反問される人がいるかもしれない。しかし、神は自ら立てられた法則を、自らが無視するという立場に立たれることはできないのである。したがって神は、我々と少しも異なるところのない肉身をとって再臨されなければならないイエスを、わざわざ地球でない、他のどこかの天体の空間の中におかれ、雲に乗って再臨されるようにするというような非原理的摂理をされる必要はさらになく、また、そのようなことをなさることもできないのである。今まで調べてきた、あらゆる論証に立脚してみるとき、イエスの再臨が、地上に肉身をもって誕生されることによってなされるということは、だれも疑う余地のないものといわなければならない。

 

(三) 雲に乗って来られるという聖句は何を意味するのか

 

イエスの再臨が、地上誕生をもってなされるとするならば、雲に乗って来られるというみ言は、いったい、何を意味するのかを知らなければならない。そして、これを知るためには、まず雲とは何を比喩したものであるかということを知らなければならないのである。黙示録一章7節に、「見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。また地上の諸族はみな、彼のゆえに胸を打って嘆くであろう。しかり、アァメン」と記録されているみ言を見れば、すべての人たちが、必ず再臨されるイエスを見るようになっているのである。ところが、ステパノが殉教するとき、神の右に立っておられるイエスを見たのは、霊眼が開いた聖徒たちだけであった(使徒七・55)。したがって、霊界におられるイエスが、霊体そのままをもって再臨されるとすれば、彼は霊眼が開けている人々にだけ見えるのであるから、決して、各人の目がみな、霊体をもって再臨されるイエスを見ることはできないのである。ゆえに、聖書に、すべての人の目がみな再臨される主を見ることができるといっているのは、彼が肉身をとって来られるからであるということを知らなければならない。また肉身をつけているイエスが、雲に乗って来られるということは不可能なことであるから、ここでいうところの雲は、明らかに何かを比喩しているに相違ないのである。ところが、同じ聖句の中で、彼を刺しとおした者たちも見るであろうと記録されている。イエスを刺しとおした者は、ローマの兵士であった。しかしローマの兵士は、再臨されるイエスを見ることはできないのである。なぜかといえば、既に死んでしまったローマの兵士が、地上で再臨されるイエスを見ることができるためには、復活しなければならないのであるが、黙示録二〇章5節の記録によれば、イエスが再臨されるとき復活し得る人は、最初の復活に参与する人々だけであり、その他の死んだ者たちは、千年王国時代を経たのちに初めて復活することができるといわれているからである。それゆえに、ここでいっている「刺しとおした者」というのは、どう考えても比喩として解釈する以外にはなく、イエスが雲に乗って来られると信じていたにもかかわらず、意外にも彼が地上で肉身誕生をもって再臨されるようになる結果、それを知らずに彼を迫害するようになる者たちのことを指摘したものと見なければならない。このように、「刺しとおした者」を比喩として解釈するほかはないとするならば、同じ句節の中にある「雲」という語句を、これまた比喩として解釈しても、何ら不合理なことはないはずである。

それでは、雲とは果たして何を比喩した言葉であろうか。雲は地上から汚れた水が蒸発(浄化)して、天に昇っていったものをいう。また、黙示録一七章15節を見ると、水は堕落した人間を象徴している。したがって、このような意味のものとして解釈すれば、雲は、堕落した人間が重生し、その心が常に地にあるのでなく、天にある、いわば信仰の篤い信徒たちを意味するものであるということを知り得るのである。また雲は、聖書、あるいは古典において、群衆を表示する言葉としても使用されている(ヘブル一二・1)。そればかりでなく、今日の東洋や西洋の言語生活においても、やはりそのように使われているのを、我々はいくらでも見いだすことができるのである。またモーセ路程において、イスラエル民族を導いた昼(+)の雲の柱は、将来、同じ民族の指導者として来られるイエス(+)を表示したのであり、夜()の火の柱は、イエスの対象存在として、火の役割をもってイスラエル民族を導かれる聖霊()を表示したのであった。我々は、以上の説明により、イエスが雲に乗って来られるというのは、イエスが重生した信徒たちの群れの中で、第二イスラエルであるキリスト教信徒たちの指導者として現れるということを意味するものであることが分かる。既に詳しく考察したように、弟子たちがイエスに、どこに再臨されるかということについて質問したとき(ルカ一七・37)、イエスが、死体のある所にははげたかが集まるものであると答えられたそのみ言の真の内容も、その裏として信仰の篤い信徒たちが集まる所にイエスが来られるということを意味したのであって、要するに、雲に乗って来られるというみ言と同一の内容であることを、我々は知ることができる。

雲を、以上のように比喩として解釈すると、イエスは初臨のときにも、天から雲に乗って来られた方であったと見ることができるのである。なんとなれば、コリントT一五章47節に、「第一の人(アダム)は地から出て土に属し、第二の人(イエス)は天から来る」とあるみ言や、また、ヨハネ福音書三章13節に、「天から下ってきた者、すなわち人の子のほかには、だれも天に上った者はない」とあるみ言のとおり、イエスは事実上、地上で誕生されたのであるが、その目的や、価値を中心として見るときには、彼は明らかに、天より降りてこられた方であったからである。ダニエル書七章13節に、初臨のときにも、イエスがやはり雲に乗って来られるといい表していた理由も、実はここにあったのである。

 

(四) イエスはなぜ雲に乗って再臨されると言われたのか

 

イエスが、雲に乗って再臨されると言われたのには、二つの理由があった。第一には、偽キリストの惑わしを防ぐためであった。もしイエスが地上で肉身誕生によって再臨されるということを言われたとすれば、偽キリストの惑わしによる混乱を防ぐことができなかったであろう。イエスが卑賤な立場から立ってメシヤとして現れたのであるから、いかに卑賤な人であっても霊的にある基準に到達するようになれば、それぞれが再臨主であると自称するようになって世を惑わすからである。しかし、幸いにもあらゆる信徒たちがイエスが雲に乗って来られると信じ、天だけを仰いできたので、この混乱を免れることができたのである。ところが今はときが到来したので、イエスが再び地上で誕生されるということを、明らかに教えてやらなければならないのである。

第二には、険しい信仰の路程を歩いている信徒たちを激励するためであった。イエスはこのほかにも、なるべく早く神の目的を達成しようとされて、信徒たちを激励されるために、前後のつじつまがよく合わないようなみ言を語られた例が少なくなかった。その実例を挙げてみると、マタイ福音書一〇章23節に、イエスは弟子たちに彼の再臨がすぐに成就されるということを信じさせるために、「よく言っておく。あなたがたがイスラエルの町々を回り終らないうちに、人の子は来るであろう」と言われたみ言が記録されており、またヨハネ福音書二一章18節から22節までに記録されているみ言を見ると、イエスが、将来ペテロが殉教するであろうことを暗示されたとき、このみ言を聞いていたペテロが、「主よ、この人(ヨハネ)はどうなのですか」と問うた質問に対して、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたには何の係わりがあるか」と答えられたのである。このみ言によって、ヨハネが世を去る前にイエスが再臨されるのではなかろうかと待ち望んだ弟子たちもいたのであった。またマタイ福音書一六章28節を見ると、イエスは、「よく聞いておくがよい、人の子が御国の力をもって来るのを見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」と言われたので、弟子たちは、自分たちが生きている間に、再臨されるイエスに会うかもしれないと考えていたのであった。

このようにイエスはすぐにでも再臨されるかのように話されたので、弟子たちはイエスの再臨を熱望する一念から、ローマ帝国の圧政とユダヤ教の迫害の中にあっても、かえって聖霊の満ちあふれる恩恵を受けて(使徒二・1〜4)、初代教会を創設したのであった。イエスが雲に乗り、神の権威と栄光の中で、天からの天使のラッパの音と共に降臨され、稲妻のごとくにすべてのことを成就されると言われたのも、多くの苦難の中にある信徒たちを鼓舞し、激励するためだったのである